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Ep.2
第39話 決意と謀略と誘導の発表会見
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神暦九八九年二月一日、リューグ王国女王特別会見当日。
会見場として椅子や机が整然と並べられた王城の広間には、記者だけでなく貴族や財界人など大勢の招待者が詰めかけていた。
事前にカイビトス公国とマリンピア民主国の使節が参加することも伝えられていて、だから一体どんな発表がなされるのかと、会場にはどこかピリピリとした緊張感が漂っている。
発表会見の開始予定時刻、午後一時。
玉座の間の扉が開き、オトが壇上に姿を現す。続けてアカリとサクラが出てきて、それぞれ女王の右側と左側に並んだ。
話し声が止まり、会場がしんと静まる。
「報道関係の皆様、また、ご参加下さった来賓の皆様。本日は大変お忙しい中、お集まり頂きまして、誠にありがとうございます。本題に移る前に、まずは両隣に立つこちらのお二方からご挨拶を頂きたく思います」
オトに話を振られて、先にアカリがマイクを口元に近づけた。
「初めましてっ! カイビトス衛士団親衛隊十三番兼カイビトス公国在リューグ監視官、魔法少女のアカリだよ! よろしくねっ☆」
ピンク色のツインテールを揺らしながら、とびっきりのキラキラ笑顔で言って、最後にはばっちりとウインクまで決める。
この子、やりやがったわね。まあ分かってはいたけれど。
もはや怒りなど無い。変わらぬ彼女らしい振る舞いに、ただただ呆れてしまう。
案の定、会見場は軽くざわついている。
フリフリの奇抜な服装で魔法少女なんてふざけた自称を名乗る少女が現れれば、こうなるのは当然だ。
「はいっ、じゃあお次はサクラちゃんの番だよっ!」
そんな最悪な状況の中、アカリはサクラに視線を送る。
場を掻き乱した張本人から最低な形でバトンを渡されて、機械人形はやや困惑した様子ながらもマイクを握った。
「え~と、どうも初めまして。マリンピア民主国外務省、人権担当特命全権大使のエビナ=サクラです。この後オト女王からもご説明があるかと思いますが、私エビナ=サクラもアカリ衛士団員と同じく、在リューグ監視官に就任することとなりました。よろしくお願いします」
こちらは台本通りの真面目な、しっかりとした挨拶だ。
どこか着慣れていない感じがするスーツ姿で深々と頭を下げる様は面接に来た就活生っぽくもあるが、未だざわつきが残っている状況下でもプログラムの通りにミス無く完璧にこなしてみせたのは流石は機械仕掛けの人形ねと感心する。
アカリとサクラの自己紹介が終わったところで、三人は同時に着席。
再びオトがマイクを手にする。
「それでは本日の会見の内容についてですが、大きく分けて二点ございます。まずは一つ目。こちらは先ほどエビナ大使からも言及がございました、監視官の駐在。そして、委員会の設置についてです。リューグ王国では十年ほど前から、一部の市民によるオセアーノに対する差別行為が確認されています。これはれっきとした人権侵害問題であり、国際条約に定められた人権尊重規定にも違反するものです。そこで今回、このオセアーノ差別解消に向けてカイビトス、マリンピア両国と協議を行い、その結果、両国から派遣された監視官がリューグ王国に駐在することが決定しました。最初にご挨拶頂いたこちらの二名が、その監視官に任命されたカイビトス衛士団のアカリ団員と、マリンピア外務省のエビナ大使です。お二人にはこの先、オセアーノ差別が解消されたと判断されるまで、新たに設置される各『委員会』に出席をして頂きます。そしてこの委員会についてですが、これは様々な分野ごとに関係者が集まり、各分野ごとの差別対策についてを監視官と私を含めた場で議論し、提言、報告等を行う制度です。例えば軍事委員会であれば軍上層部と監視官と私で、海伐軍内での差別が起こらないように制度改革や罰則規定ついて議論し、それを実際に現場で実行、後にその対策が有効であったかを次の委員会で報告を受け検証する、といった具合です。では次に、軍事以外にどのような委員会を設置するのか……」
