トワイライトコーヒー

かぷか

文字の大きさ
上 下
77 / 83
三部 

トワイライト 05 

しおりを挟む
 
「楝さん、今日シオン君の所に急にお泊まりになったので一人になりますがいいですか?」

 全て終わり日常が始まった時だった。珍しく美日下が泊まりに行くと言った。美日下と暮らして夜一人になるのは初めて。

「ええけど気をつけてな。送ろか?」

「大丈夫です、バイトの帰りでそのまま泊まります。楝さんこそ、戸締まりしっかりお願いしますね」

「わかった」

 そう言うと美日下はいつもより荷物を多めに持ってバイトに行った。部屋に一人になった楝。時間をもて余すも少し家事をしたり自炊をしてごくごく普通の生活をした。夜、お風呂に一人で入ると今までの自分をなんとなく思い出して振り返った。

 自分の視界にはいつも当たり前にある刺青が今日はやけに気になりゆっくりさするように触った。

 彫り師を思いだしていた。

『自分のしたことは自分で終わらせ』

その言葉は今も自分の糧となっている。





「楝、ヤクザなら刺青入れてこい」

「今うちの舎弟らが入れてるからどんなんか見てきたら?今来てんの5代目やったか?うちのお抱えやしあの人上手いからやってもらったらええ」

 春雅と成清に言われ和室に向かうと寝転ぶ組員の背中に彫り師が墨を入れていた。もう一人は次の順番待ちなのかその作業を見ていた。

「なんや」

「春雅さんと成清さんが入れてこいって」

「へー何入れるんや」

「……。」

「決まってないんか、いろいろあるぞ。お前若いから俺が選んだるわ」

「動かんで下さい」

「すんません、、」

「俺の見るか?春雅の兄貴と成清さんの弟らしいやつ選んだる。そこ座れ」

 楝は座敷入り兄貴達の近くで正座をした。

「金もらったんか?」

「日にち決まったら彫り師に渡す言われました」

「ならホンマやな。箔つくで、そんな若いのに背負ったら。いい兄貴持ったな」

「…はい」

「春雅さんが龍と虎やったな、そんで成清さんが鳳凰と蛇か…昇りはしゃしゃってるよな、ガキが入れんのは」

「ははは、いかにもやな」

「笑わないで、ずれます」

「はい」

 彫り師は組員が動くので手の動きが休み休みになった。仕方なく一度手を休めることにした。

「今忙しい、仕事にならんからお店に直接来なさい。兄さんらにそう言って話てきなさい」

「俺の順番変わってもええですよ」

「無理です、ちゃんと準備してきてるんで変えられません。それに自分の早よ終わらせたいんやないんですか。このままやとまた延びますよ」

「まぁ…それは、」

「これ名刺。来週の水曜日、ここに来なさい」

「はい」

 楝は名刺を貰うと後日お店を訪れた。思っていた感じと違い狭い平屋の一軒家だった。

「あの…斎藤です」

「あ、はい。ちょっと待っててください」

 あの時いた40歳ぐらいの中年の男が笑顔で対応した。腕にはしっかり刺青が入っていた。

「師匠、お客さんです。話してた斎藤さんという人です」

「あ…はいよ」

 楝は中へ入るように促され六畳一間の部屋に入ると所狭しと絵や本が置いてあり見たことの無い道具も置かれていた。決して絵が飾ってあるからといって華やかしさはなくどこか殺伐と血生臭い場所でもあった。座って待っていると奥からタバコを吸いながら老人が出てきた。

「ようきたな、斎藤組の人やったな」

「はい」

「下の名前は」

「楝です」

「そうか…何入れたい?」

「決まってないです」

「まだ決まってないんか。今ある絵の中で入れたいのあるか?」

 楝が絵の貼ってある部屋を見渡すもこれだと言うのがなく「ない」と答えた。

「歳いくつや」

「15」

 会話をしながらすずりを棚から取り水を差して墨を擦りはじめた。ずぅ…ずぅ…というその音に弟子が気がつきあわててお茶を出すのを口実に見にきた。

「似てないな…」

「この間、養子で入ったんで血は繋がってないです」

「そうか…元の名前は」

「藤野です」

「藤野か…何が好きや?何でもええから言うてみ」

 楝は天井に目を向けながら考えた。

「動物」

「何の動物が好きや」

「…特にはないです」

「そうか…」

 紙を一枚取るとその辺の重しを文鎮にして筆を馴らし軽く墨を落とすと絵を描いた。すらすらと書き始める。

「兄貴らおると好きなん選ばせてもらえんからな。何かと選べん世界や、せめて一生もんは好きに選びなさい…雌伏雄飛しふくゆうひ言うてな付き従って耐えてたらいつか飛躍するって言葉があるんやけど…今は耐え。ほんで最後は自分の思うように飛ばな意味ない」

