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219.

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 エトワは公爵家の別邸の応接間で男の人と話していた。

「ルーペドルン地方ですが、ここ数ヶ月間、魔族の出現報告などはありませんでした。エトワさまからの知らせを聞いて再調査をしたのですが、現状、魔族がでたという話は掴めてません」
「そうですか、ありがとうございます」

 男性が知らせてくれた情報に頭をさげる。
 彼は風の派閥の人間として働いてる人だった。戦闘よりも、調査や情報のまとめ、報告なんかを主に行ったりする。

 古都クララクでのヴェムフラムとの戦い。そこでアルセルさまを助けにきてくれた風の派閥の人間の一人が、この人だったりする。それを知って、助けてくれたお礼を言いにいったときに話せる間柄になった。

「とにかく、この国でも有数の平和な地方ですからね。何かが起きればすぐに噂になると思います。それにあそこは、あっ……公爵家の別荘がありますから、風の派閥の人間がいつも待機しています。この国では有数の安全なところではあると思いますよ。あ、もちろんエトワさまがご不安でしたら、さらに詳しく調査をこちら側では行います」
「いえ、大丈夫です。私が噂話を聞いただけなのに、しっかり対応していただきありがとうございます」

 エトワはもう一度、ふかぶかと頭を下げた。
 風の派閥の人たちもいろいろと仕事があって忙しい。エトワ自身おばあさんからのまた聞きな上に、再調査までして魔族の出現報告がないという以上、これ以上つき合わせるのは申し訳なかった。

「いえ、また何か困ったことがあったらいつでも言ってください。それでは」

 結局、エトワの又聞き話に振り回されただけなのに、笑顔でそう言って帰っていった。
 いい人だなぁ、と思った。

 部屋に残った、エトワは首をかしげる。

「それにしても変だねぇ」
『ああ、そうだな』

 エトワ自身がおばあさんから魔族の話を聞いたのは本当だ。
 というか、最近、ちょくちょく耳にするのだ。買い物してるとき、店主とお客の会話や、帰り道、井戸端会議している主婦の噂話から。

 でも、それなのに、リリーシィちゃんやポムチョム小学校のみんなは知らないと言う。

 これだけ噂になってるなら、知っていてもおかしくないのにと、エトワは首をかしげていた。

『どうする。怪しいぞ』
「うーん、でも、もしかしたら本当に魔族がいて困ってる人がいるかもしれないし行ってみるよ」

 エトワとしては、ちょっと怪しい話でも自分で行くのが一番いい方法に思えた。
 ソフィアちゃんやリンクスくんに話せば、調査してもらえるのに、直接風の派閥の人に話を通したのも、護衛役の子たちを危険に巻き込みたくないからだ。
 そういう意味で、怪しければ怪しいほど、自分で行くしかない。

「今度の日曜日かな~。土曜はハナコと会う約束しているし」
『私はお前に危険なことに首を突っ込んで欲しくないのだがな』

 天輝さんのため息をつく気配や、エトワに伝わってきた。

「私もみんなに同じ気持ちだよ」

 天輝さんの気持ちがよくわかるエトワはうんうんと頷くと、二回目のため息が聞こえた。

 とりあえず、怪しい現場であるルーペドルンに行くことは決め、エトワは部屋をでる。すると、リンクスの姿が目に飛び込んできた。
 応接間近くの廊下においてある、待合用のソファにうつ伏せになって寝そべり、本を読んでいる。

 エトワの方に無関心なふりをしているけど、こちらを窺う気配が伝わってきていた。

(うーん、どうしたんだろう)

 エトワは首をかしげる。
 風の派閥の男性(そこそこイケメン)と、親しげに挨拶を交わした時点で、かなりリンクスの注意を引いたことにはきづいてなかった。

 近寄っても、リンクスは無関心なふりをして本の方をずっと見ている。
 エトワの口元に、にんまりとした笑みが浮かんだ。

「わぁー! ざぶとーん!」

 エトワはそのまま、リンクスの背中に折り重なるように飛び込んだ。

「うわぁあっ!」

 近づいてるのには気づいてたのに、予想外の接触を取られて、リンクスが顔を真っ赤にして叫ぶ。

「リンクスくんやーリンクスくんやぁー! よーしよーし!」
「やめろーっ! やめろって!」

 エトワはそのままハイテンションで、赤面するリンクスに背後から思いっきりじゃれつきまくった。


***


 土曜日、エトワはハナコに会いに来ていた。場所は人気のないルヴェンドのはずれの森だ。
 学校交流で忙しかったので、ハナコに会うのも一ヶ月ぶりぐらいだった。

「エトワー、どうだー、どうだー」

 ハナコはエトワの前で、暗めのオレンジ色のボレロに、白いシャツ、落ち着いた淡い青色のロングスカートという格好でポーズを取っていた。
 ポーズといってもおおげさなものじゃなくて、目の前でくるくる動いて、スカートをひらひらさせている。