オトが委員会の説明をしている最中、差別行為を問題だとも思っていない貴族の老人が我慢ならないと怒声を上げた。
「よその国にそんな細かなことまで指図されるのを受け入れるなど、陛下は一体何を考えておるのだ!」
その発言を皮切りに、会見場に野次が飛び交い始める。
「俺たち悪いことなんか一つもしてねぇのに、何で監視されなきゃならねぇんだよ? こんな理不尽な内政干渉を、女王は認めるってのか?」
「このリューグ王国はいつからその二カ国よりも弱くなってしまったんですの? 十年前は対等だったはずでしたのに……」
「お前が女王になったから、この国はこんな落ちぶれたんだ! 前の女王だったら、きっとこうはならなかった!」
「そうだそうだ! お飾りのくせに余計なことばかりしやがって!」
怒りの矛先は制度そのものへの批判から、徐々にオトに対する個人攻撃へと変わっていく。好き放題言い始めた反オセアーノ派の貴族たちの声はどんどんと大きくなっていって、収まる気配は微塵も無い。
「皆さん、静粛にお願いします」
オトにとってはよくあることでも、平和なマリンピアから来た人形にはひどく異常な事態に見えたらしく。慌ててサクラが宥めようとしてくれたが、そんな生優しい言葉を聞いてくれるような連中ではなかった。
「あの剣で脅そうったって、もう無駄だからな?」
「それに今は記者がいるんだ。この貴族たる俺らに女王が乱暴な手を使ったと知れ渡れば、国民からの信用は失墜するぜ?」
誰も聞く耳を持たず、罵詈雑言は加速していく。
感情の無い人形の、心配そうな黒瞳がこちらに向けられる。
私は別に大丈夫よと視線を返して微笑んだ。
それでもまだサクラは不安そうにしていたが、こちらとしては本当に平気なのだ。こうなるのはいつものことで、慣れきっている。
しかも今回は、この人たちもさぞかし驚くであろう爆弾発表を控えている。
それで彼らが静まり返るのか盛り上がるのかは知らないが、とにかくこの暴言の嵐すらも、今のオトにとっては怖くも何ともないのである。
とはいえ、このうるささの中で会見を再開してもこちらの声が届かない。
やはりどうにかして連中を黙らせなければ。
するとその時、何を考えているのかアカリがすっと立ち上がった。
オトとサクラはもちろん、野次を飛ばしていた貴族たちもそちらに注目を向ける。
報道陣も含めこの場にいる全員の視線を浴びて、魔法少女は一言。
「アカリ、ちょっと怖いなぁ~っ」
今にも泣きそうな声で、赤い目を潤ませつつ怯えたような仕草をするアカリ。
ちょっとバカ……! あなたは状況を悪化させたいの?
一歩間違えれば火に油を注ぐことにもなりかねない、危険すぎる行動だ。
会場は明らかに「こいつヤバいな」みたいな空気感に包まれている。
しかし彼女は、そんな空気に臆することなく更に続ける。
「みんなで一斉にいじめるなんて、オトさんが可哀想だって思わないの? そういうことする人、私は嫌いだなっ」
上目遣いであざとく見つめた相手は、反オセアーノ派の貴族の若い男性。
先ほどまで散々オトを口撃していた連中の一人だ。
アカリは何がしたいのか。
意味不明すぎる奇行に、サクラと顔を見合わせてしまう。
だが、次の瞬間に思わぬ展開が。
「……ごめんなアカリさん、怖がらせちまって」
なんと、貴族の若い男性が態度を一変させ、謝罪の言葉を口にしたのだ。
「ううん。謝る相手はアカリじゃないよっ。オトさんに、でしょっ?」
「そっか、そうだよな。女王、酷いこと言ってすまなかった」
「え、ええ……」
何が起こったというのか。
戸惑いを隠せないまま、とりあえず返事をするオト。
それから次々と、アカリに見つめられた男性陣が謝罪を述べてきて。
女性陣はそんな男たちに軽蔑の目を向けていたが、半数以上が大人しくなってしまったことでやりにくくなったのか、最終的にオトに野次を飛ばす者はいなくなった。
