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第3章

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 クラスで、香葉来は注目の的だった。
 そりゃ、特賞をとったんだから、当然かもしれないが。
 教室に入った時点で。
 ざざざあああ!! ざわざわというレベルじゃない。
 ものすごい、ざわめく音が空気を切る。同時に視線、一斉に香葉来へと砲火。
 コンテストは、中高生に人気のイラストレーターが審査員をしていたというから、興味をいだいていた生徒も多い。
 香葉来もすぐその様子を察した。

「えっ……? みんなが……」

 と、目を大きくして思わず吐く。
 大河も固まってしまった。
 けど、気にしちゃもたないぞ。
 そう心の中で、自分と香葉来に言った。

 すると。タターッとかけ足の恭奈、登場。

「かぁは先生! おめでとー!」

 大げさに香葉来を祝福してる。
 さあさあ座ってください、大先生。なんてノリ。
 クスクスと笑う恭奈に手をつかまれ、窓側の前の席まで連れられる香葉来。
 雪乃も近づいてきて、恭奈ほど大げさじゃないけれど、香葉来を祝福していた。

 その後、いつも話さないような女子生徒たちも、香葉来に群がっていた。
 一帯は異常な人口密度だ。
 うじゃうじゃだ。エサを嗅ぎつけたうさぎみたい。

「おめでとう!」
「絵、見たよ。クリオネかわいい!」
「特賞!? 県の中学生ナンバーワンってこと?」
「クリオネが好きなの? 独特の色使いだよね」

 大河は一列離れた席に腰を下ろしているものだから、自然と黄色い声が耳に入る。
 ちらちらと不審にならないように、うさぎたちの隙間に見える香葉来を気にしてた。
 大丈夫かな。
 
 がちゃがちゃきゃっきゃっと騒ぐかたまりを見て、大河は眉をひそめる。
 当の香葉来は、顔をだらんと緩めてうれしそうだけど。
 恭奈のスキンシップは過剰になってる。

「先生になってもあたしたちは親友だよお~」

 ってバカでかい大声。じゃれあってる。
 香葉来は頑張った。みんなに祝福されて当然のことだ。
 と、大河は割り切ろうとしたけど、異様に盛り上がる様子が、どこか不安定に見えてしまう。
 
 おれ、どうしたの。
 気を落ち着かせようと、大河は目をつぶった。

 がちゃがちゃきゃっきゃっ。
 がちゃがちゃきゃっきゃっ。
 がちゃがちゃきゃっきゃっ――ねえ、末岡くん。
 え?

「彼女さん、有名人だね」

 いつの間にかとなりに央がいた。
 ニタニタうっとおしい笑みを浮かべていた。
 こいつ、なんでおれによく絡むの。
 とは思いつつ、央に話しかけられたことで、大河は少し冷静になった。

「特賞取ったからな」
「大河くんは冷静だね。彼女さんが離れていくみたいで寂しくないの?」
「あのさ、彼女さんって呼び方やめろよ」
「ふふふ、失礼。汐見さん」

 うるさい。いちいち、ムカつくんだよ。
 
「汐見さんかわいいからさ、目立ったら他の男子が近寄ってこない?」
「近寄らせねーよ」
「こっわ! 目つきワルっ!」

 央がちゃかしてくるのがイラついた。
 大河はつい鋭い目つきで、きつい言葉を吐いてしまった。
 だけど図星。そういう悪い可能性は危惧してしまう。
 香葉来が目立ち、注目されてしまえば。また胸のことでからかわれていじめられないかって。
 
 ギギギ……。
 歯ぎしり。
 大河は、見えないに何かに怯えている。
 素直によろこぶ香葉来の顔を見て、素直によろこべなかった。

 そして。

 香葉来の周り、ひときわ目立つ生徒が近づく。
 オーラが漂う。誇張じゃない。
 徳井ミアだ。
 くしゅくしゅとした黒い巻き髪を揺らし、香葉来の席の前にドンと身構える。
 ごくり。
 大河は聴覚に全神経をおく。

