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第3章
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大河の記憶――。
小学6年の2月だった。
真鈴は、私立中学の入試日の1週間前から学校を休んでいた。
その年は、インフルエンザが大流行していた。
大河のクラスでも、インフルエンザで休んでいる児童がいた。
真鈴はインフルエンザ対策のために学校を休むことにしていた。
この時期に感染っちゃうと大変だから。リスクヘッジだ。
「真鈴だったら絶対受かるよ」
「うん。絶対受かってみせる」
受験前、最後の登校日。真鈴と交わした最後の言葉。
はにかみながらも、ずばっと自信満々に言う真鈴だけど、大河はどこか、彼女を遠くに感じた。
3日後。
インフルエンザで学級閉鎖が起きた。真鈴のリスクヘッジは正解だった。
学級閉鎖になっても、大河は健康だった。
6年生なので、留守番をしていた。
別に病気じゃないのに。じっと家の中にいるなんて退屈だよ。
気が落ち着かなかった。真鈴の受験日は3日後だ。
大河はヒトゴトとは思えなくて、気がかりだった。
じりじり、壁が四方から迫ってくる。
イヤな圧迫感、苦しさに襲われた。
ぼくに、何かできることはないの?
でも、ぼくは真鈴じゃないし……。
と。
うじうじもんもんするだけ。大河は何もできなかった。
午後1時すぎ。
ピンポーン。呼び鈴が鳴った。
誰だろう? ドアを開けると。
「こんにちはっ」
「香葉来……」
香葉来が立っていた。
もこもこのベージュのダウンコート。
緑のマフラーとニット帽、マスク。
頬のピンクは、いつもより鮮やかだ。
風邪をひいているみたいで、心配してしまう。
背後は、まっしろい雪原。
「どうしたの?」
「……うん。いても、立ってもいられない……感じで」
「え?」
「……だから」
くーん。捨てられた子犬のような目。
ったく。
「大雪なのに。風邪ひくよ」
「うん……」
大河は放っておけなくて、自分以上にうじうじしてる香葉来の手をつかみ、とりあえず玄関に入れた。
香葉来の手、かじかんでる。手袋ごしでもよくわかる。
外は積雪30センチ。この年は雪がよく降っていた。寒いだろうに。
香葉来は「ふぁっ……」と、白い息を吐いた。
玄関も寒いから、ここに突っ立ったままにさせておくのも忍びない気持ちだった。
大河は、妙な彼女は置いといて、とりあえず部屋に避難させようとした。
「入りなよ」
「……ううん。ここで、いいの」
ん?
「わかったよ。どうしたの?」
「うん……あの、大河くんは、真鈴ちゃんの試験……不安じゃないの……? あたし、ずっともやもやするの。でも、あたしが受けるわけじゃないのに……でも、真鈴ちゃんが心配で……」
香葉来はもじもじ、体をよじらせる。目はしょんぼりと弱々しい。
すごく言葉足らず。
でも大河は、香葉来の言いたいことがすぐに理解できた。同じ気持ちだったから。
「不安だよ。でも、真鈴じゃないからぼくらがどうこうできない」
「……やっぱり」
ぼくのバカ。
大河は現実的な言葉を口にして、とたんに香葉来を暗色にさせてしまった。悔やんだ。
真鈴は優秀で、ばっちり体調管理だってしているし、インフルエンザ感染も防げた。
いつもどおり実力を出したら問題なく受かるはず。A判定だって言ってたし。
だけど試験は一発勝負。
99%だったとしても、100%はない。