「あなた、彼らに何をしたの?」
参加者に聞こえないよう、オトは小声で尋ねつつアカリの顔を見上げる。
すると彼女は、俯きながらまるで魔女のような悪い笑みを浮かべていた。
「あはっ、釣れた釣れた」
ドスの利いた低い声で呟く。
輝きを失くした燕脂色の瞳の奥にある感情は、愉悦か、あるいは快楽か。
しかしアカリがそんなおぞましい笑顔をしていたのはほんの一瞬で。すぐさま気を取り直した魔法少女は、いつもの外面に戻して顔を上げる。
「それじゃあオトさんっ。二つ目の発表をどうぞっ!」
こちらに話を振ってから椅子に座り直すアカリ。
ちょっとあなた、勝手に仕切らないでよ。
予定が狂ったじゃないのと横目で睨みつけるが、アカリはオトのことなど見向きもせずに貴族の若い男性にウインクを送っている。
全く彼女は自己中心的というか、マイペースというか。
「……はぁ、まあいいわ」
本当なら委員会についての説明がまだ少し残っていたのだが、こうなってしまっては仕方がない。原稿をペラペラとめくって、次の発表に移る。
オトはマイクを握り、参加者を見回しつつ口を開いた。
「続きまして、二つ目の発表です。こちらは国民の皆様にとっても非常に影響の大きい、大変重要なものです。私自身、これを決断するまでには相当悩みました。しかし、この国の未来のため、国民の幸せのために、断腸の思いで決断しました。私、オト=ハイムは……リューグ王国国王を退位することに致しました。そして後任には、私が最も信頼するオセアーノの少女が就く予定です」
オト女王の退位と、オセアーノへの王位禅譲。
この衝撃発表は参加者の口伝えや新聞の号外によって瞬く間に国中に広まり、その日のうちにほとんどの国民に知れ渡っていた。
深夜。アカリは世間の反応が知りたくて、こっそりと王都の様子を探りに来ていた。
誰かいないかと暗い街中を彷徨い歩いていると、石像が立つ広場に人が集まっているのを見つけた。そーっと近づいて、物陰から耳を澄ませる。
「あの女王様、自分に才能が無いことにようやく気付いたみたいだな」
「でも、次の王はオセアーノなんだろ? 大丈夫なのか?」
「大丈夫な訳あるかよ。オセアーノが王になったら、この国は滅びる」
「おいおい、滅びるって何言ってんだお前。ここは千年続く大リューグ王国だぞ?」
大リューグ王国って。この国の陸地って香川県よりも小さいんじゃなかったっけ?
どうやらこいつらはかなり酔っ払っているらしく、微妙に呂律が回っていなかったり意味不明な言葉が交じっていたりもするが。話題はやはり昼間の発表会見についてのようだ。
「じゃあお前は、この国が滅びないようにするにはどうすればいいって思ってんだ?」
「決まってんだろ? 政権転覆、だよ」
「はははっ! そいつは面白い冗談だ。何の力も無い俺たちが、そんなこと出来っこないだろ?」
「ああ、俺たちには無理だろうさ。けどな、噂で聞いた話だが、軍の中でそういう動きがあるらしいぜ?」
「マジかよっ!?」
「しっ! あんまり大きい声出すんじゃねぇ。警衛隊の奴らに聞かれたら捕まるぞ」
火のないところに煙は立たないとはよく言うが。その噂は果たして嘘か真実か。
ともかく、思わぬ収穫を得た。
現女王であるオトに抱いている不満と、オセアーノに王位が継承されることへの嫌悪。国民も概ねあの貴族たちと似た感情を持っているということ。そして、海伐軍内部にも反体制派が存在していて、クーデターの動きがあるかもしれないこと。
この二つの情報を入手できたなら、成果としては十分だ。
さて、そろそろ城に戻るか。
思って、踵を返そうとしたその時。後頭部に硬く冷たい何かが突きつけられた。
「動いたら撃つよ?」
女性の声。
撃つということは、突きつけられているのは銃口か。
それにしても、この私が背後を取られたことに全然気付けなかった。こいつ、一体何者だ?
「アンタ誰?」
「う~ん、誰って言われると困っちゃうんだけど。強いて言うなら、女王殺しの味方かな」
まさかこいつは、私がオトを殺そうとしているのを知っている?