「香葉来さんって才能あるんだ」

 隙間から見えるミア。その目、アースアイをきらめかせて、香葉来にささやいた。
 名前に「さん」という敬称をづけって……。
 すごい違和感。
「ミアちゃん! うん、この子天才的なんだよお~」

 ミアに問いかけたれたわけでもないのに、恭奈が返事。
 恭奈は、ミアとも仲よくなりたいんだろう。わかりやすい。
 けれどミアは、恭奈を無視。ゆるがない視線で、香葉来を見つめる。

「えっと……はい……。でも、そうでもない……たまたま……です」
「たまたまで受賞はできないわ」

 香葉来、弱々しい声で怯えてる?
 おかしな敬語だ。
 
 がちゃがちゃきゃっきゃっと騒ぎてていた女子たちは、恭奈を除いて、ミアと香葉来の会話を邪魔しないように口のチャックを閉じている。
 ミア、にんまり笑って。

「その才能はうらやましい。ねぇ、アイコン描いたりもできるの?」
「え……ええ……それってデジタル……ですか?」
「もちろん。あと、言葉使いが変よ。私はあなたと同じ年で同じ身分よ。敬語はやめて」
「えっ……ご、ごめん。えっと……でもデジタル、まだ描けない……」

 なんだよ。
 かなり妙な雰囲気になってる。
 ミアは、どこか攻め立てるような口調で、絵を描いてと望んでる。
 香葉来はたじたじ、もがいているみたい。
 同じ身分なんて言葉なんて、普通は使わないよ。

「かぁは、これからだよね?」

 香葉来にべったりな恭奈が首をかしげて疑問形。香葉来は、コクリとうなずく。
 大丈夫なのかよ……お前、描けないって言ってるじゃん。
 大河のひたいから、たらりと汗が落ちた。イヤな汗だ。

 ふと。
 だまっていたうざいヤツが、

「ねぇねぇ、なんだかすごいコラボだよね」

 とおもしろおかしく茶化してきた。

「静かにしろ」

 大河は冷たく返し、香葉来とミアの話を聞くことに集中した。

「ふん? まだってことは、練習すれば描けるようになるんだ」
「……あ……えっと、わからないけど」
「そう。まあいいわ。香葉来さん、私はあなたに興味がある。友達になってくれない?」

 ミアのアースアイはひときわかがやく。香葉来は口を震わせパクパクさせて、フリーズ。

「え! ミアちゃん友達になってくれるの!?」
「香葉来さんが友達になってくれたらあなたも友達よ」
「かぁは聞いた? ミアちゃんと友達だよ? うれしいよね?」
「えっと……うん……。けど、あたしなんか、友達でいいの……?」

 恭奈にうしろからぎゅっと抱きしめられてる香葉来。
 恭奈は、半ば強制するように、ミアと友達になるように言いくるめた。
 香葉来に拒否権はなかった。
 あのさ、香葉来。
 お前、本当に徳井と友達になりたいの?
 なんか違うだろ……。

 大河は、香葉来への過剰な庇護欲を消化できない。
 それに、根拠のない不安感だけがもわもわ煙になって吹き出ている。
 もどかしくて、苦しかった。

「もちろん。じゃあなかよくしてね、香葉来」
「……うん」
 
 そして。
 そのとき。
 教室の前方のドアが開いた。
 野生の勘だろうか。大河は、オーラを感じ取ってしまい、すぐにそのドアの方へと目を向けた。
 ミアと同じく、存在感のある女子。

「真鈴! こっちにきて」
 
 ぎくり。
 大河は、ミアのとても通る声に、全身の筋肉が引きつった。

 真鈴……。
 真鈴はミアに応じた。
 長い髪をさあさあ空気になびかせて、とまどう様子は一切なく、香葉来へと近づく。

 大河は目で追うだけで必死だ。
 あいつ……真鈴と、絶交した日から、ひとこともしゃべってない……。
 香葉来……大丈夫なの……?

