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第五章 宮守明日香【後編】
第三十三話 我慢なんかしていない
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「一月からお世話になります、星野です。宜しくお願い致します」
十月に入るとすぐに、採用試験をパスした数名の男女が大輔のオフィスに姿を見せた。
女性は恭子ただ一人。あとの三名は二十代から三十代の男性であった。
内定者四名が、執務室を巡回するように挨拶をしていく。
大輔は遠目から嘗ての恋人を視界に入れた。
大学の時よりもさらに短い、黒髪のベリーショート。
アイボリーのスーツにピンクゴールドのネックレス。
モデル張りのプロポーションは相変わらずで、社員たちの視線を一身に浴びていた。
「菅原さん、お久しぶりです」
恭子が大輔に気づき、少し硬い笑顔を添えて声をかけてくる。
坂本をはじめ、周囲の人間全員が大輔のほうを振り返った。
「どうも」
名指しされた大輔は、無表情で軽く頭を下げる。
「社長から菅原さんの名前を伺った時は、驚きました。これから宜しくお願いします」
「こちらこそよろしく」
大輔が薄く笑うと、恭子は安心したように表情を柔らげた。
****
午前中にひと仕事を済ませると、大輔は得意先との打ち合わせのためオフィスを後にした。
クールビズ期間も終了し、ジャケットを羽織って事務所を後にする。
ネクタイが嫌いではない彼にとって、暑さもひと段落した十月は心身ともに仕事に集中できる時期であった。
大宮駅が見えてきたあたりで、百貨店の正面玄関から恭子が出てきたことに気づく。彼女は一人だった。
「どうも、お疲れ様です」
彼女と目が合ったため、軽く会釈をする。
「……大輔君」
会社では「菅原さん」だったことに、今頃気が付いた。
恭子は少し恥ずかしそうな表情をした。
化粧品屋の紙袋を手に下げた彼女。よく見ると、朝会った時よりも化粧がかなり濃い。
「帰り?」
「えぇ。今日はオリエンテーションだけだから……大輔君は、これから出なの?」
「上野で打ち合わせ……随分買ったね。化粧品?」
紙袋を覗き込むと、個々に箱入りされた大量の化粧品が入っている。
「化粧品カウンターの人、セールストークが上手くて……採用通知も受け取ったし、自分へのご褒美で沢山買っちゃった」
ようやく縦長の笑窪を見せる。
「まさかうちに転職してくるとは思わなかったよ。なんでうちにしたの? 星野さんなら、もっと凄いとこ行けるでしょ」
恭子は数年前に、病気療養のため仕事を辞めていた。
現在治療は終了し経過観察の状態であると、篠原から聞かされている。
坂本もそうだが、大輔の同僚の殆どは病気で一度リタイアした人間ばかりである。次いで多いのが、大輔のような介護離職者である。
「それは大輔君だってそうでしょ?」
「俺の場合、篠原さんが元上司だったから。つい甘えちゃって」
「……大輔君、本当に官僚だったんだね」
「まぁね。誰かさんに振られたから、ヤケになって勉強したよ」
「すごい皮肉」
クスクスと笑いだす恭子。
大輔は思わず微苦笑した。
懐かしいな、この感じ。
星野さんは、そう、こういう感じだった。
恭子が左手を持ち上げて腕時計を見る。
「時間、大丈夫なの?」
「大丈夫。いつも時間には余裕もって出ているから」
笑顔で答える彼を見て、恭子がポツリとつぶやく。
「本当はね、大輔君に会うの、怖かったの」
震えるような声を発する彼女。大輔は持っていたバッグの柄を強く握った。
「……どうして?」
「私のこと、恨んでいるかなって。怒ってるかなって。もし顔を見て、目を逸らされたりしたらどうしようって。怖かった。もしそうだったら、この会社、辞退しようかなって思ってた。一緒に働くの、辛いから……」
目線を下げて、何度も瞬きをする。
大輔はやや苛立ちを見せた。
「俺はそんなに度量の狭い男じゃないよ。そんな子供みたいな……いい年こいて、そんなことしないって」
彼の答えに、恭子は嘗ての彼女を彷彿とさせる、淀みない口調で持論を展開した。
