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綴じた本・1

3:肖像画

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「椿風雅さん、正直に答えてください。三宅紗里さんはどこにいるんですか?」

 私がそう言った途端、男の瞳から一瞬にして光が消えた。妙に黒光りする2つの瞳が、私の顔を覗き見てくる。

「……何のことだ?」
「三宅紗里さんはご存じでしょう? あなたの中学時代の同級生です」
「ここは小さな町だ。良くも悪くも彼女は注目の的。ここら一帯で彼女の名前を知らない人はいない」
「この本にも彼女の名前が出てきます。時々遊びに来てるそうじゃないですか。今日もこちらに?」
「いや、紗里はここにはいない。というより、ここ最近は会っていないさ。その本を読んだのなら分かっていると思うが、あいつは心の浮き沈みで体調が悪くなるんだ」

 私は椿が真実を言っているのか見極めようと相手の表情をしげしげと観察する。すると椿はそれを避けるかのように、再びカーペットに目線を落とした。

「紗里さんに最後に会ったのはいつです?」
「……半年以上前だ。自著の出版準備に明け暮れていたんで、時々家の方に様子を尋ねに行っていたが、いつも母親が対応するばかりで」

 椿はそう言った後、ふいに顔を上げて私に尋ねて来た。

「ちょっと待て。紗里を探してるって言ったな……紗里はいなくなったのか?」

 私は男の態度に戸惑いを覚えたが、正直に答えた。

「……ええ」 
「それで紗里の兄が俺のところにいるから連れ戻してこいと、探偵のあんたに依頼したんだな」
「まぁそんなところです」
「はッ、仮にここに紗里がいたとして、あの男の元に返すわけがないだろう。あんな卑劣な男、紗里の兄じゃなかったらぶっ殺していたところだよ」

 私は男の口から三宅義孝に関する情報が出たことで、さらに話を詰める。

「あなたは紗里さんのお兄さんと仲が悪いんですか?」
「もう何十年も会っていない。紗里が行方不明になった当時、犯人だろうと疑われて随分嫌な思いをしたんだ。交流はそれ以来ないさ。なんで今更あの男の名前が出てくるんだ」

 吐き捨てるような口調で話す椿の様子からは、嘘をついているようには思えない。
 私は若干の混乱を覚えながらも、立ち上がって壁の絵の前に立つ。

「この絵はあなたが高校生の頃に書いたものですよね。本によると賞も受賞したとか」
「ああ」
「紗里さんですね。可愛らしい方だ」
「…………」

 椿は顔を上げようともしない。
 私は気にせず話し続ける。

「三宅さんが言うには、紗里さんが行方不明になって2年後、たまたまこの絵を展示会で見たんだそうです。その時に彼は確信した、紗里さんを監禁しているのは椿風雅さんだと」
「…………」
「なぜだと思います?」
「……さぁ、頭のおかしい奴の考えている事なんて分からないね」

 固く心を閉ざしたままの椿の態度に苦戦しながらも、私は一つひとつ丁寧に説明を加えていく。

「絵の中の紗里さんが大人びていたからですよ。紗里さんが行方不明になった当時から、表情も大人っぽくなり、髪も伸びていた。椿さんは成長した紗里を知っている、そう思ったんだそうです」
「ばかばかしい」

 椿の言葉に私も同意した。

「ええ。正直私も似たような感想です。写真ならともかく、絵なんてものは自分の想像でいろいろ手を加えられるもの。成長した紗里さんを見たことがなくても、想像で描くことなんて簡単です」

 表情が大人びている、ということについても、中学生の描いた絵にそこまでの画力を求めるのは無理難題だろう。

 椿の父親が画家だということで確かに絵のレベルはプロに近いものがあるが、彼の描いた人物像は写真のようにそっくりなものではない。

「正直言って三宅さんから依頼を受けた時、望むような結果にはならないだろうと思っていました。ですが、椿さんが書いたこの著書を読んで考えが変わったんです。もしかしたら本当にこの人が紗里さんを捕らえているのかもしれないと」
「どういう意味だ」

 椿の問いに、私も問いで返した。

「逆にこっちが聞きたいくらいです。椿さん、あなたなんでこんな告白本を書いたんですか?」
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