 最近、というかここ一年、ハナコは"おしゃれ"を学びはじめたのだ。
 もちろん、理由はアルセルの気を惹くためだった。

 エトワやソフィアから、最新の人間のファッションを教えてもらったり、自分でも『こーでねーと』して見せてきたりする。茶色い薄汚れたぼろぼろのローブを着ていた頃と比べると、すごい進歩だった。

「う~む」

 エトワは糸のように細い目を、悩めるファッションリーダーっぽくして、ハナコの格好をじっと眺める。

 正直、悪くはない、とエトワは思う。少し田舎っぽい感じは否めないけど、それはそれでかわいい。そもそもハナコはなんだかんだ美少女で、どんな服を着てもそれなりに見えた。
 しかし――。

 アルセルさまの周りはかなり美少女が多い。

 学年が近くてよく一緒にいるシーシェ様はぶっちぎりだけど、パイシェン先輩だって幼いころからの知り合いでかなり可愛いし、超美少女のソフィアちゃんだってアルセルさまとの関係は悪くない。
 それ以外の桜貴会の女性たちもかなり可愛いし、それを言うなら、ルーヴ・ロゼ自体が顔面偏差値がそもそも高い。そういうわけで、ハナコのライバルになりかねない人たちはたくさんいるのだった。

 エトワとしても、それを考えると似合ってるからオッケーではなく、厳しくアドバイスしていかなければいけない。

「とりあえず、一番悪いのは靴かな~」

 ハナコが今履いてるのは、黒く長い毛がもさもさと生えた靴だった。暖かそうだったけど、涼しげな田舎娘風のファッションとは致命的に合ってない。
 服は結構うまく着こなすようになってきたけど、こういうとこに、まだファッションに慣れてない部分がでてるかもしれない。

「靴かー? そんな気になるものかー?」
「お洒落は足もとからと言いますし」

 エトワはそれっぽいことを言ってみる。

「な、なるほどっ」

 ハナコもわかってるのかわかってないのか、感心した表情で頷いた。

「そういえば、家をでたとき、靴だけそのままで来てたなー。でも、他に靴なんて持ってないし」

 ハナコの住む北の城は、雪が降っている寒い地方だった。だから、こういう靴が一般的なのだろう。

「ふっふっふ、そう思ってもって来たよ。これをお履きなさい」

 エトワがそういってハナコに渡したのは茶色のロングブーツだった。
 厚手ではあるけど、明るい色合いで、黒い毛の生えた靴よりも、ハナコの今の格好に合っていた。エトワが数ヶ月前まで履いていたものでお下がりだ。

「おおー、いつもありがとなー」

 ブーツをプレゼントされたハナコは、嬉しそうな顔ですぐにそれに履き替える。
 そして最初と同じように、エトワの前でくるくるして見せた。

「どうだー」
「うんうん、似合ってる似合ってる。かわいいかわいい」

 エトワもやさしく褒めてあげる。

 それから、エトワとハナコは、いくつかの古着を受け渡ししたあと、一緒にお昼ごはんを食べる。ハナコの格好は自分でコーディネートした服に、さっきエトワから貰ったばっかりのブーツだ。
 その格好で、ハナコはちょっと憂鬱そうにため息を吐いた。

「はぁ、アルセルさまにもこの姿、見せたかったなぁ……」

 ハナコのアルセルさまへの片思いは、もう一年以上続いていた。ほぼ、一目ぼれだったのにここまで続いたことに、エトワは驚きつつも、その想いを少しずつ認めつつある。
 ただアルセルさまの方はというと、さすがに歳が離れているせいか、進展はゼロだった。魔族と人間の垣根を越えて、仲良くしてくれてるけど、その扱いは妹とか下級生の子に対するものだ。

 最近、ルイシェン先輩とユウフィちゃんがカップルになったけど、ハナコとアルセルさまの場合、それ以上歳が離れてるとはいえ、ハナコがそれを知ったら羨ましがるかもしれない。

