トワイライトコーヒー

かぷか

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三部 

三十九夜

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 夜に人目につかないよう大きな屋敷に着いた。ここは楝が高校時代お世話になった伯父の家。高校時代といっても殆ど学校へは行かなかった楝はこの伯父の仕事をずっと見てきていた。その間に教えてもらった事はこの世のどの経験より得難い時間だった。この人がいなかったら今の自分はおらず一番尊敬している人だった。

 まだ親戚が集まりかける前、電話をかけると一人の男性が門の外に迎えにきた。楝は丁寧に頭を下げた。

「楝君、久しぶりですね」

「すみません、俺なんかが来て」

「遠慮せんで入ってきて下さいよ。親父も俺達も待ってましたから」

 悲しげに笑い楝を家に入れたのはここの次男のあおい。自分がここに足を踏み入れたのは出ていって以来。二度と通ってはいけない門だと思っていたが踏み入れてしまった。

「急だったんで慌ただしくて、おかんは弁護士やら会社の人達と話してます。志乃もおかんと一緒におるんで俺が案内しますね」

「ありがとう。碧君に会うの久しぶりで初めわからんかった」

「俺も楝君かな?で見つけました。親父ですけど仕事中に倒れて数時間のうちに逝ってしまいました。駆けつけて間に合ったんはおかんと俺だけで、っていっても意識は無かったんで話せなかったですけど。志乃は離れた場所おって間に合わんくて…楓も学校の寮から来たけど間に合わんくて」

「そうなんや…」

「そない苦しまんといったんと、おかんと俺だけでも看取れて良かったです。楝君も呼ぼうって話してる間にいってしまって…けど、こうやって来てくれて喜んでる思います」

「…だとええけど。一番の親不幸者やから」

「そう言わんと。まだ、続けてるんですか?」

「そうやね…ホンマは堅気になってないからこの門くぐるつもり無かったんやけど…手だけ合わせたら帰るから」

「…少し親父と話してって下さい」

 そう言い、襖を開けると一人の女性が棺の近くにいた。

「楓、楝君来た」

 軽く頭を下げると場所を退いて部屋から出ていった。

「全然変わったでしょ?」

「大きなったな」
 
「今、大学生やね。親父、久しぶりに楝君来たよ」

 声をかけ横にずれた。楝は手を合わせると顔を見た。目を閉じて白い顔の伯父は最後に会った時より歳をとって見えた。

「すみません。生きてるうちに会いに来れんくて。堅気になる報告もできずホンマは会わせる顔なんてないんですけど来てしまいました…お世話になったなんて言葉では表せないです。どうしようもない俺を拾ってくれたのに裏切ってヤクザになってしまいました」

 拳を強く握り締めた。

 楝はヤクザになった報告を伯父にした時を今でも鮮明に覚えている。必死に楝を引き止めようとしてくれたがもう入ってしまったと報告した時の伯父の涙は今も心に突き刺さったままだった。それは楝にとって最善だと考えぬいた事だった。斎藤兄弟が迎えに来たのは楝の兄弟を脅すと脅迫されていたからだった。18の自分にはそれに抗う術はなくヤクザがこの家を蝕む前に自ら出なければと思っていたのだ。

自分一人のせいで仲の良い幸せな家庭を壊すのが耐えられなかった。そして自分に流れるヤクザの血で周りを汚してはならないと。勿論伯父も脅されたのだと思ったが楝は頑なに自らなったと言い張った。そんな楝を見てそれでも伯父さんは困った事ができてらいつでも来るようにと泣きながら心配したのだった。この理由は伯父にすら明かされておらずこのことは最後まで墓場に持っていくと決めた事だった。

「すみません…っ…心配と迷惑ばかりかけてしまいました。何の恩も返せんと…ホンマに、ごめんなさい…」

 ポタポタと涙を溢す楝。

 碧は席を外した。部屋から出ると丁度向かいから長男の志乃が歩いてきた。碧も向かうと楝の方へ行かないよう離れた場所で立ち話をした。

「志乃…今、楝君来ててちょっと席外した。一人にさせたほうがええ思て」

「そうか…来てくれたんやな」

「うん、今もヤクザしてるらしい」

「そっか、親父も一番心配してたからな。それに楝君も俺らと関わらんようにしてたから来てくれただけでも良かった」

「おかんは?」

「弁護士とずっと話してる。今から人がめっちゃ来る。通夜も葬儀もでるて?」

「手合わせたら帰る言うてたわ」

「最後までおって欲しいけどな…一応聞いてみるわ。けど俺らとおって誰やて噂されんの嫌やな」

「うん、居心地悪いようにだけしたないから、目立たんようにすべきか…けど俺ら的には一緒におって欲しいけど…」

「おかんに聞いてみるわ。遺言もあるらしいから」

「そうなんや、ほんなら泊まってくれるよう話してみるな」

 立ち話をしていたら楝が部屋から出てきた。二人は楝に話しかけ泊まるよう言ったが楝は断った。初めは通夜と葬儀も出るつもりは無いといったが最後になるからと伯父の妻、恵美が説得した。楝は出るなら家族側ではなく一般でならと答え端で参列することにした。そんな楝にならばせめてお骨を拾うのは来て欲しいと頼んだのだった。何年経っても自分を家族と同等の扱いをしてくれるこの家は伯父の精神を受け継いでいると思った。

「楝君、また家に来てよ」

 首を振る楝。
 一線は超えてはならない。

「俺を今も家族や思ってくれてありがとうございます。ここの家の人には感謝しかないです。どうかお体大事にしてください」

 楝はそう言うとこの家を後にした。後日、弁護士を通して自分にも遺産があることを知ったが辞退すると返事を返したのだった。
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