ぼくらでも、できること……。
お祈りすること。それくらいだ。それくらいでも、できるなら……。
「香葉来、熱とかない? しんどくない?」
「えっと……うん」
「うん。じゃあ、神社に行こうよ。真鈴の合格祈願」
「ごうかくきがん……? 真鈴ちゃんじゃないのに……?」
「大丈夫。真鈴の希望が叶うことがぼくらの願いだもん」
「……うんっ」
短絡的な発想だった。
けれど、香葉来の顔は、ぱあーっと明るんだ。
大河も香葉来も、「それが自分たちにできること」だと確信していた。
大河はコートとマフラーを身につけた。
ふたりで神社に向かった。
先生からは自宅にいるようにと言われていたので、悪いことをしている気分だった。
神社は自宅から徒歩15分くらいの距離。
四方を囲む山は、巨大な雪魔人だ。
もちろん足元も、雪雪雪。
長靴で、白い雪の塊を踏みつけながら歩いた。
途中、すぽっと雪に足を埋め、身動きが取れなくなった香葉来を助けたり。
結構、ぐだぐだした道中だったから、30分以上、かかってしまった。
雪がやんでいたことが救いだった。
神社についた。鳥居に、こんもり雪が積もったせいで、紅白になっていた。
ちょっとおめでたいかも。なんて大河、ちょっと不謹慎。
手水舎に向かう。
大河は、氷のように冷たい水で手と口を麻痺させながらも、ちゃんと作法どおりに清めた。
香葉来も大河に習うように、あたふたとおぼつかない様子で、手と口を清めた。
「あぅ……」
白い息を吐きながら小さく声をもらしていた。
冷たかったよね。
拝殿に参拝しにいった。
大河はまたも香葉来に見本を見せるように、二礼二拍一礼を実践。
前に実歩と参拝に行ったとき、一応は教わったものだから、あまりよく理解できていない香葉来の見本になろうとした。
カランカラン。
真鈴が合格しますように。
強く、想いを込めた。
大河は、バトンタッチするように香葉来と変わった。
香葉来の姿勢、あまりよくないから、作法は一応できていたけど、よろっとしてた。
それでも、香葉来がお祈りする時間は長かった。大河の二倍。いや、三倍。
カランカラン――カランカラン。
大好きな真鈴ちゃん。
大大大好きな真鈴ちゃん。
ぜったい、ぜったいに。ぜったいに、合格しますように。
神様、おねがい。真鈴ちゃんに、ぜったい、いじわるしないで。
祈りを終えて、意味もなく神社を歩いた。
しゃかしゃか。
どこにいても雪はあり、足跡が残る。
半歩うしろを歩く香葉来が、絵馬掛け処の前で足を止めた。
「……絵馬」
と、ぼそぼそとつぶやく。
雪がかかっている絵馬をじーっと見てる。
「書きたいの?」
「……うん。真鈴ちゃんの力になれたらって……」
「そうだね。じゃあ書こう」
「うん!」
ふたりで絵馬を買った。
社務所に併設された絵馬を書くスペースで願い事を書いた。
『真鈴が私立中学に受かりますように』
『真鈴ちゃんが合格しますように』
香葉来は得意な絵を描いていた。
クリオネのイラストだ。
3人の絆を深めたクリオネは、特別な生き物だから。
絵馬掛け処でとなりあわせで絵馬をかけた。
「いいかんじぃー」
「うん。いい感じ」
「えへへっ」
でれでれふにゃけた顔で、香葉来がほほえんだ。
大河は、彼女のうれしそうな顔を見て、寒さが消えていた。
すると香葉来。手袋をはずし、おもむろにスマホを取りだした。
香葉来はクリスマスに、香織にスマホを買ってもらった。
大河はキッズケータイすら持たせてもらえていないから、結構うらやましい。
それにしてもここでもスマホ?
