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座敷童子

25話:あさこちゃん その3

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「警察も困ったようなんだけど、うちのおばあちゃんがこの地区の民生員をやってたの。最終的にそういった信用があって、あさこちゃんを預かることに決まって」

 当時のことを思い返しながら、栄子が言う。

「あさこちゃん? その子喋ったんですか?」

 つかさが尋ねる。

「ぜんぜんっ」

 栄子は首を振る。

「だけど10日くらい経った頃かしら、美園と勇治がその子と一緒に公園に行ったのよ。そこで砂場に名前を書いて教えてもらったらしいわ」

 そのあたりのことはあまり記憶に残ってない美園だが、勇治が頷く。

「そうだった。確かローマ字かなんかで書いてくれたんだ。こいつはガキで英語が読めなかったから俺が代わりに」

 美園をガキ呼ばわりした勇治が自慢げに言う。

「あなたの名前あさこちゃん? って聞いても特に反応は示さないんだけど、違うとも言わなかったから名前がないよりあった方がいいし、あたしたちは<あさこちゃん>って呼んでたの」

 栄子が言う。

「へぇ。で、結局どうなったんですその子?」

 興味深そうにつかさが結末を聞いてきた。

「それがね、1カ月半くらい経った頃かしら、警察から連絡をもらって家族が見つかったって。それからすぐにあさこちゃんのおばあさんが迎えに来たらしいの」
「へぇ」
「あたしたちは直接おばあさんには会ってなくて、あさこちゃんは連れていかれた警察署で家族と対面したのよ。相手のご家族はうちに挨拶に来たいって言ってたらしいんだけど、うちが断ったのよ」
「どうして」
「なんかね、寂しくなっちゃって。例え1カ月半でもあたしたちの中に絆みたいなものができてたから」

 栄子が当時を懐かしむように口を開く。

「大変だったのよ、美園が泣きわめいて。離れたくない、大事な友達だから離れたくないって。なんだかそれを聞いてると私たちまで泣けてきて」

 栄子は寂しそうに笑う。

「あの子、元気かな」 

 美園もぼつりと呟く。

「でもおかしくないですか。なんで1カ月半も子供が家にいないことに気付かなかったんです?」

 つかさが当然の疑問を挟む。

「当時あさこちゃんはお母さんと暮らしてたんだけど、夏休みの間だけおばあちゃんの家で暮らす予定だったらしいわ。だからお母さんの方はそっちにいると思ってたみたいで。だけど学校が始まる時期になってもおばあちゃんの家からあさこちゃんが帰ってこなくて、その時になって初めて行方不明だってことに気付いたらしいわ」

「で、ばあさんの方も同じで、あの子が母親の家で暮らしてるんだと思ってたって、確かそんな話だったよな」

 元樹もその当時のことを振り返りつつ、首を傾げる。

「ただ、変なんだよな。例えそうだとしても、母親の方が1カ月半もばあさん家に電話かけないなんて変だろ。普通気になると思うけどな、娘が元気に暮らしてるかってこと」

 美園をはじめ、世良田一家は女の子がいつもさみしそうな顔をしていたことを思い出し、表情を曇らせた。

「ろくな親じゃなかったのかもな」

 勇治がぼそりと言う。

「ほんと、子供がいなことに気付かないなんて、母親失格よね」

 栄子の沈んだ声を聞いて、スマホに夢中になっていた誠は心配そうに顔を上げた。

「ただね、ひとつだけ救いがあったのよ」

 思い出したように、栄子が明るい表情を見せる。

「何です?」

 つかさが興味を示す。

「あの子、私たちの前で一度も喋ることがなかったんだけど、最後の日、もうお別れの日になって初めて笑顔を見せてこう言ったの<また帰ってくる>って」
「言ってたねぇ。にこにこ笑ってた。かわいい子だった」

 勇治が言うと別の意味に聞こえてしまうから怖い。

「それからその子には会えたんですか?」

 と、つかさ。

「いいえ、一度も。でもどこかで元気で暮らしてるわよ」

 そうあってほしいと願いを込めて栄子が言う。
 つかさはボイスレコーダに録音をしつつ、今聞いた話を部分的にメモにまとめ始めていた。
 そして、ふと思いついたように勇治に視線を移す。

「ところでお兄さんはどこにいたんです? あさこちゃんって子と会った日、先に帰ったんでしょ」
「いや、あの日は……」

 もごもごし始めた勇治をよそに、お茶をズズズと啜ったタキが答える。

「化け物を見たとか言って、おしっこを漏らして泣きながら帰ってきおった。その日は1日中布団に潜り込んで震えておったのぉ」

 俯く勇治。
 その場に、何とも言えない微妙な空気が流れたことは言うまでもない。
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