「最近、また忙しいらしいからねぇ。でも、時間ができたら会いに来てくれると思うから、そのときに見せてあげたらいいよ。きっとかわいいって言ってくれるよ」

 エトワもハナコを励ますように言う。
 ハナコもそれをすぐ想像したのか、口元をゆるませてうんと頷いた。性格も単純だから、励ますのも簡単だった。

「そういえば、じゃがいもどうだった? おとーさまとワタシたちで育てたんだぞ」
「あー、うん、美味しかったよ~。魔王さまにもお礼を伝えておいてください。『非常に美味しくいただきました』って」

(さすがに量が多すぎたけど……)

 エトワは本音を隠し、ハナコたちにお礼を伝えた。
 実際、ハナコのもってきてくれたじゃがいもは、寒い地方で育ったからか、身が締まっていて、食べた人たちには好評だった。ただ、量が一袋だったので、公爵家の別邸にいる人、総出で食べなければ、しばらくじゃがいも生活になるとこだった。
 もといた世界で、一週間ずっとカレー生活に苦しんだことがあるエトワとしては、そういう苦しみをソフィアちゃんたちに味わわせたくはなかった。

「そっかー、じゃあまた取れたら持ってくるなー」
「あ、さすがにあれだけたくさん貰うのは悪いので、今度は少なめにお願いします」
「まかせろー!」

 わかってるのかわかってないのか、ハナコは勢いよく手をあげた。
 まあ今度持ってきたらハチに半分ぐらい持って帰らせればいいやと、エトワは思った。


***


 ハナコと会った次の日、私は噂のルーペドルンまで来ていた。

「綺麗な場所だねぇ、天輝さん」
『私に人間のような感性はないが、情報を照らし合わせると確かにそのような場所だ』
「いやいや、天輝さんって結構人間臭いし、いつか分かると思うよ」
『理解不能だ』

 ふふふ。
 ルーペドルンは渓谷地帯みたいだ。

 白い岩肌の切り立った崖がそこかしこにあって、その間を流れの激しい川が流れている。いくつも連なっている大小の滝は見ごたえが十分だった。そんな岩場にもたくさんの緑が生い茂っていて、前いた世界だとテレビでしか見たことがないそんな場所だった。
 実際に来てみると、滝からでる水しぶきのおかげか涼しくて、澄んだ空気も美味しくて、とてもいい場所だ。

「とりあえず、何も手がかりがないし、歩き回ってみようか」

 私たちはそこらへんを歩き回ってみる。
 当然、整備されてないので道は悪いけど、力を解放してるので問題なく歩ける。

 景色が綺麗なので、どちらかというとトラブル探しというより、森林浴みたいになってしまった。

「うーん、平和なとこだねぇ」

 しばらく歩き回ってみたけど、特に変な気配もない。

『ああ、魔族どころか小さな魔物すら一度も遭遇しない。この世界でもかなり安全な場所に入るだろう』

 天輝さんからもお墨付きをもらった。

『そもそも人家も少ないようだ。見つけた建物からみても、恒常的に人が暮らしている気配はなかった』
「別荘みたいな感じで使われてるってことかなぁ」

 歩き回って見つけた家のいくつかは、作りは豪華だったけど、人の気配はしなかった。
 作りは小さめだったけど、貴族の別荘なんじゃないかと思う。土地が隆起してるから、大きな建物は建てにくいみたいだ。それか、ここらへんの自然を保護するために小さくしてるのか。

 もう少し探索すれば、小さな村や町が見つかるかもしれないけど、こうやって探してなかなか見つからない時点で、そんなに多くはない気がした。

『どうする? そもそもの話に信憑性がなくなってきたぞ。もどるか』
「う~ん」

 おばあちゃんの話によると、ここらへんの村に住んでる息子さんが苦しんでるらしいけど、ちょっと難しい話になってきた。おばあさん嘘だったのかもしれないけど、その場合、なんで嘘をつかれたのか意図がわからない。
 まだ本当の可能性だってある。私がその村を見つけられてないかもしれないし。

「もうちょっと探索してみっ――」

 そう天輝さんに伝えた瞬間、木の陰から三体の人型が飛び出してきた。
 シルエットは人型だけど、よく見ると赤黒い岩のような肌で、手には子供の身長ぐらいはある長い爪を生やしている。