警戒を強めるアカリに、謎の襲撃者が告げる。
「代わりに、協力してほしいことがあるんだけどさ。いいかな?」
「……内容による、って言ったら?」
「そしたらこの話はお終い」
「あっそ。なら私もアンタと話すことは無い」
突き放すように言うと、後頭部に当たっていた感触が不意に無くなった。
それと同時に、耳元で囁くように一言。
「じゃあ、敵だね」
突如、気配が消える。
アカリは急いで後ろを振り向いたが、謎の襲撃者の姿はどこにも見当たらなかった。
会見場として椅子や机が整然と並べられた王城の広間には、記者だけでなく貴族や財界人など大勢の招待者が詰めかけていた。
事前にカイビトス公国とマリンピア民主国の使節が参加することも伝えられていて、だから一体どんな発表がなされるのかと、会場にはどこかピリピリとした緊張感が漂っている。
発表会見の開始予定時刻、午後一時。
玉座の間の扉が開き、オトが壇上に姿を現す。続けてアカリとサクラが出てきて、それぞれ女王の右側と左側に並んだ。
話し声が止まり、会場がしんと静まる。
「報道関係の皆様、また、ご参加下さった来賓の皆様。本日は大変お忙しい中、お集まり頂きまして、誠にありがとうございます。本題に移る前に、まずは両隣に立つこちらのお二方からご挨拶を頂きたく思います」
オトに話を振られて、先にアカリがマイクを口元に近づけた。
「初めましてっ! カイビトス衛士団親衛隊十三番兼カイビトス公国在リューグ監視官、魔法少女のアカリだよ! よろしくねっ☆」
ピンク色のツインテールを揺らしながら、とびっきりのキラキラ笑顔で言って、最後にはばっちりとウインクまで決める。
この子、やりやがったわね。まあ分かってはいたけれど。
もはや怒りなど無い。変わらぬ彼女らしい振る舞いに、ただただ呆れてしまう。
案の定、会見場は軽くざわついている。
フリフリの奇抜な服装で魔法少女なんてふざけた自称を名乗る少女が現れれば、こうなるのは当然だ。
「はいっ、じゃあお次はサクラちゃんの番だよっ!」
そんな最悪な状況の中、アカリはサクラに視線を送る。
場を掻き乱した張本人から最低な形でバトンを渡されて、機械人形はやや困惑した様子ながらもマイクを握った。
「え~と、どうも初めまして。マリンピア民主国外務省、人権担当特命全権大使のエビナ=サクラです。この後オト女王からもご説明があるかと思いますが、私エビナ=サクラもアカリ衛士団員と同じく、在リューグ監視官に就任することとなりました。よろしくお願いします」
こちらは台本通りの真面目な、しっかりとした挨拶だ。
どこか着慣れていない感じがするスーツ姿で深々と頭を下げる様は面接に来た就活生っぽくもあるが、未だざわつきが残っている状況下でもプログラムの通りにミス無く完璧にこなしてみせたのは流石は機械仕掛けの人形ねと感心する。
アカリとサクラの自己紹介が終わったところで、三人は同時に着席。
再びオトがマイクを手にする。
「それでは本日の会見の内容についてですが、大きく分けて二点ございます。まずは一つ目。こちらは先ほどエビナ大使からも言及がございました、監視官の駐在。そして、委員会の設置についてです。リューグ王国では十年ほど前から、一部の市民によるオセアーノに対する差別行為が確認されています。これはれっきとした人権侵害問題であり、国際条約に定められた人権尊重規定にも違反するものです。そこで今回、このオセアーノ差別解消に向けてカイビトス、マリンピア両国と協議を行い、その結果、両国から派遣された監視官がリューグ王国に駐在することが決定しました。最初にご挨拶頂いたこちらの二名が、その監視官に任命されたカイビトス衛士団のアカリ団員と、マリンピア外務省のエビナ大使です。お二人にはこの先、オセアーノ差別が解消されたと判断されるまで、新たに設置される各『委員会』に出席をして頂きます。そしてこの委員会についてですが、これは様々な分野ごとに関係者が集まり、各分野ごとの差別対策についてを監視官と私を含めた場で議論し、提言、報告等を行う制度です。例えば軍事委員会であれば軍上層部と監視官と私で、海伐軍内での差別が起こらないように制度改革や罰則規定ついて議論し、それを実際に現場で実行、後にその対策が有効であったかを次の委員会で報告を受け検証する、といった具合です。では次に、軍事以外にどのような委員会を設置するのか……」
