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第1章
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女手一つで大河を育てている実歩には、2年前まで夫がいた。
大河の父、大輝《だいき》だ。
大輝はやわらかな顔立ちで、身長190センチもあるがたいがいい男。
大河は大輝似だから、「将来はお父さんみたいに大きくなるのかな」と期待を抱いている。
性格もおだやかで真面目な人だった。市役所に勤めていた。
実歩とは、友達の紹介で知り合い、恋に落ちた。
結婚から1年後。
実歩が懐妊したことをきっかけに、大輝はマイホームを購入。
『実歩とお腹の子が何よりも最優先』
それが彼の口癖。大輝は必死に働き、贅沢はしなかった。
大輝は児童養護施設で育ち、親の顔も見たことがなく、名も知らない。
だからこそ、
『俺は親に愛されなかった分まで、俺と実歩の子には愛を注ごう』
と、まっすぐな信念を持っていた。
そして。
「おぎゃー、おぎゃー」
天使の産声。大河が生まれた。
予定日よりも早く、大輝と実歩は心配になったが元気な赤ちゃんだった。
大河のように大きくやさしい子に育ってほしい。期待をこめ、ふたりで大河と名づけた。
大河はすくすくと育ち、大輝と実歩は幸せの絶頂だった。
しかし。大河が4歳の頃。7月半ばだ。
その日、外はごーごー雨が強く降っていた。大雨洪水警報が発令された。
市役所勤務の大輝は、住民に情報を伝える立場だった。仕事は休めない。
実歩は家にいてほしかった。
「大丈夫。実歩と大河が何よりも最優先だから。ゆっくり運転するし、危険な目には遭わないよ」
いつもの口癖。そう言われると、実歩は、うんとうなずくことしかできない。
ふたりを安心させるように、やわらかな笑顔と口ぶりで大輝は言ったのだ。
「わかった。ほんとに気をつけて……」
それが、実歩が大輝とかわした最後の言葉。
激しい雨が降り続く国道。
操作を誤った大型トラックに正面衝突され……。
大輝は即死した。
大河は、今でも、たぶんいつまでも。
あのときの、実歩の涙を忘れることはできない。
実歩はわあわあと幼児のように、泣き続けたのだ。
大河は、実歩にずっと抱きしめられていた。安心を求めるように。
ぐしょぐしょになった実歩の顔は、びしょびしょに大河の肩を濡らしていった。
大河にはまるで現実味がなく、大輝の死は信じられなかった。
けれど。こんな弱り切った母を見てしまえば……
お父さんは本当に死んだんだ……。
これを、残酷な現実だと受け入れるしかなかった。
大河も大泣きした。涙は枯れる気がしなかった。
悲しみが大きすぎるから。おさまらないから。消えないから。
だから。
ぼくが、お父さんの代わりにお母さんを守らなきゃいけない。
消えない悲しみの渦で、大河は。幼心にそう決意した。
そして。
私が、大輝くんの代わりに大河を幸せにしなきゃいけない。
実歩も同じように。強く決意した。
大輝の死後。
実歩は資産価値が高いうちにマイホームを売り、少しでも蓄えを増やした方がいいと思い、引っこすことに決めた。
南小学校のいじめ自殺事件の影響もあったから、北小学校の学区に移りたかった。
実歩は心苦しくしながらも、マイホームと土地を売却した。
大河を立派に育てるには、お金が必要だ。
実歩は出産前まで勤務していた会計事務所に、正社員で復職した。
大河はそんな実歩の苦労を知っている。
普段は、はずかしくて言えないけれど、感謝の気持ちは無限大にあふれている。
マイホームを手放し、平屋に移ったことも、本当はイヤだった。
けれど、金銭面ではそれが最適だった。
ぼくは、お母さんに笑ってもらえるように、勉強を頑張って立派に育つ。
大河は過去に浸り、あらためて決心した。
――ああ。
これ以上、お母さんたちの話を聞いちゃダメだ。