「そうなの? 嫌なことは、幾つになっても嫌だし、辛いことは、幾つになっても辛いんじゃないの? 大人になったからって、年取ったからって、平気になんてならないよ。もし平気だとしても、それは平気になったんじゃなくて、我慢しているだけじゃない?」
****
大輔は京浜東北線の車内にいた。
大宮は始発駅なので席はいくらでも空いていたが、座らずに扉にもたれかかった。
あの後も暫く、百貨店の前で恭子と立ち話をした。
彼女は「大輔君には話しておくね」と、これまでの経緯を話してくれた。
彼女は現在、父親と二人で東京の入谷に住んでいる。病気をきっかけにして父親とは和解したと言う。
患ったのは卵巣癌だった。発見が遅く、かなり進行していた。
アメリカ赴任時に発覚したのだが、死を意識した彼女は、日本で治療に専念することを選択した。
「日本人だからね。最後の晩餐は、和食が良いなと思って」
手術は成功したが、結果彼女は子供の産めない体になった。
術後は更年期障害により、心身のコンディションは最悪となった。更に他部位への転移の可能性もあったため、元の職場への復帰は絶望的となった。
今回篠原の会社に応募したのは、父親の勧めがあったからである。
仕事と通院、安心して両立できる環境をと、父親が過去の人脈を駆使して探した結果だった。
彼女にはパートナーがいた。相手はアメリカ人。
現在も彼はニューヨークに住んでいるが、スカイプで毎日会話はしているという。
「日本に戻る前に、彼には別れようって言ったの。こんな体だからね。でも頑として了解してくれなくて。来年、日本に来ることになっているの。父も承諾してくれたし、結婚しようと思ってる」
扉のガラスに映る自分自身を、ぼんやりと見つめる大輔。
恭子にフィアンセがいると聞いた時、素直に「おめでとう」と言えた。自分の中で、彼女は本当に過去の人なんだと確信できた。
そして彼女が何気なく発した一言が、彼の体を蝕むように染みこんでいた。
「大人になったからって、平気になんてならないよ。それは我慢しているだけじゃない?」
****
同週、土曜日。
久しぶりの休日出勤である。
渋谷・神泉の老齢社長との面談を終えると、大輔はまっすぐ家に戻った。
明日香が「大事な報告があるので、会って欲しい」と申し出てきたため、今夜は自宅で彼女から話を聞くことになっている。
本来仕事のある週は会わないのだが、特段の用件ということで、マンションで待ってもらうことにした。
部屋の鍵は、彼女の誕生日の直後に渡している。
そうすることで、彼女が自分を「特別な女性」だと自覚するのではないかと、大輔が考えたからである。勿論、「勝手に入らないこと」という条件付きである。
大輔は出迎えにきた明日香を抱きしめる。
「ただいま、明日香」
「大輔さん!」
余程嬉しいことがあったのだろう、明日香はこぼれそうな笑顔を見せている。
釣られるように顔を緩ませる大輔。
「嬉しそうだね。何? 報告って?」
「大輔さん、私ね、リーズに行けるようになったの!」
言葉に詰まる大輔。
それを悟られまいと、思いきり彼女を抱き締める。
「おめでとう、明日香」
彼女から連絡が来たのは、水曜日。恭子がオフィスに挨拶に来た日だった。
改まって至急の報告というのだから、きっと家族か仕事のことだろうとは思っていた。しかし恭子とのやり取りのほうが頭に残ってしまい、それ以上深く考えないまま、土曜日を迎えていた。
言い知れない不安が大輔を襲う。
嘗て自分は、「君の夢を応援したい」と宣言した。今でもその気持ちに変わりはない。
だが、あの時と今とでは彼女との関係はかなり違う。
彼女がリーズに行けば、当然だが長期間会えなくなる。
思い出したくないが、彼女は一度浮気をしている。その理由が「寂しかったから」だとしたら。今回も同じ過ちを犯す可能性は十分にある。
こんな状態で、俺は彼女をリーズへ行かせられるのか。
大人になって、「行っておいで」と言うべきなのか。
子供のように、「行かないでくれ」と正直に言うべきなのか。
「ありがとう、大輔さん。これも『諦めるな』って言ってくれた、大輔さんのおかげだよ」
