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記録その3
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―――放課後。
一般の生徒のほとんどが帰宅し、部活の練習をしていた生徒もほぼいない状況となった学院。
もうすぐ夕日も落ちて夜になる寸前の時間帯。
とある不審者が周囲を見回しながら学院に近づいていく。
頭の先から足までボロボロの布で覆い隠したその姿は、昨日琴美の住むマンションに現れた不審者だった。
学院周辺は住宅街から少し離れた森林地帯を切り開いて作られている。
なので正面の門からではなく左右に広がる森から入れば見つかることなく不法侵入できる。
不審者は住宅街から離れた森林地帯から学院に向かって進んでいく。
まるで犬のように匂いをかぎ分けながら目的の人物の所へ歩いていく。
「覚えただろう……覚えただろう……あの感触を……」
気味が悪い雑音のような声を出しながら不審者は暗くなっていく森の中を進む。
やがて、目的地となる学院に着く。
校舎はほぼ明かりがついていない。
校庭ももう誰もいない。
それでも不審者は辺りを警戒しつつ校庭を突き進む。
建物の近くまで来ると再び匂いを嗅いでいく。
「この匂い……この匂いだ……昨日の女の匂い……」
建物の中から見られないよう、中腰の体勢になって壁沿いに歩いていくと、特に匂いが強い部屋を見つける。
そこは、琴美が寝ている保険室の窓。
当然中からは鍵が掛かっている。
「ここ……だな……」
目的地に辿り着くと、彼はゆっくりと中腰の姿勢から直立の姿勢に移行していく。
まるでホラー映画で外から中を覗く化け物のように、窓の下側から不審者の顔が上がってくる。
「いた……」
目隠し用のカーテンも、窓側までは隠していないようだったため、ベッドで未だ横になる琴美の姿は丸見えだった。
何も身体に掛けず、制服姿のまま眠っている。
不審者は窓に手を近づけた。
青く爛れ、まるでクラゲのような表皮に覆われた腕。
その指先を全てくっ付けると、指同士が完全に融合した。
さらにそれは薄くなり、アメーバのように意思を持って窓の隙間へ潜り込んでいく。
ゆっくりと、確実に鍵へ延びて到達すると、今度は慎重に動かす。
僅かに鍵が擦れる金属音がなるが、琴美は反応しない。
布を被った彼の顔はよく見えないが、明らかに琴美を見つめていた。
一分以上掛けて慎重に解錠すると、またもゆったりとした動きで窓を開けていく。
外からの涼しい風が部屋に向かって吹いていく。
カーテンが揺れ動き、室温が若干下がるが急激な温度変化ではないため、寝ている者が起きる程ではない。
不審者は片足を上げて中へ入る。
その足も腕同様、爛れた物だった。
空き巣のように慎重に侵入した彼は、金品ではなく女子生徒に狙いを定めていた。
ベッドに近づき、琴美の顔を覗き込む。
彼女はまだ眠っていた。
不審者の口元が緩むと、「フゥーッ」という息遣いが聞こえてくる。
そして、両手を伸ばすとその不気味な両腕で琴美の太ももに静かに触れた。
撫で舞わしながら程よく鍛えられた弾力のある感触を楽しむ。
「また……仕込めば……もう……お前は……」
琴美の太ももの感触をそのままに、ゆっくりと開かせる。
すると、不審者の顔の部分を覆っていた布の中から野太い触手が伸びてきた。
それは彼の舌だった。
人間のものより長く太く、粘液まみれのうす汚いもの。
その先端を眠っている彼女の股に近づけていく。
同時に顔を近づけながら匂いも嗅いでいく。
若く女子特有のそれに興奮を隠せず一瞬震えた。
舌の先端を太ももの内側へあてがい、味を確かめるように舐めていく。
「んっ……」
気持ち悪い感触に、琴美は眠りながらも反応するが起きない。
そうしている間にも舌の先端が彼女の大事な場所へと向かっていった。
平行してさらに二本の腕が布の下から伸びてくると、静かに力強く琴美の両腕を押さえ付けた。
「これで……もう……」
「もう……なんだ?」
勝利を確信した不審者は突如出入り口からの声に驚いた。
直後に声の主は強烈なパンチを叩き込む。
「ブゲェッ!?」
顔を殴られた不審者の身体は投げられた人形のように窓を突き破って外へ叩き出された。
「えっ!? えっ!?」