布団に戻り、再び深い眠りについた。
目尻からじんわり涙をにじませて。
大河の父、大輝《だいき》だ。
大輝はやわらかな顔立ちで、身長190センチもあるがたいがいい男。
大河は大輝似だから、「将来はお父さんみたいに大きくなるのかな」と期待を抱いている。
性格もおだやかで真面目な人だった。市役所に勤めていた。
実歩とは、友達の紹介で知り合い、恋に落ちた。
結婚から1年後。
実歩が懐妊したことをきっかけに、大輝はマイホームを購入。
『実歩とお腹の子が何よりも最優先』
それが彼の口癖。大輝は必死に働き、贅沢はしなかった。
大輝は児童養護施設で育ち、親の顔も見たことがなく、名も知らない。
だからこそ、
『俺は親に愛されなかった分まで、俺と実歩の子には愛を注ごう』
と、まっすぐな信念を持っていた。
そして。
「おぎゃー、おぎゃー」
天使の産声。大河が生まれた。
予定日よりも早く、大輝と実歩は心配になったが元気な赤ちゃんだった。
大河のように大きくやさしい子に育ってほしい。期待をこめ、ふたりで大河と名づけた。
大河はすくすくと育ち、大輝と実歩は幸せの絶頂だった。
しかし。大河が4歳の頃。7月半ばだ。
その日、外はごーごー雨が強く降っていた。大雨洪水警報が発令された。
市役所勤務の大輝は、住民に情報を伝える立場だった。仕事は休めない。
実歩は家にいてほしかった。
「大丈夫。実歩と大河が何よりも最優先だから。ゆっくり運転するし、危険な目には遭わないよ」
いつもの口癖。そう言われると、実歩は、うんとうなずくことしかできない。
ふたりを安心させるように、やわらかな笑顔と口ぶりで大輝は言ったのだ。
「わかった。ほんとに気をつけて……」
それが、実歩が大輝とかわした最後の言葉。
激しい雨が降り続く国道。
操作を誤った大型トラックに正面衝突され……。
大輝は即死した。
大河は、今でも、たぶんいつまでも。
あのときの、実歩の涙を忘れることはできない。
実歩はわあわあと幼児のように、泣き続けたのだ。
大河は、実歩にずっと抱きしめられていた。安心を求めるように。
ぐしょぐしょになった実歩の顔は、びしょびしょに大河の肩を濡らしていった。
大河にはまるで現実味がなく、大輝の死は信じられなかった。
けれど。こんな弱り切った母を見てしまえば……
お父さんは本当に死んだんだ……。
これを、残酷な現実だと受け入れるしかなかった。
大河も大泣きした。涙は枯れる気がしなかった。
悲しみが大きすぎるから。おさまらないから。消えないから。
だから。
ぼくが、お父さんの代わりにお母さんを守らなきゃいけない。
消えない悲しみの渦で、大河は。幼心にそう決意した。
そして。
私が、大輝くんの代わりに大河を幸せにしなきゃいけない。
実歩も同じように。強く決意した。
大輝の死後。
実歩は資産価値が高いうちにマイホームを売り、少しでも蓄えを増やした方がいいと思い、引っこすことに決めた。
南小学校のいじめ自殺事件の影響もあったから、北小学校の学区に移りたかった。
実歩は心苦しくしながらも、マイホームと土地を売却した。
大河を立派に育てるには、お金が必要だ。
実歩は出産前まで勤務していた会計事務所に、正社員で復職した。
大河はそんな実歩の苦労を知っている。
普段は、はずかしくて言えないけれど、感謝の気持ちは無限大にあふれている。
マイホームを手放し、平屋に移ったことも、本当はイヤだった。
けれど、金銭面ではそれが最適だった。
ぼくは、お母さんに笑ってもらえるように、勉強を頑張って立派に育つ。
大河は過去に浸り、あらためて決心した。
――ああ。
これ以上、お母さんたちの話を聞いちゃダメだ。
布団に戻り、再び深い眠りについた。
目尻からじんわり涙をにじませて。
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