彼の首に手を回して、上半身を反らせる明日香。
「だから、言っただろう? 明日香の能力は、評価されて然るべきだって。この経験はきっと、明日香の糧になるよ。頑張っておいで」
真剣な目で彼女を鼓舞する。
彼女は勘がいい。作り笑顔はバレる。
大輔は彼女を見つめて、その髪を撫でた。
「髪、切ったんだね。似合ってる」
明日香は鎖骨の下まであった髪を切って、マッシュラインのショートヘアにしていた。
リーズ行きが決まって、景気づけに美容院にでも行ってきたのだろう。
まるで星野さんだな。
女性は自分へのご褒美と称して、自分磨きに余念がない。
大輔は明日香を引き連れながら、リビングに入っていく。
「でもね、専務の話だと、三年は戻って来れないって」
「三年か。意外と短いね」
コートハンガーにジャケットを掛けると、その手が震えているのに気が付く。慌てて消臭スプレーを手にして、勢いよく上着にかける。
「短くないよ。その間、大輔さんに会えないんだよ、寂しいよ」
「会えるって。年に一度ぐらいは、会社の金で帰国できるだろうし。俺も時間みつけて会いに行くよ。シーズン外せば、航空券も結構安いし」
俺は何を言っているんだろう。
本当は「君を海外なんか行かせられない」と言いたいのを、我慢して。
平気なふりをして。
大人のふりをして。
気が付くと、明日香がこちらにじっと視線を向けている。
「どうしたの?」
「大輔さんのスーツ姿、素敵だなって思って」
「……惚れ直した?」
「これ以上好きになったら、どうかしちゃう」
明日香が口をすぼませて横を向く。
ショートヘアのうなじが見えると、大輔は一気に欲情した。
彼女の腕を掴んで引き寄せ、強引にキスをする。両手で彼女の耳を塞ぐようにして舌を入れる大輔。
「……大輔さん?」
いつになく激しい彼の行動に、明日香が不安そうに息を漏らす。
「明日香……髪切って、色っぽくなった……」
彼女はこんなにも俺を愛してくれている。
俺たちは心から愛し合っているんだ。
俺は我慢なんかしていない。
平気なふりなんかしていない。
大輔は明日香の首筋に唇を這わせ、そのまま彼女をソファに押し倒した。
十月に入るとすぐに、採用試験をパスした数名の男女が大輔のオフィスに姿を見せた。
女性は恭子ただ一人。あとの三名は二十代から三十代の男性であった。
内定者四名が、執務室を巡回するように挨拶をしていく。
大輔は遠目から嘗ての恋人を視界に入れた。
大学の時よりもさらに短い、黒髪のベリーショート。
アイボリーのスーツにピンクゴールドのネックレス。
モデル張りのプロポーションは相変わらずで、社員たちの視線を一身に浴びていた。
「菅原さん、お久しぶりです」
恭子が大輔に気づき、少し硬い笑顔を添えて声をかけてくる。
坂本をはじめ、周囲の人間全員が大輔のほうを振り返った。
「どうも」
名指しされた大輔は、無表情で軽く頭を下げる。
「社長から菅原さんの名前を伺った時は、驚きました。これから宜しくお願いします」
「こちらこそよろしく」
大輔が薄く笑うと、恭子は安心したように表情を柔らげた。
****
午前中にひと仕事を済ませると、大輔は得意先との打ち合わせのためオフィスを後にした。
クールビズ期間も終了し、ジャケットを羽織って事務所を後にする。
ネクタイが嫌いではない彼にとって、暑さもひと段落した十月は心身ともに仕事に集中できる時期であった。
大宮駅が見えてきたあたりで、百貨店の正面玄関から恭子が出てきたことに気づく。彼女は一人だった。
「どうも、お疲れ様です」
彼女と目が合ったため、軽く会釈をする。
「……大輔君」
会社では「菅原さん」だったことに、今頃気が付いた。
恭子は少し恥ずかしそうな表情をした。
化粧品屋の紙袋を手に下げた彼女。よく見ると、朝会った時よりも化粧がかなり濃い。
「帰り?」
「えぇ。今日はオリエンテーションだけだから……大輔君は、これから出なの?」
「上野で打ち合わせ……随分買ったね。化粧品?」
紙袋を覗き込むと、個々に箱入りされた大量の化粧品が入っている。
「化粧品カウンターの人、セールストークが上手くて……採用通知も受け取ったし、自分へのご褒美で沢山買っちゃった」