オトが委員会の説明をしている最中、差別行為を問題だとも思っていない貴族の老人が我慢ならないと怒声を上げた。
「よその国にそんな細かなことまで指図されるのを受け入れるなど、陛下は一体何を考えておるのだ!」
その発言を皮切りに、会見場に野次が飛び交い始める。
「俺たち悪いことなんか一つもしてねぇのに、何で監視されなきゃならねぇんだよ? こんな理不尽な内政干渉を、女王は認めるってのか?」
「このリューグ王国はいつからその二カ国よりも弱くなってしまったんですの? 十年前は対等だったはずでしたのに……」
「お前が女王になったから、この国はこんな落ちぶれたんだ! 前の女王だったら、きっとこうはならなかった!」
「そうだそうだ! お飾りのくせに余計なことばかりしやがって!」
怒りの矛先は制度そのものへの批判から、徐々にオトに対する個人攻撃へと変わっていく。好き放題言い始めた反オセアーノ派の貴族たちの声はどんどんと大きくなっていって、収まる気配は微塵も無い。
「皆さん、静粛にお願いします」
オトにとってはよくあることでも、平和なマリンピアから来た人形にはひどく異常な事態に見えたらしく。慌ててサクラが宥めようとしてくれたが、そんな生優しい言葉を聞いてくれるような連中ではなかった。
「あの剣で脅そうったって、もう無駄だからな?」
「それに今は記者がいるんだ。この貴族たる俺らに女王が乱暴な手を使ったと知れ渡れば、国民からの信用は失墜するぜ?」
誰も聞く耳を持たず、罵詈雑言は加速していく。
感情の無い人形の、心配そうな黒瞳がこちらに向けられる。
私は別に大丈夫よと視線を返して微笑んだ。
それでもまだサクラは不安そうにしていたが、こちらとしては本当に平気なのだ。こうなるのはいつものことで、慣れきっている。
しかも今回は、この人たちもさぞかし驚くであろう爆弾発表を控えている。
それで彼らが静まり返るのか盛り上がるのかは知らないが、とにかくこの暴言の嵐すらも、今のオトにとっては怖くも何ともないのである。
とはいえ、このうるささの中で会見を再開してもこちらの声が届かない。
やはりどうにかして連中を黙らせなければ。
するとその時、何を考えているのかアカリがすっと立ち上がった。
オトとサクラはもちろん、野次を飛ばしていた貴族たちもそちらに注目を向ける。
報道陣も含めこの場にいる全員の視線を浴びて、魔法少女は一言。
「アカリ、ちょっと怖いなぁ~っ」
今にも泣きそうな声で、赤い目を潤ませつつ怯えたような仕草をするアカリ。
ちょっとバカ……! あなたは状況を悪化させたいの?
一歩間違えれば火に油を注ぐことにもなりかねない、危険すぎる行動だ。
会場は明らかに「こいつヤバいな」みたいな空気感に包まれている。
しかし彼女は、そんな空気に臆することなく更に続ける。
「みんなで一斉にいじめるなんて、オトさんが可哀想だって思わないの? そういうことする人、私は嫌いだなっ」
上目遣いであざとく見つめた相手は、反オセアーノ派の貴族の若い男性。
先ほどまで散々オトを口撃していた連中の一人だ。
アカリは何がしたいのか。
意味不明すぎる奇行に、サクラと顔を見合わせてしまう。
だが、次の瞬間に思わぬ展開が。
「……ごめんなアカリさん、怖がらせちまって」
なんと、貴族の若い男性が態度を一変させ、謝罪の言葉を口にしたのだ。
「ううん。謝る相手はアカリじゃないよっ。オトさんに、でしょっ?」
「そっか、そうだよな。女王、酷いこと言ってすまなかった」
「え、ええ……」
何が起こったというのか。
戸惑いを隠せないまま、とりあえず返事をするオト。
それから次々と、アカリに見つめられた男性陣が謝罪を述べてきて。
女性陣はそんな男たちに軽蔑の目を向けていたが、半数以上が大人しくなってしまったことでやりにくくなったのか、最終的にオトに野次を飛ばす者はいなくなった。
「あなた、彼らに何をしたの?」
参加者に聞こえないよう、オトは小声で尋ねつつアカリの顔を見上げる。
すると彼女は、俯きながらまるで魔女のような悪い笑みを浮かべていた。
「あはっ、釣れた釣れた」
ドスの利いた低い声で呟く。
輝きを失くした燕脂色の瞳の奥にある感情は、愉悦か、あるいは快楽か。
