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特別編

あやまちの理由

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 私は友達をいじめた最低な人間だ。
 もう、自己弁護なんかできないしする気もなかった。
 私は破滅を望み、自らこのような結末を辿ってしまったんだ。

 でも、香葉来に謝ったときの私は……。
 あの私は、『私じゃない私』だった。

 香葉来に謝罪する折の一部分で、私はそう自分のことを客観視していた。
 お母さんに叱られ、叩かれ、泣かれまでして、心身ともに衰弱していた私を見て、『私じゃない私』と思ったわけじゃない。
『私じゃない私』は、すらすらと香葉来に対して本音を吐き出し打つけた私のことだ。
 大河が聞いている側でも、それをセーブしなかった私のことだ……。

 私は罰を受け入れようとしていた。だから、いじめを犯した事実は伝える予定だった。
 けれど、本音。香葉来をいじめた真の動機は言おうとは思っていなかった。動機なんて、

「むしゃくしゃしていた。腹が立った。調子に乗っていたから」

 そんな低俗な理由でいいとさえ思っていた。香葉来は「嘘だ!」と言うかもしれないけど、言われたって別に構わない。
 あの本音を見せることは香葉来に情けをかけさせているようなもので、私のプライドが許さなかった。香葉来には同情されたくなかった。

 それなのに私は、はっきりと偽ることなく本音を吐き出してしまった。
 衰弱して弱々しい口ぶりになって涙を流していた。これについても『私じゃない私』だと思ってしまったが、あくまでも外形的な私。偽りは隠れている。

 だけど、あの場所で私の偽りは崩壊した。
 
 私は事後、『私じゃない私』のことを何度も考えた。心に問いかけようとしてくる香葉来に触発されたのだろうかと……。
 でも、そうじゃなかった。

 そして、わかった。答えはとてもシンプルだった。

『私じゃない私』を見せてしまった一番の要因……大河。
 
 私は、大河に受け入れてほしかった。同情してほしかった。やさしくしてほしかった。
 香葉来に抱いていた感情とは全く逆だ。
『私じゃない私』が言ったとおり、私はただ虚勢を張っていただけで、本音では香葉来を羨ましく思い嫉妬していた。それゆえに私は香葉来には本音は見せたくなかった。

 でも、大河は別だ。
 私は彼にもずっと虚勢を張り続けていた。大河を脅したときは虚勢の塊だった。
 だけど、そのときに言われた言葉がずっと胸の中に残っている。

『真鈴が苦しいとき、守ってあげられなかった』

 うれしかった。別に結果なんて「守ってあげられなかった」で構わない。
 ただ私は、大河はたしかに嘘のない声でそう言ってくれたこと。大河の一言がうれしかった。

 だから、大河に本音、弱みを見せれば、大河は、私に情けをかけてくれるんじゃないか。欲をいえば、慰めてくれるのではないかと、期待していたのかもしれない。
 私はとても打算的で、大河からの甘い蜜がほしかった……。

 それが、私が『私じゃない私』を見せた本当の理由なんだ。

 結局、大河は直接的には何も言ってくれなかった。
 けれど、泣きそうな目で私に目をやりながら「ごめんなさい……」とつぶやいていた。
 その「ごめんなさい……」は、普通に解釈をすれば香葉来に対する謝罪だよね。
 私が脅したとはいえ、大好きな彼女を犯す寸前だったのだから……。

 でも私はそれが、「真鈴が苦しいとき、守ってあげられなかった」、だから「ごめんなさい……」と、私に謝ってくれたんだと思いたかったの。

 だから……。

 大河にずっと思われ続けた香葉来が憎いという気持ちは今でも変わらない。
 私は香葉来をいじめたことを全く反省できていない最低な人間だわ。

 それでも……。


 ひどいじゃない……!
 ずるいじゃない……!

 だって、守ってもらうために、大河が彼氏になってくれて……。
 ずっと一緒にいられたのだから……。
 あの子は大河のこと、好きでもないくせに……。

 あの子が初めていじめられたときから、大河の中じゃずっとあの子だった。
 大河にとって私は、結局、副次的な存在だった。悔しかった……。
 低学年の頃は、大河は私のことが好きなんじゃないかって思ってたくらいよ……。
 それなのに……。

 私立に受験して、入学すれば環境もガラッと変わる。
 大河のことも薄くなると思っていたし、「私は別の道に行くから仕方がない」と大河が香葉来とくっついても自分に言い訳ができた。悔しさや嫉妬は小さくできたはずよ。

 なのに、盲腸になって私立には入れなかった。
 
 中学でも、大河と香葉来と、また一緒になってしまう。
 大河はどんどん香葉来に惹きこまれていく。
 それを、側で見ないといけない。そんなの無理……。

 だからこそ、ふたりとは絶交したかった。どんなにひどい言葉を吐いても、ひどいことをしても。
 言ってしまえば気持ちもスッと楽になるのだとも思ってた。
 大河は完全に私のことを敵だと思い嫌いになればいいの。
 だけど、私の予想どおりにはならなかった。
 
 大河は私を敵とすらも見ず無関心で、香葉来の傷を癒すことばかりに執着した。
 香葉来しか眼中になかった。
 結果的に、ふたりは深まった。
 私はその材料を与えてしまっただけ……。
 最悪だった。

 5月。塾帰り、タクシーで帰宅していたとき、大河と香葉来が抱きしめ合っている姿を見た。


 もうイヤッ!!
 つらいよっ!!
 苦しいよっ!!
 助けてよっ!!

 私は叫びたかった!


 香葉来の真の気持ちはわからないけど、もう大河の気持ちは疑う余地がなかった。
 私の妄想でもなんでもない。大河は香葉来のことが、女として好きだ。

 大河とふたりになれた水やりのとき、香葉来のことを話された。
 あんなの拷問だよ……。


 あいつは……あいつは、女心なんて何一つわかってない!!


 香葉来は憎い。憎いよ……。

 でもね、あの子……。
 あの子はまだ、私のことが好きなんだ……。
 
 嫉妬に狂い、散々ひどい目に遭わせた女のことが……それも苦しかった。
 ひどいよ、香葉来……。
 私のこと、大嫌いになってよ……。


 水族館でかわした約束は果たせそうにない。

 でも……あのとき、
 私が言った言葉は本物だった。


『一生友達でいよう』


 彼女になれない私のせめてもの想望。

 みんな友達のままだったらよかったんだ。


〈END〉
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