ようやく縦長の笑窪を見せる。
「まさかうちに転職してくるとは思わなかったよ。なんでうちにしたの? 星野さんなら、もっと凄いとこ行けるでしょ」
恭子は数年前に、病気療養のため仕事を辞めていた。
現在治療は終了し経過観察の状態であると、篠原から聞かされている。
坂本もそうだが、大輔の同僚の殆どは病気で一度リタイアした人間ばかりである。次いで多いのが、大輔のような介護離職者である。
「それは大輔君だってそうでしょ?」
「俺の場合、篠原さんが元上司だったから。つい甘えちゃって」
「……大輔君、本当に官僚だったんだね」
「まぁね。誰かさんに振られたから、ヤケになって勉強したよ」
「すごい皮肉」
クスクスと笑いだす恭子。
大輔は思わず微苦笑した。
懐かしいな、この感じ。
星野さんは、そう、こういう感じだった。
恭子が左手を持ち上げて腕時計を見る。
「時間、大丈夫なの?」
「大丈夫。いつも時間には余裕もって出ているから」
笑顔で答える彼を見て、恭子がポツリとつぶやく。
「本当はね、大輔君に会うの、怖かったの」
震えるような声を発する彼女。大輔は持っていたバッグの柄を強く握った。
「……どうして?」
「私のこと、恨んでいるかなって。怒ってるかなって。もし顔を見て、目を逸らされたりしたらどうしようって。怖かった。もしそうだったら、この会社、辞退しようかなって思ってた。一緒に働くの、辛いから……」
目線を下げて、何度も瞬きをする。
大輔はやや苛立ちを見せた。
「俺はそんなに度量の狭い男じゃないよ。そんな子供みたいな……いい年こいて、そんなことしないって」
彼の答えに、恭子は嘗ての彼女を彷彿とさせる、淀みない口調で持論を展開した。
「そうなの? 嫌なことは、幾つになっても嫌だし、辛いことは、幾つになっても辛いんじゃないの? 大人になったからって、年取ったからって、平気になんてならないよ。もし平気だとしても、それは平気になったんじゃなくて、我慢しているだけじゃない?」
****
大輔は京浜東北線の車内にいた。
大宮は始発駅なので席はいくらでも空いていたが、座らずに扉にもたれかかった。
あの後も暫く、百貨店の前で恭子と立ち話をした。
彼女は「大輔君には話しておくね」と、これまでの経緯を話してくれた。
彼女は現在、父親と二人で東京の入谷に住んでいる。病気をきっかけにして父親とは和解したと言う。
患ったのは卵巣癌だった。発見が遅く、かなり進行していた。
アメリカ赴任時に発覚したのだが、死を意識した彼女は、日本で治療に専念することを選択した。
「日本人だからね。最後の晩餐は、和食が良いなと思って」
手術は成功したが、結果彼女は子供の産めない体になった。
術後は更年期障害により、心身のコンディションは最悪となった。更に他部位への転移の可能性もあったため、元の職場への復帰は絶望的となった。
今回篠原の会社に応募したのは、父親の勧めがあったからである。
仕事と通院、安心して両立できる環境をと、父親が過去の人脈を駆使して探した結果だった。
彼女にはパートナーがいた。相手はアメリカ人。
現在も彼はニューヨークに住んでいるが、スカイプで毎日会話はしているという。
「日本に戻る前に、彼には別れようって言ったの。こんな体だからね。でも頑として了解してくれなくて。来年、日本に来ることになっているの。父も承諾してくれたし、結婚しようと思ってる」
扉のガラスに映る自分自身を、ぼんやりと見つめる大輔。
恭子にフィアンセがいると聞いた時、素直に「おめでとう」と言えた。自分の中で、彼女は本当に過去の人なんだと確信できた。
そして彼女が何気なく発した一言が、彼の体を蝕むように染みこんでいた。
「大人になったからって、平気になんてならないよ。それは我慢しているだけじゃない?」
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同週、土曜日。
久しぶりの休日出勤である。
渋谷・神泉の老齢社長との面談を終えると、大輔はまっすぐ家に戻った。