しかしアカリがそんなおぞましい笑顔をしていたのはほんの一瞬で。すぐさま気を取り直した魔法少女は、いつもの外面に戻して顔を上げる。
「それじゃあオトさんっ。二つ目の発表をどうぞっ!」
こちらに話を振ってから椅子に座り直すアカリ。
ちょっとあなた、勝手に仕切らないでよ。
予定が狂ったじゃないのと横目で睨みつけるが、アカリはオトのことなど見向きもせずに貴族の若い男性にウインクを送っている。
全く彼女は自己中心的というか、マイペースというか。
「……はぁ、まあいいわ」
本当なら委員会についての説明がまだ少し残っていたのだが、こうなってしまっては仕方がない。原稿をペラペラとめくって、次の発表に移る。
オトはマイクを握り、参加者を見回しつつ口を開いた。
「続きまして、二つ目の発表です。こちらは国民の皆様にとっても非常に影響の大きい、大変重要なものです。私自身、これを決断するまでには相当悩みました。しかし、この国の未来のため、国民の幸せのために、断腸の思いで決断しました。私、オト=ハイムは……リューグ王国国王を退位することに致しました。そして後任には、私が最も信頼するオセアーノの少女が就く予定です」
オト女王の退位と、オセアーノへの王位禅譲。
この衝撃発表は参加者の口伝えや新聞の号外によって瞬く間に国中に広まり、その日のうちにほとんどの国民に知れ渡っていた。
深夜。アカリは世間の反応が知りたくて、こっそりと王都の様子を探りに来ていた。
誰かいないかと暗い街中を彷徨い歩いていると、石像が立つ広場に人が集まっているのを見つけた。そーっと近づいて、物陰から耳を澄ませる。
「あの女王様、自分に才能が無いことにようやく気付いたみたいだな」
「でも、次の王はオセアーノなんだろ? 大丈夫なのか?」
「大丈夫な訳あるかよ。オセアーノが王になったら、この国は滅びる」
「おいおい、滅びるって何言ってんだお前。ここは千年続く大リューグ王国だぞ?」
大リューグ王国って。この国の陸地って香川県よりも小さいんじゃなかったっけ?
どうやらこいつらはかなり酔っ払っているらしく、微妙に呂律が回っていなかったり意味不明な言葉が交じっていたりもするが。話題はやはり昼間の発表会見についてのようだ。
「じゃあお前は、この国が滅びないようにするにはどうすればいいって思ってんだ?」
「決まってんだろ? 政権転覆、だよ」
「はははっ! そいつは面白い冗談だ。何の力も無い俺たちが、そんなこと出来っこないだろ?」
「ああ、俺たちには無理だろうさ。けどな、噂で聞いた話だが、軍の中でそういう動きがあるらしいぜ?」
「マジかよっ!?」
「しっ! あんまり大きい声出すんじゃねぇ。警衛隊の奴らに聞かれたら捕まるぞ」
火のないところに煙は立たないとはよく言うが。その噂は果たして嘘か真実か。
ともかく、思わぬ収穫を得た。
現女王であるオトに抱いている不満と、オセアーノに王位が継承されることへの嫌悪。国民も概ねあの貴族たちと似た感情を持っているということ。そして、海伐軍内部にも反体制派が存在していて、クーデターの動きがあるかもしれないこと。
この二つの情報を入手できたなら、成果としては十分だ。
さて、そろそろ城に戻るか。
思って、踵を返そうとしたその時。後頭部に硬く冷たい何かが突きつけられた。
「動いたら撃つよ?」
女性の声。
撃つということは、突きつけられているのは銃口か。
それにしても、この私が背後を取られたことに全然気付けなかった。こいつ、一体何者だ?
「アンタ誰?」
「う~ん、誰って言われると困っちゃうんだけど。強いて言うなら、女王殺しの味方かな」
まさかこいつは、私がオトを殺そうとしているのを知っている?
警戒を強めるアカリに、謎の襲撃者が告げる。
「代わりに、協力してほしいことがあるんだけどさ。いいかな?」
「……内容による、って言ったら?」
「そしたらこの話はお終い」
「あっそ。なら私もアンタと話すことは無い」
突き放すように言うと、後頭部に当たっていた感触が不意に無くなった。
それと同時に、耳元で囁くように一言。
「じゃあ、敵だね」
突如、気配が消える。
アカリは急いで後ろを振り向いたが、謎の襲撃者の姿はどこにも見当たらなかった。
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