 その瞬間、大河はまっしろなただただ広いだけの異次元空間をさまよっていた。
 異次元空間には、一台のテレビだけがあった。
 そのテレビには、しゃなりしゃなりと、気取って歩く真鈴の姿が映ってる。
 真鈴は、うさぎの群へと近づいて……いよいよ群の中へ。
 群の中には、石化した香葉来の姿。
 でも……。

 彼女の胸からは。

 ドンドンドンドンドンドンドン!!

 豪雨のように、早いリズムの鼓動が轟いていた。
 真鈴の鼓動は聞こえない。まずミアへと視線を向け。

「おはよう。どうしたの、ミア。興奮して」
「興奮できずにはいられないわ。香葉来と友達になったのだから」

 真鈴は淡々としていた。
 一方ミア、上機嫌な声でころころ笑う。

「真鈴ちゃん! おっはあ! かぁは大人気だねぇー!」

 恭奈がしゃしゃり出る。

「そう」
「うん。だから真鈴も香葉来と友達よ」
 
 え……?
 
 一体、どういうこと……。
 大河は頭がまっしろになった。
 それは、テレビの中の香葉来も同じ。
 複雑な気持ちだった。
 本当に……?

 大河は、少しだけ平常に思考が戻り、異次元空間からリアルへと戻った。
 けれど、リアルでも、テレビの中の映像とまったく同じ展開だ。
 
 真鈴と、また、友達になれる。
 昔みたいに、3人が友達同士になれたら、うれしいよ。
 もとに戻れたら、どれだけすてきなことかはわかっているよ。

 でも。
 大河はトゲトゲしく大きな魚の骨が喉に突き刺さっていた。
 違和感というなの魚の骨。
 ミアが友達になろうと言った意図もよくわからない中、半ば強制的に、真鈴とよりを戻すなんて。
 だけど、大河がそんな思考している間も、時は進む。
 香葉来は〝即決〟を迫られている。

 真鈴、香葉来の方に目をやってる。
 特徴的な彼女のつり目がちな目。
 昔よりも、それは凛々しくて、堂々と迷いがない目。

「わかった。香葉来、私とも友達になって」

 真鈴からの久しぶりの「香葉来」の響き。
 わからない。声の色は、大河にはわからない。
 やさしさを含む彼女の声。
 牙のような鋭い彼女の声。

 二面性。

 その両方を聞いてきた大河には、聞いたことがない、声の色だったから……。
 そして。
 香葉来は。

「うん……真鈴ちゃん……」

 香葉来からの「真鈴ちゃん」。

 香葉来は、こくりとうなずいた。
 これで、香葉来と真鈴は再び、友達になった。
 大河は先が見えなかった。きーっと頭が締め付けられる。
 
 ただ。結果としては、香葉来の希望は叶った。あっけないほど、淡々と……。
 淀んでいた川に、突如、大雨が降った。
 淀みはなくなり、川の流れは前とは比較にならないほど、はげしく強い。
 香葉来は、流れについていけるだろうか?


 昼休み。

 早々、新たな女子グループが出来上がった。
 香葉来、恭奈、雪乃のグループ。真鈴、ミア、さくら、桃佳のグループ。
 それらが合体して、大型グループが形成された。
 外見《そとみ》は華がある。
 圧倒的な存在感とオーラを放つ一団だ。

 大河は、央を含む数人の男子と昼休みを過ごしていたけど、自分たちなんて空気で、遠目でただただ香葉来と真鈴を見つめていた。
 香葉来と真鈴は、共に過ごしていた。
 お互い直接的には会話はしていないように見えた。
 ギスギスしていない……けれど、ギスギスしているようだった。
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