「はい」

「こんなんどうや」

「犬」

「獅子や。狛犬と獅子。確かに犬ついてるけど、霊獣、守護獣いわれてる仮想の動物。動物好きならこんなんどうや。気に入らんかったらまた別の描いたるけど」

「じゃあ、それでお願いします」

「ホンマにええのか?他にも書くで」

「ええです。犬好きですから」

「ほんなら、今からスジ直接描いてくから脱げ」
 
 弟子は師匠が準備を始めると慌てて準備をした。

 楝の若い肌は柔らかく成長期途中。自分の技術ではまだまだで師匠に相談すると久しぶりに受けると言った。また、弟子はあの場で兄貴らに好き勝手おもちゃにされるぐらいならと楝の心情も察し店に来させた。刺青を入れる痛さを兄貴らに見られからかわれながらするのも彫り師のプライドが許さなかった。

「思てる100倍痛いから気張ってな」

 楝は気合いを入れ服を脱いだ。悶絶する痛さに冷や汗が出たが耐え抜いた。初めての入れ墨は痛いとしか感じなかった。それでも何度も通い楝は最後まで耐えきった。そしてついに完成した。

「はい、お疲れさん」

「ありがとうございました」

 大きな三面鏡を弟子が用意し鏡に映る自分の背中には絵に描いた狛犬と獅子がいた。肩を揉みながら年配彫り師が言った。

「ふぅ…ちょっと不恰好なんは成長したら綺麗におさまるようにしたからや。ほんで、これは悪いもん追い払う狛犬と獅子。口閉じてるほうが狛犬で開いてるが獅子や。魔除けとして置かれるけどお前を守るんやない。背中にいれたならお前がなれ。お前の大切なもん守り抜いてこそこの背中が栄える。もう一つ、始まりと終わりっちゅう意味もある。お前がしてきたことは自分で終わらせ」

「はい」

「ほんなら、ありがとうございました」

 指を揃え彫り師が丁寧に楝に頭を下げた。大の大人が自分に頭を下げるのに驚き自分も同じように頭を下げ真似をした。

 楝が帰ると後片づけをしていた弟子が手を休め師匠の前まできた。

「師匠、最初から最後まで勉強させて貰いました…唐獅子やのうて阿吽の抜き彫りの狛犬と獅子、理由聞いてええですか?何であの子に…」

「…絵はあの子見て直感で描いた。うち来る客は信念もってる人ばっかやからある程度何入れたいか決まってる。彫り師は言われた通りに彫る、せいぜい簡単な補足しかできん。自分が一人前になればなる程それができんのがわかる。彫り師なって好きなように彫らせて貰えたん初めてや」

「一回もないんですか?」

「金もらっては一回もない。…あの子に信念がないわけやない。今は出せんだけで…15でいれなあかん理由がそこにある。それを思うとそら気合いも入るわな。昔はもっとおったでな、そんな子。懐かしい感覚思い出したわ、彫り師冥利につきるな。最後の最後で彫りの神さん来たわ、長くやるもんやな。お前も好きに彫れるなんて思うなよ。一生に一度あるかないかや」

「はい。…けど師匠、お任せしますって人増えますよ」

「俺はもうせん。目と体がキツイ!」

 そんな楝と彫り師の出会いがあった。この出逢いは楝の中で大きな出会いだった。この言葉があったからこそ自分がここまでこれたといっても過言ではなかった。苦楽を共にした背中。





 お風呂から出て腰にタオルを巻き寝室へ向かった。電気は付けず、カーテンを開け外の灯りと窓の反射で自分の背中を見た。

「大切なんは美日下…一生かけて守る俺の全て…この先も変わらん」

「阿吽は始まりと終わり」

「自分でしたことは自分で終わらせ…」

 見終えるとベットに仰向けに大の字に倒れ白い天井を見た。

 静かだった。

 急にぶわっと感情が溢れて止まらなかった。

「ッ…くッ…」

 堪えても堪えても涙が止まらない。そしてようやく長年言葉にできなかった想いを口に出して言った。

「っ…もう、ヤクザ…せんでええんや…」

 楝は一人拳を強く握りおでこに当て歯を食い縛り泣いていた。自分の生と自由をようやく実感した瞬間だった。

……………

「ただいま。楝さん、遅くなってごめんね」

「ええよ、楽しめたか?」

「うん、ご飯買ってきたから一緒に食べよう」

 美日下が帰宅し荷物を片付けていた。
 楝は後ろから優しくハグをした。

「美日下…」

「寂しかったですか?」

「かなり。でも、ありがとう」

「?」

 美日下とシオンは昼間や午後に会うことが多い。夜職のシオンは何かと忙しく風俗をやっていた楝には仕事の内部事情はわかっていた。そしてシオンの性格も、急に誘って美日下を泊まらせる事はない。

 一人の時間が必要だと気づいてくれた美日下を改めて好きだと感じ、そんな素敵な人と自分は巡り会えたと思うと幸せで嬉しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

男子学園でエロい運動会!

ミクリ21 (新)
BL
エロい運動会の話。

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

処理中です...