窓ガラスが割れた音に当然琴美は飛び起きた。
目の前には鬼教官である酒匂先生。
その視線の先には割れた窓。
状況が理解できなかった。
「あ、あの、先生?」
「やはりな」
「え? な、なにが、ですか?」
「愛園、お前、前日妖魔に身体をまさぐられただろう?」
「!?!?!?」
「しかもその影響で発情してたな」
「あ……ぁ……」
恥ずかしい夢かと思っていた記憶。
それが先生からの言葉で現実の物だという衝撃と、興奮していたのがバレていたという二重の精神的なショックが襲いかかってきた。
「あ、えと、それは、その……」
「話は後だ、まずあのゴミを片付ける」
割れたガラスが残る窓枠を気にも止めずに乗り越える酒匂先生。
今度はホラー映画の被害者の立場となった不審者は先の一撃から恐怖に襲われていた。
妖魔の仲間内では決して強くないとは言え、人間相手ならそうそう負けない身体だった。
以前餌として人間の男を襲った際、鉄パイプからの攻撃による衝撃も吸収し、びくともしなかった。
だが、あの教師の一撃はそれを遥かに凌駕する。
否、なにか霊的に練り上げた物を拳に乗せて来ている。
殴られた顔の部分が硫酸でも掛けられたように溶け掛かっていた。
これは退魔士の霊力によって妖魔の身体が浄化されたことを示す。
「お前のようなゲスが来ることは読んでいたが、まったく……お陰で定時に帰れないだろうが糞が」
先生の目も口も一切笑っていない。普段から厳しい人ではあるが、ここまで怒りを露にしているのは初めて見る。
琴美はただ呆然と眺めることしか出来なかった。
酒匂先生は素早く不審者に近寄ると、先ほどと同じように顔面に渾身のストレートを打ち込んだ。
「グギャァッ!!」
悲鳴とともにボロ雑巾のように吹っ飛ばされる不審者。
最早どっちが被害者か分からない。
吹っ飛んで転がったことで顔を隠していた布が捲れた。
「ふん、ゲスらしい顔だな」
露になった敵の顔を見て先生が鼻で笑う。
その顔は頭蓋骨が見える程半透明で爛れた皮膚に覆われている物だった。
しかも首から下の骨は所々なく、その身体は骨ではなく半粘液状の物で構成され支えられているようだった。
恐らく粘液状、俗にいうスライム状の妖魔が他者の身体を吸収した際、弱い部部をその骨で補強する形で使用しているものだ。
本来であれば吸収した獲物の記憶や経験などを引き継ぐのだが、この妖魔は如実にその力を発揮出来ないようだ。
おそらく捕食して補強するだけで手一杯となるほど能力に余裕がないのであろう。
それでも身体が頑丈なため本能だけで動いているのだろう。
だが、酒匂先生は一つ疑問に思った。
「さて、貴様には色々と聞きたいことがある、ウチの生徒には家や自室に結界を張るよう言ってあるのだが、お前はどうやって突破した?」
「グググ、言うわけ……ないだろう……」
まだなにか能力を隠し持っているのだろうか?
それでも戦闘力は問題ではないことは先の攻撃で分かっている。
問題なのはこいつが何の能力を持って生徒の部屋の結界を突破したかだ。
寝込みを襲う以上雑魚には違いないが、中級等の妖魔だった場合は以外と侮れない能力を持つ者もいる。
もしその能力を他の妖魔に伝播させていたら―――
面倒なことになることは分かりきっていた。
ならサービス残業覚悟でこの敵を拷問して聞き出すしかない。
そう結論に達した。
「さて、殴られるのと霊力に焼かれるの、どちらが良い?」
「選べるか……この……年増!!」
顔を腫れ上がらせた不審者が吠えた。
そしてその瞬間、後方で見ていた琴美は背筋が凍った。
一瞬にして空気が変わったのだ。
まるで冷気が充満し、肌を刺すような感覚に襲われる。
敵は保険室からはもう大分距離が離れたため、琴美はその言葉が聞き取れなかったが、何か禁句を言ったのは確かだった。
先生の背中からオーラが出ている。
怒りで霊力が溢れだしていた。
そして、その禁句は何か想像がつくが口にはしない。
したら命はない。
そんなことなど知らずに敵は這いつくばりながら逃げる。
「大体……匂いが……キツい……さらに……誤魔化して……もっと……キツい」
先生から漂う匂い。
それは香料の類いだった。
年頃の男子からすれば大人の女性の匂いとして刺激が強いものだが、人工物の匂いを嫌うこの妖魔にとっては激臭だった。
その感想を口にするのは最早自殺行為。