と思っているうちに。
カシャッ。
スマホがシャッター音を鳴らした。香葉来は絵馬の写真を撮っているみたい。
無作法だろう。
「香葉来、あんまり騒いだら無礼だぞ」
真面目な性格がゆえに、大河、少し強い口調で香葉来を注意してしまう。
「え、あの……ごめんなさい」
「いや。怒ってないけど。ごめん」
しゅんとなった香葉来を見て、大河はすぐに後悔。
香葉来は、おどおどした上目遣いで、おそるおそる口にした。
「……真鈴ちゃんにね、ラインで絵馬、見せたいなって思ったの……ダメ?」
「……いや。真鈴に見せるくらいならいいと思う。よろこぶと思うし」
「うん!」
けろっと調子よく、明るくなった香葉来。
大河はついつい香葉来に甘くしてしまう。
ぼく、ちょー矛盾してるな。
「家に帰ってからラインを送ろ?」
「うん」
香葉来はコクリ、大きくうなずいた。
帰りの険しい雪道も、心はポカポカだからしんどくなかった。
小学6年の2月だった。
真鈴は、私立中学の入試日の1週間前から学校を休んでいた。
その年は、インフルエンザが大流行していた。
大河のクラスでも、インフルエンザで休んでいる児童がいた。
真鈴はインフルエンザ対策のために学校を休むことにしていた。
この時期に感染っちゃうと大変だから。リスクヘッジだ。
「真鈴だったら絶対受かるよ」
「うん。絶対受かってみせる」
受験前、最後の登校日。真鈴と交わした最後の言葉。
はにかみながらも、ずばっと自信満々に言う真鈴だけど、大河はどこか、彼女を遠くに感じた。
3日後。
インフルエンザで学級閉鎖が起きた。真鈴のリスクヘッジは正解だった。
学級閉鎖になっても、大河は健康だった。
6年生なので、留守番をしていた。
別に病気じゃないのに。じっと家の中にいるなんて退屈だよ。
気が落ち着かなかった。真鈴の受験日は3日後だ。
大河はヒトゴトとは思えなくて、気がかりだった。
じりじり、壁が四方から迫ってくる。
イヤな圧迫感、苦しさに襲われた。
ぼくに、何かできることはないの?
でも、ぼくは真鈴じゃないし……。
と。
うじうじもんもんするだけ。大河は何もできなかった。
午後1時すぎ。
ピンポーン。呼び鈴が鳴った。
誰だろう? ドアを開けると。
「こんにちはっ」
「香葉来……」
香葉来が立っていた。
もこもこのベージュのダウンコート。
緑のマフラーとニット帽、マスク。
頬のピンクは、いつもより鮮やかだ。
風邪をひいているみたいで、心配してしまう。
背後は、まっしろい雪原。
「どうしたの?」
「……うん。いても、立ってもいられない……感じで」
「え?」
「……だから」
くーん。捨てられた子犬のような目。
ったく。
「大雪なのに。風邪ひくよ」
「うん……」
大河は放っておけなくて、自分以上にうじうじしてる香葉来の手をつかみ、とりあえず玄関に入れた。
香葉来の手、かじかんでる。手袋ごしでもよくわかる。
外は積雪30センチ。この年は雪がよく降っていた。寒いだろうに。
香葉来は「ふぁっ……」と、白い息を吐いた。
玄関も寒いから、ここに突っ立ったままにさせておくのも忍びない気持ちだった。
大河は、妙な彼女は置いといて、とりあえず部屋に避難させようとした。
「入りなよ」
「……ううん。ここで、いいの」
ん?
「わかったよ。どうしたの?」
「うん……あの、大河くんは、真鈴ちゃんの試験……不安じゃないの……? あたし、ずっともやもやするの。でも、あたしが受けるわけじゃないのに……でも、真鈴ちゃんが心配で……」
香葉来はもじもじ、体をよじらせる。目はしょんぼりと弱々しい。
すごく言葉足らず。
でも大河は、香葉来の言いたいことがすぐに理解できた。同じ気持ちだったから。
「不安だよ。でも、真鈴じゃないからぼくらがどうこうできない」
「……やっぱり」
ぼくのバカ。
大河は現実的な言葉を口にして、とたんに香葉来を暗色にさせてしまった。悔やんだ。
真鈴は優秀で、ばっちり体調管理だってしているし、インフルエンザ感染も防げた。
いつもどおり実力を出したら問題なく受かるはず。A判定だって言ってたし。
だけど試験は一発勝負。
99%だったとしても、100%はない。
ぼくらでも、できること……。
お祈りすること。それくらいだ。それくらいでも、できるなら……。
「香葉来、熱とかない? しんどくない?」
「えっと……うん」
「うん。じゃあ、神社に行こうよ。真鈴の合格祈願」