明日香が「大事な報告があるので、会って欲しい」と申し出てきたため、今夜は自宅で彼女から話を聞くことになっている。
本来仕事のある週は会わないのだが、特段の用件ということで、マンションで待ってもらうことにした。
部屋の鍵は、彼女の誕生日の直後に渡している。
そうすることで、彼女が自分を「特別な女性」だと自覚するのではないかと、大輔が考えたからである。勿論、「勝手に入らないこと」という条件付きである。
大輔は出迎えにきた明日香を抱きしめる。
「ただいま、明日香」
「大輔さん!」
余程嬉しいことがあったのだろう、明日香はこぼれそうな笑顔を見せている。
釣られるように顔を緩ませる大輔。
「嬉しそうだね。何? 報告って?」
「大輔さん、私ね、リーズに行けるようになったの!」
言葉に詰まる大輔。
それを悟られまいと、思いきり彼女を抱き締める。
「おめでとう、明日香」
彼女から連絡が来たのは、水曜日。恭子がオフィスに挨拶に来た日だった。
改まって至急の報告というのだから、きっと家族か仕事のことだろうとは思っていた。しかし恭子とのやり取りのほうが頭に残ってしまい、それ以上深く考えないまま、土曜日を迎えていた。
言い知れない不安が大輔を襲う。
嘗て自分は、「君の夢を応援したい」と宣言した。今でもその気持ちに変わりはない。
だが、あの時と今とでは彼女との関係はかなり違う。
彼女がリーズに行けば、当然だが長期間会えなくなる。
思い出したくないが、彼女は一度浮気をしている。その理由が「寂しかったから」だとしたら。今回も同じ過ちを犯す可能性は十分にある。
こんな状態で、俺は彼女をリーズへ行かせられるのか。
大人になって、「行っておいで」と言うべきなのか。
子供のように、「行かないでくれ」と正直に言うべきなのか。
「ありがとう、大輔さん。これも『諦めるな』って言ってくれた、大輔さんのおかげだよ」
彼の首に手を回して、上半身を反らせる明日香。
「だから、言っただろう? 明日香の能力は、評価されて然るべきだって。この経験はきっと、明日香の糧になるよ。頑張っておいで」
真剣な目で彼女を鼓舞する。
彼女は勘がいい。作り笑顔はバレる。
大輔は彼女を見つめて、その髪を撫でた。
「髪、切ったんだね。似合ってる」
明日香は鎖骨の下まであった髪を切って、マッシュラインのショートヘアにしていた。
リーズ行きが決まって、景気づけに美容院にでも行ってきたのだろう。
まるで星野さんだな。
女性は自分へのご褒美と称して、自分磨きに余念がない。
大輔は明日香を引き連れながら、リビングに入っていく。
「でもね、専務の話だと、三年は戻って来れないって」
「三年か。意外と短いね」
コートハンガーにジャケットを掛けると、その手が震えているのに気が付く。慌てて消臭スプレーを手にして、勢いよく上着にかける。
「短くないよ。その間、大輔さんに会えないんだよ、寂しいよ」
「会えるって。年に一度ぐらいは、会社の金で帰国できるだろうし。俺も時間みつけて会いに行くよ。シーズン外せば、航空券も結構安いし」
俺は何を言っているんだろう。
本当は「君を海外なんか行かせられない」と言いたいのを、我慢して。
平気なふりをして。
大人のふりをして。
気が付くと、明日香がこちらにじっと視線を向けている。
「どうしたの?」
「大輔さんのスーツ姿、素敵だなって思って」
「……惚れ直した?」
「これ以上好きになったら、どうかしちゃう」
明日香が口をすぼませて横を向く。
ショートヘアのうなじが見えると、大輔は一気に欲情した。
彼女の腕を掴んで引き寄せ、強引にキスをする。両手で彼女の耳を塞ぐようにして舌を入れる大輔。
「……大輔さん?」
いつになく激しい彼の行動に、明日香が不安そうに息を漏らす。
「明日香……髪切って、色っぽくなった……」
彼女はこんなにも俺を愛してくれている。
俺たちは心から愛し合っているんだ。
俺は我慢なんかしていない。
平気なふりなんかしていない。
大輔は明日香の首筋に唇を這わせ、そのまま彼女をソファに押し倒した。
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