先生の右の拳が青白い光に包まれていく。
「ヒッ」
妖魔は後方からの光に振り返ると、目を見開き鬼以上に鬼の表情の女教師が殺意を溢れだしながら早歩きで向かってくる。
海外のホラー映画で凶器を持って向かってくる殺人鬼の方がまだ優しい雰囲気だった。
「ちょ、ちょっと待ってください!!先生!?」
琴美は慌てて止めに走るも既に遅く、先生の渾身の一撃が振り下ろされた。
「グギャァアアッッ!!!」
断末魔を上げながら吹き飛ぶ妖魔。
トマトを上から叩きつけたように、その液状の身体が校庭の芝に飛び散った。
琴美が駆け寄ると、先生は地面に拳を着けたまま息が荒かった。
「あ、あの、先生……」
「糞が……」
敵を滅したというのに気が晴れていない。
数秒後、ゆっくりと立ち上がり大きく息を吐いた。
今は冬ではないというのに、先生の吐いた息が高温のため一瞬白くなる。
琴美はどうやって話しかけたら良いか分からず固まってしまう。
そんな中、先に酒匂先生の方から振り返り話しかけてきた。
「愛園、運動部のシャワー室を使って身体を洗え」
「え、あ、その、平気、ですけど」
「このゴミ妖魔の体液はなにか毒素があるかもしれん、お前足を舐められたんだぞ」
「えぇ!? うわ、そう言えば何かネトネトしたのが太ももに付いてました」
「私も一緒に行く、警備員に会ったら私から説明する」
「妖魔を退治したから、とか」
「言えるか馬鹿!! 警備員は一般人だ!!」
「ご、ごめんなさい!?」
「ほら、行くぞ!!」
「は、はい!!」
二人はこの後、暗くなった校内を進んでシャワー室を使い身体を清めた。
途中心配されていた警備員との遭遇もなかった。
ただ一つ、琴美と酒匂は気がついていなかった。
妖力がなくなった後も、校庭の中で蠢く粘液の存在を―――
一般の生徒のほとんどが帰宅し、部活の練習をしていた生徒もほぼいない状況となった学院。
もうすぐ夕日も落ちて夜になる寸前の時間帯。
とある不審者が周囲を見回しながら学院に近づいていく。
頭の先から足までボロボロの布で覆い隠したその姿は、昨日琴美の住むマンションに現れた不審者だった。
学院周辺は住宅街から少し離れた森林地帯を切り開いて作られている。
なので正面の門からではなく左右に広がる森から入れば見つかることなく不法侵入できる。
不審者は住宅街から離れた森林地帯から学院に向かって進んでいく。
まるで犬のように匂いをかぎ分けながら目的の人物の所へ歩いていく。
「覚えただろう……覚えただろう……あの感触を……」
気味が悪い雑音のような声を出しながら不審者は暗くなっていく森の中を進む。
やがて、目的地となる学院に着く。
校舎はほぼ明かりがついていない。
校庭ももう誰もいない。
それでも不審者は辺りを警戒しつつ校庭を突き進む。
建物の近くまで来ると再び匂いを嗅いでいく。
「この匂い……この匂いだ……昨日の女の匂い……」
建物の中から見られないよう、中腰の体勢になって壁沿いに歩いていくと、特に匂いが強い部屋を見つける。
そこは、琴美が寝ている保険室の窓。
当然中からは鍵が掛かっている。
「ここ……だな……」
目的地に辿り着くと、彼はゆっくりと中腰の姿勢から直立の姿勢に移行していく。
まるでホラー映画で外から中を覗く化け物のように、窓の下側から不審者の顔が上がってくる。
「いた……」
目隠し用のカーテンも、窓側までは隠していないようだったため、ベッドで未だ横になる琴美の姿は丸見えだった。
何も身体に掛けず、制服姿のまま眠っている。
不審者は窓に手を近づけた。
青く爛れ、まるでクラゲのような表皮に覆われた腕。
その指先を全てくっ付けると、指同士が完全に融合した。
さらにそれは薄くなり、アメーバのように意思を持って窓の隙間へ潜り込んでいく。
ゆっくりと、確実に鍵へ延びて到達すると、今度は慎重に動かす。
僅かに鍵が擦れる金属音がなるが、琴美は反応しない。
布を被った彼の顔はよく見えないが、明らかに琴美を見つめていた。
一分以上掛けて慎重に解錠すると、またもゆったりとした動きで窓を開けていく。
外からの涼しい風が部屋に向かって吹いていく。
カーテンが揺れ動き、室温が若干下がるが急激な温度変化ではないため、寝ている者が起きる程ではない。
不審者は片足を上げて中へ入る。
その足も腕同様、爛れた物だった。
空き巣のように慎重に侵入した彼は、金品ではなく女子生徒に狙いを定めていた。
