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第二十三話 私、最低だな。 *

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 健斗の部屋のベッドで、明日香は彼に抱かれていた。

 二股かけられたことは癪に障るが、自分も人のことは言えない。自分も本命は大輔であり、健斗は暇つぶしに茶化しに来ただけなのだ。
 ケーキを食べたら、嫌味の一つでも言って帰ろうと思ったが、食べ終わる前に健斗が突然キスしてきた。

 四ヶ月ぶりの彼とのキスは、悪くはなかった。
 大輔とは違う、ぽってりとした唇の健斗。テクニックから言えば大輔のほうが上手だったが、柔らかさは健斗の方が格段に上だった。

 そして相も変わらず不器用な手つきで、ワンピースを脱がせようとしてきた。
 明日香は笑いをこらえるのに必死だった。

 これで百戦錬磨みたいなこと言うんだから、可笑しいったらありゃしない。
 性器の大きさを自慢したり、テクニックを過信したり。
 健斗の若さがこそばゆい。

 スマホで何でもググれる時代とはいえ、相手の女性が真実を言わない限り、男は自分のテクニックの現実を知る術がない。
 大抵の女は、相手が機嫌を損ねることを危惧して、演技に走ったり沈黙を貫いたりしがちだ。そして男は、自分の行為に満足してくれていると誤解する。まさに負の連鎖だ。

 そう考えてみると、自分は健斗に向かって堂々と異論を唱えたのだから、ある意味とても親切な女だ。
 それを受け止めようとせず、自分のセックスを客観視することを拒否した健斗の罪は、深い。

 明日香は艶のある若々しい健斗の顔に、手を伸ばした。
 汗だくの健斗は、彼女と熱いくちづけを交わす。

 懐かしい、健斗の匂い。
 大輔さんとは違う、男の匂い。
 引きしまった腹筋と、小麦色の肌。

 健斗は右手の指先をベロリと舐めると、明日香の股間に滑り込ませた。明日香は小さく声を上げた。

「なんか超久しぶりだから、燃えるな」
 紅潮した顔の健斗は、そう言いながら指先を動かす。

 脚の間に身体を入れてくる健斗を、彼女はそのまま受け入れる。彼が頭を下げて陰部を舐めはじめると、自然に喘ぎ声が出た。
「明日香も久しぶりだから、めちゃくちゃ感じるだろ?」
 
 別に久しぶりでも、なんでもないし。
 とするのが、久しぶりなだけで。
 
 健斗は直ぐに起き上がり、彼女の腕を掴んで男性器に導こうとする。
 思わず腰を引く明日香。

 え? なに?
 もう私の番? 早すぎない?
 ちょっとしか舐めてないじゃない。
 冗談でしょ、信じられない。

「……触って」
 健斗にせかされ、渋々と男根を握る。

 あぁ、やっぱり大輔さんの方が大きい。
 大きいし、太い。

 でも大輔さんには悪いけど、健斗の方が……硬い。
 若いって、こういうことなのかな。

 明日香は彼自身を軽く握りながら、彼の股間に顔を近づけた。
 睾丸に手を添えながら先端にキスをし、周りをなぞるようにして根元まで舐めていく。顎を上げて唸る彼を見上げながら、明日香は裏筋に舌をあてて動かした。

「……それ、ヤバイ……」
 普段は滅多に感想を述べない健斗が、溜息と共に口を開く。

 どうよ。メチャクチャ上達したでしょ。
 もう「寝っ転がってるだけ」なんて、言わせないんだから。
 この際だから、私がマスターしたテクニック、全部披露してあげる。
 驚くのはまだ、早いんだから。

「もう……挿れていい?」
 健斗は明日香の身体を持ち上げて、ベッドに仰向けにさせた。
 彼女の太腿を高く持ち上げて、避妊具もつけずにそのまま挿入しようとする。

「え、ちょっと待って。健斗、私まだ……」

 まだ、濡れてないよ。
 身体も全然、熱くなってないし。
 こんな状態で挿れられたら……。

 明日香の言葉に耳を貸さず、彼は性器に手を添えて挿入してくる。
「痛っ!」
 途端に明日香が悲鳴を上げる。それでも強引に入ってくる健斗。

「待ってよ健斗、ちょっとだけ待って」
 明日香は彼の体を押し返そうと、手をあてた。

「力抜けって。力んでるから、痛いんだって」
「違う、本当に痛いんだってば。やめて」
「久しぶりだからだろ? 挿れてるうちに馴染んでくるから」
「健斗、ホントにダメなの。待って、お願い」