『魔族だ』
「本当にいた!?」

 私はびっくりして、目を見開いてしまった。
 魔族たちはそのまま私に襲いかかってくる。

 何か呪文を詠唱し、瞬時に魔法陣を展開させ、何十個もの岩の粒を私に飛ばしてきた。

「ひょいっと」

 私はその間を縫って、魔族に接近すると、一匹に切りつける。
 魔族はあっさりとその一撃で倒れた。

 残り二体が驚いた表情で目を見開くのを見たあと、その二体も横なぎに切りつけた。あっさりと残りの二体も倒れる。

「本当にいたんだね……」

 私は自分が倒した三匹の魔族を、まじまじと見てしまった。
 どちらかというと、何かの誤報だったのではって方向に、さっきまで気持ちが偏っていたので、いざ魔族に遭遇すると驚いてしまった。

『むぅ……』

 天輝さんも同じ気持ちだったようで、うなり声が聞こえてきた。

『何か、うまく確認できなかったが、この魔族たち……少し気配がおかしかった気がする』
「おかしかった?」
『私の感知能力の範囲ではない……だが……』
「勘みたいな感じ?」

 天輝さんが勘で何かを言うってちょっと珍しいかも。

 私がそう思っていると、背後からいきなり誰かの声が聞こえた。

「なるほど、『病的情報(ワーズ・オブ・イル)』にて誘い出し、それなりに力のある魔族をぶつけたつもりじゃったが、ここまであっさり屠られるとは」

 私と同い年ぐらいの少女の声。
 だけど、なんか妙に古めかしいしゃべり方をしている。

「その人にも魔族にも属さぬ不明な力、この国にとって危険すぎる」

 私はその少女の姿をきょろきょろと探す。
 だけど、声は聞こえてくるのに、女の子の姿はどこにも見当たらない。

「天輝さん、分かる?」

 天輝さんに尋ねたけど、返ってきたのは沈黙と、少しあとの鋭い声だった。

『…………逃げろ、エトワ!』
「えっ?」

 それはいつにない焦った声に、私は思わず聞き返してしまう。

『お前にとって最悪の相手だ! こいつが使うのは恐らくっ――』

 そこでいきなり、ブツッて音が聞こえて、ラジオのスイッチが切れたときのように天輝さんの声が聞こえなくなる。
 こんなこと初めてだ。

「天輝さん!? 天輝さん!?」

 心配になった私は、何度も心の中に問い掛ける。
 なのに、天輝さんから返事はない。

 いったい、何が……。さっきから聞こえてくる女の子の声が原因……?

『認識阻害解除(アナヴィジーブ)』

 そんな呪文を唱える声が聞こえてきて、私の前に女の子の姿が現れた。
 黒い髪をした鋭い目つきの、髪の長い女の子。だけど、その顔にはリリーシィちゃんやポムチョム小学校の子たちみたいな幼さはなくて、むしろ齢をいくつも重ねたお婆さんのような老成した雰囲気を纏っている。

 服装も普通の女の子が着るようなドレスじゃなく、騎士みたいに鎧を着けていた。

 私は女の子に話しかける。
 天輝さんには逃げろって言われたけど、天輝さんの無事を確認しない限り、この場所から逃げるわけにはいかない。

「あのっ、天輝さんに何をしたんですか! いきなり声が聞こえなくなったんですけど! あなたが何かしたんですか!?」

 一生懸命抗議するけど、女の子は私の話など聞いてないように呟く。

「なるほど、さっきので精神を消し飛ばしたと思ったが、二つの精神を持っているのか。本当に謎めいた力だ」

 消し飛ばした?
 どういうこと……!? それって天輝さんをってこと……!?

 いや、落ち着かないと。
 天輝さんがいない今、私がしっかりしないと……。

「あ、あの、それって戻せるんですか! 私の大切な半身で友達で家族なんです! も、もどしてくれませんか!」

 とにかく、天輝さんに何かをした目の前の相手に、交渉するしかなかった。
 もし……手遅れだったら……ううん、無事だって信じるしかない。

「もし、私に何か要求があるなら、何でもしますから!」
「わしの要求は単純じゃ。その人の身には過ぎたる力、封させてもらう」

 女の子が剣を抜き私に突きつけた。
 私は防御するために、剣を横に構える。

 でも、その剣は攻撃をする前に、私の胸の前で止まった。

 そして少女が呪文を唱えるのが聞こえた。

『精神崩壊(マインドブラスト)』

 なにあrし?ぉ

































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