ベッドに近づき、琴美の顔を覗き込む。
彼女はまだ眠っていた。
不審者の口元が緩むと、「フゥーッ」という息遣いが聞こえてくる。
そして、両手を伸ばすとその不気味な両腕で琴美の太ももに静かに触れた。
撫で舞わしながら程よく鍛えられた弾力のある感触を楽しむ。
「また……仕込めば……もう……お前は……」
琴美の太ももの感触をそのままに、ゆっくりと開かせる。
すると、不審者の顔の部分を覆っていた布の中から野太い触手が伸びてきた。
それは彼の舌だった。
人間のものより長く太く、粘液まみれのうす汚いもの。
その先端を眠っている彼女の股に近づけていく。
同時に顔を近づけながら匂いも嗅いでいく。
若く女子特有のそれに興奮を隠せず一瞬震えた。
舌の先端を太ももの内側へあてがい、味を確かめるように舐めていく。
「んっ……」
気持ち悪い感触に、琴美は眠りながらも反応するが起きない。
そうしている間にも舌の先端が彼女の大事な場所へと向かっていった。
平行してさらに二本の腕が布の下から伸びてくると、静かに力強く琴美の両腕を押さえ付けた。
「これで……もう……」
「もう……なんだ?」
勝利を確信した不審者は突如出入り口からの声に驚いた。
直後に声の主は強烈なパンチを叩き込む。
「ブゲェッ!?」
顔を殴られた不審者の身体は投げられた人形のように窓を突き破って外へ叩き出された。
「えっ!? えっ!?」
窓ガラスが割れた音に当然琴美は飛び起きた。
目の前には鬼教官である酒匂先生。
その視線の先には割れた窓。
状況が理解できなかった。
「あ、あの、先生?」
「やはりな」
「え? な、なにが、ですか?」
「愛園、お前、前日妖魔に身体をまさぐられただろう?」
「!?!?!?」
「しかもその影響で発情してたな」
「あ……ぁ……」
恥ずかしい夢かと思っていた記憶。
それが先生からの言葉で現実の物だという衝撃と、興奮していたのがバレていたという二重の精神的なショックが襲いかかってきた。
「あ、えと、それは、その……」
「話は後だ、まずあのゴミを片付ける」
割れたガラスが残る窓枠を気にも止めずに乗り越える酒匂先生。
今度はホラー映画の被害者の立場となった不審者は先の一撃から恐怖に襲われていた。
妖魔の仲間内では決して強くないとは言え、人間相手ならそうそう負けない身体だった。
以前餌として人間の男を襲った際、鉄パイプからの攻撃による衝撃も吸収し、びくともしなかった。
だが、あの教師の一撃はそれを遥かに凌駕する。
否、なにか霊的に練り上げた物を拳に乗せて来ている。
殴られた顔の部分が硫酸でも掛けられたように溶け掛かっていた。
これは退魔士の霊力によって妖魔の身体が浄化されたことを示す。
「お前のようなゲスが来ることは読んでいたが、まったく……お陰で定時に帰れないだろうが糞が」
先生の目も口も一切笑っていない。普段から厳しい人ではあるが、ここまで怒りを露にしているのは初めて見る。
琴美はただ呆然と眺めることしか出来なかった。
酒匂先生は素早く不審者に近寄ると、先ほどと同じように顔面に渾身のストレートを打ち込んだ。
「グギャァッ!!」
悲鳴とともにボロ雑巾のように吹っ飛ばされる不審者。
最早どっちが被害者か分からない。
吹っ飛んで転がったことで顔を隠していた布が捲れた。
「ふん、ゲスらしい顔だな」
露になった敵の顔を見て先生が鼻で笑う。
その顔は頭蓋骨が見える程半透明で爛れた皮膚に覆われている物だった。
しかも首から下の骨は所々なく、その身体は骨ではなく半粘液状の物で構成され支えられているようだった。
恐らく粘液状、俗にいうスライム状の妖魔が他者の身体を吸収した際、弱い部部をその骨で補強する形で使用しているものだ。
本来であれば吸収した獲物の記憶や経験などを引き継ぐのだが、この妖魔は如実にその力を発揮出来ないようだ。
おそらく捕食して補強するだけで手一杯となるほど能力に余裕がないのであろう。
それでも身体が頑丈なため本能だけで動いているのだろう。
だが、酒匂先生は一つ疑問に思った。
「さて、貴様には色々と聞きたいことがある、ウチの生徒には家や自室に結界を張るよう言ってあるのだが、お前はどうやって突破した?」
「グググ、言うわけ……ないだろう……」
まだなにか能力を隠し持っているのだろうか?