 健斗は返事もせずに、メリメリとねじ込んでくる。
 眉間に皺を寄せる明日香。

「い、痛いっ……もう、やめて……」
「なんだよ。いつも『痛い、痛い』って言いながら、がるじゃんか」
「善がってなんていない……本当にやめて……お願い……」
 身体を捻る彼女をベッドに押し付けて、健斗は腰を落としてくる。

 怖い。
 怖い、怖い。
 健斗が怖い。
 
 助けて。
 助けて、大輔さん。
 
「やめて! 乱暴しないで!!」

 健斗がようやく、動きを止めた。
「な、なんだよ、『乱暴』って……」
 動揺で目を泳がせる健斗。

 彼からしてみれば、いつも通りに明日香を抱いているつもりだった。
 しかし突然彼女に拒否され、挙句強姦されているかのような発言をされたことに、思考がついてこない様子だった。

「人聞きの悪いこと言うなよ……それじゃまるで俺が……レイプしているみたいじゃないか」
「……ごめん」

 なんで私、謝っているんだろう。
 無理矢理してきたのは、健斗なのに。
 でも、彼にこんなことを許したのは、他でもない私なんだ。
 
 大輔さんがいるのに。
 愛している人がいるのに。
 健斗をからかって。

 欲求不満を、彼で解消しようとしていた。
 私がどれだけ変わったか、見せつけようなんて思い上がって。

 健斗は変わってない。良くも悪くも、いつも通りなんだ。
 彼が困惑するのも当然だ。

 私だって、本当は何も変わってない。
 自分の言いたいことを一言も言わず、相手が察することばかりを期待して。

 大輔さんに遠慮なく何でも言えるのは、私が【何でも言えるようになった】んじゃない。彼が私に、【言えるようにしてくれている】だけなんだ。
 それをはき違えて。
 自分だけで成長した気になって。

 明日香は黙って下着を身に着け始めた。健斗も彼女のほうをチラチラと気にしながら、服を着始める。
 二人が着衣する音だけが続き、暫くすると裸だった男女はすっかり元の姿に戻った。

 明日香は食べかけのケーキが置いてある、丸いテーブルの前に座った。
「健斗、ごめん。私、好きな人がいるの」
「あー、そういうこと」
 ベッドの上の健斗は、仰け反りながら面倒くさそうな声を出した。

「どうりでおかしいと思ったんだよ。突然セックスの仕方があーだこーだって、イチャモンつけてくるからさ。やっぱ男がいたんだ」

 何を言ってるの、この人。
 まさか、健斗と付き合ってる間に、大輔さんとも付き合ってたと思ってるの?

「まさか俺がにされるとはな。正直、明日香のこと舐めてたわ」
 健斗は徐にベッドから降りると、床に転がっているナイロンのボディバッグを開いた。中から小さなポーチを取り出し、黒いスティック状の加熱式煙草を手に取った。

 手元のボタンを長押しし、ややあってから口に咥える。
「まぁいいや。で、好きな奴がいるから、俺とはもうエッチ出来ないってこと?」

 色々誤解はあるようだが、もうどうでも良い。
 どのみち健斗とは、もう付き合うつもりはない。話し合う必要はないのだ。
 話したところで、きちんと分かって貰える自信もない。
 煙草を吸ってる健斗を見て、明日香は彼とは終わったと確信した。

「そう。だからもう、別れましょ」
「んー、セフレってことじゃダメ? 俺、明日香のこと、結構好きなんだけど」

 あなた既に私のこと、セフレにしているじゃない。
 私のこと、なんだと思ってるの。
 本命の彼女がいるくせに。勝手なことをペラペラと。

「ダメ。あなたも別に彼女いるんでしょ? その人のこと、大事にしてあげたら?」
「なんだ。知ってたんだ。マジで明日香のこと舐めてたわ、俺」
 健斗は煙を吐きながら声を出して笑った。

 もうガッカリ。
 こんな男と、一年以上も付き合ってたなんて。

 社会人になってから、なかなか長続きできる人が見つからなくて。
 健斗がようやく一年超えて、付き合えた人だったのに。
 結構本気で、結婚まで考えていたのに。

 大輔さんに会いたい。
 優しくて、真面目で、私のこと真剣に思ってくれる、彼に。

 何をやってるんだろう、私は。
 彼から逃げて、浮気して、痛い目に遭って、また彼を求めて。
 自分勝手で、節操も無くて。

 私、最低だな。
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