「ごうかくきがん……? 真鈴ちゃんじゃないのに……?」
「大丈夫。真鈴の希望が叶うことがぼくらの願いだもん」
「……うんっ」
短絡的な発想だった。
けれど、香葉来の顔は、ぱあーっと明るんだ。
大河も香葉来も、「それが自分たちにできること」だと確信していた。
大河はコートとマフラーを身につけた。
ふたりで神社に向かった。
先生からは自宅にいるようにと言われていたので、悪いことをしている気分だった。
神社は自宅から徒歩15分くらいの距離。
四方を囲む山は、巨大な雪魔人だ。
もちろん足元も、雪雪雪。
長靴で、白い雪の塊を踏みつけながら歩いた。
途中、すぽっと雪に足を埋め、身動きが取れなくなった香葉来を助けたり。
結構、ぐだぐだした道中だったから、30分以上、かかってしまった。
雪がやんでいたことが救いだった。
神社についた。鳥居に、こんもり雪が積もったせいで、紅白になっていた。
ちょっとおめでたいかも。なんて大河、ちょっと不謹慎。
手水舎に向かう。
大河は、氷のように冷たい水で手と口を麻痺させながらも、ちゃんと作法どおりに清めた。
香葉来も大河に習うように、あたふたとおぼつかない様子で、手と口を清めた。
「あぅ……」
白い息を吐きながら小さく声をもらしていた。
冷たかったよね。
拝殿に参拝しにいった。
大河はまたも香葉来に見本を見せるように、二礼二拍一礼を実践。
前に実歩と参拝に行ったとき、一応は教わったものだから、あまりよく理解できていない香葉来の見本になろうとした。
カランカラン。
真鈴が合格しますように。
強く、想いを込めた。
大河は、バトンタッチするように香葉来と変わった。
香葉来の姿勢、あまりよくないから、作法は一応できていたけど、よろっとしてた。
それでも、香葉来がお祈りする時間は長かった。大河の二倍。いや、三倍。
カランカラン――カランカラン。
大好きな真鈴ちゃん。
大大大好きな真鈴ちゃん。
ぜったい、ぜったいに。ぜったいに、合格しますように。
神様、おねがい。真鈴ちゃんに、ぜったい、いじわるしないで。
祈りを終えて、意味もなく神社を歩いた。
しゃかしゃか。
どこにいても雪はあり、足跡が残る。
半歩うしろを歩く香葉来が、絵馬掛け処の前で足を止めた。
「……絵馬」
と、ぼそぼそとつぶやく。
雪がかかっている絵馬をじーっと見てる。
「書きたいの?」
「……うん。真鈴ちゃんの力になれたらって……」
「そうだね。じゃあ書こう」
「うん!」
ふたりで絵馬を買った。
社務所に併設された絵馬を書くスペースで願い事を書いた。
『真鈴が私立中学に受かりますように』
『真鈴ちゃんが合格しますように』
香葉来は得意な絵を描いていた。
クリオネのイラストだ。
3人の絆を深めたクリオネは、特別な生き物だから。
絵馬掛け処でとなりあわせで絵馬をかけた。
「いいかんじぃー」
「うん。いい感じ」
「えへへっ」
でれでれふにゃけた顔で、香葉来がほほえんだ。
大河は、彼女のうれしそうな顔を見て、寒さが消えていた。
すると香葉来。手袋をはずし、おもむろにスマホを取りだした。
香葉来はクリスマスに、香織にスマホを買ってもらった。
大河はキッズケータイすら持たせてもらえていないから、結構うらやましい。
それにしてもここでもスマホ?
と思っているうちに。
カシャッ。
スマホがシャッター音を鳴らした。香葉来は絵馬の写真を撮っているみたい。
無作法だろう。
「香葉来、あんまり騒いだら無礼だぞ」
真面目な性格がゆえに、大河、少し強い口調で香葉来を注意してしまう。
「え、あの……ごめんなさい」
「いや。怒ってないけど。ごめん」
しゅんとなった香葉来を見て、大河はすぐに後悔。
香葉来は、おどおどした上目遣いで、おそるおそる口にした。
「……真鈴ちゃんにね、ラインで絵馬、見せたいなって思ったの……ダメ?」
「……いや。真鈴に見せるくらいならいいと思う。よろこぶと思うし」
「うん!」
けろっと調子よく、明るくなった香葉来。
大河はついつい香葉来に甘くしてしまう。
ぼく、ちょー矛盾してるな。
「家に帰ってからラインを送ろ?」
「うん」
香葉来はコクリ、大きくうなずいた。
帰りの険しい雪道も、心はポカポカだからしんどくなかった。
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