それでも戦闘力は問題ではないことは先の攻撃で分かっている。
問題なのはこいつが何の能力を持って生徒の部屋の結界を突破したかだ。
寝込みを襲う以上雑魚には違いないが、中級等の妖魔だった場合は以外と侮れない能力を持つ者もいる。
もしその能力を他の妖魔に伝播させていたら―――
面倒なことになることは分かりきっていた。
ならサービス残業覚悟でこの敵を拷問して聞き出すしかない。
そう結論に達した。
「さて、殴られるのと霊力に焼かれるの、どちらが良い?」
「選べるか……この……年増!!」
顔を腫れ上がらせた不審者が吠えた。
そしてその瞬間、後方で見ていた琴美は背筋が凍った。
一瞬にして空気が変わったのだ。
まるで冷気が充満し、肌を刺すような感覚に襲われる。
敵は保険室からはもう大分距離が離れたため、琴美はその言葉が聞き取れなかったが、何か禁句を言ったのは確かだった。
先生の背中からオーラが出ている。
怒りで霊力が溢れだしていた。
そして、その禁句は何か想像がつくが口にはしない。
したら命はない。
そんなことなど知らずに敵は這いつくばりながら逃げる。
「大体……匂いが……キツい……さらに……誤魔化して……もっと……キツい」
先生から漂う匂い。
それは香料の類いだった。
年頃の男子からすれば大人の女性の匂いとして刺激が強いものだが、人工物の匂いを嫌うこの妖魔にとっては激臭だった。
その感想を口にするのは最早自殺行為。
先生の右の拳が青白い光に包まれていく。
「ヒッ」
妖魔は後方からの光に振り返ると、目を見開き鬼以上に鬼の表情の女教師が殺意を溢れだしながら早歩きで向かってくる。
海外のホラー映画で凶器を持って向かってくる殺人鬼の方がまだ優しい雰囲気だった。
「ちょ、ちょっと待ってください!!先生!?」
琴美は慌てて止めに走るも既に遅く、先生の渾身の一撃が振り下ろされた。
「グギャァアアッッ!!!」
断末魔を上げながら吹き飛ぶ妖魔。
トマトを上から叩きつけたように、その液状の身体が校庭の芝に飛び散った。
琴美が駆け寄ると、先生は地面に拳を着けたまま息が荒かった。
「あ、あの、先生……」
「糞が……」
敵を滅したというのに気が晴れていない。
数秒後、ゆっくりと立ち上がり大きく息を吐いた。
今は冬ではないというのに、先生の吐いた息が高温のため一瞬白くなる。
琴美はどうやって話しかけたら良いか分からず固まってしまう。
そんな中、先に酒匂先生の方から振り返り話しかけてきた。
「愛園、運動部のシャワー室を使って身体を洗え」
「え、あ、その、平気、ですけど」
「このゴミ妖魔の体液はなにか毒素があるかもしれん、お前足を舐められたんだぞ」
「えぇ!? うわ、そう言えば何かネトネトしたのが太ももに付いてました」
「私も一緒に行く、警備員に会ったら私から説明する」
「妖魔を退治したから、とか」
「言えるか馬鹿!! 警備員は一般人だ!!」
「ご、ごめんなさい!?」
「ほら、行くぞ!!」
「は、はい!!」
二人はこの後、暗くなった校内を進んでシャワー室を使い身体を清めた。
途中心配されていた警備員との遭遇もなかった。
ただ一つ、琴美と酒匂は気がついていなかった。
妖力がなくなった後も、校庭の中で蠢く粘液の存在を―――
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