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第7話 ライトな文芸

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 屋上駐車場の出口は一つしかないから、一緒に出口に向かえばもうちょっと話すこともできたのかもしれないけど、今は綺麗な夕日に照らされたLINEアプリの友達リストの「アクア」の名前を眺めているだけで十分だった。
 そしてこの場所に来たときよりも軽い足取りで母の車に戻る。
 母は開口一番、なんで荷物持ちを手伝わなかったのかと軽く怒ったが敬語で謝るまでは至らなかった。
 怒られて、敬語で謝っていた姫嶋さんを思い返すと、もう少し母に優しくしてやってもいいかもなと思いながら車に揺られる。

 家に帰り、父の帰宅を待ち、家族3人でテレビを見ながら夕飯を囲む。何時もの様に1日が過ぎてゆく。
 後は自室に戻り、本と共に眠りにつくだけだが、今日はなんだかソワソワする。
 それはきっとLINEアプリのせいだろう、通知はONにしているのだから、“誰か”からラインがくれば音もバイブも最大で気付かないわけがないのだけども、なんだかちょくちょく起動してしまう。
 そんな初々しい自分を鎮めるために、PCを起動して「異世界転生 飛び降り自殺」を検索する。
 ……困ったな、いっぱい出てきたぞ。姫嶋さんに嘘を付いてしまった。
 いや、僕が知らなかったのだから嘘ではない、嘘も方便だし、とにかく飛び降りを阻止できたので良しとしよう。
 気になったので何作か読んでみた。
 小説投稿サイトなるものがあるのは知っていたが、どちらかというと文豪や有名作家を好むミーハーな僕であるから、気にも留めなかった。
 もうちょっと早くに、こんな感じのライトな作品群に出会っていれば、僕のこんな性格もいくぶんライトになっていたかもしれない、いやまだ間に合うかも……そう思うと異世界関連の投稿作品を色々と読み耽ってしまった。
 そして時間が経つにつれて、ある感情が芽生える。

 これって僕でも書けるんじゃないのか?

 想像して、纏めて、表現し、努力して書き綴る。それらの行為を踏みにじる僕の安易な思いは、数多の作家の反感を買うに違いないと思いつつも、僕はワードを開き文字を打った。
 間もなくしてあることに気が付く。

 うん、まったく書けない。

 いや正確には書けないのではなく、文字は打てるがこれは読み物ではない。まったくもって面白くない、面白さというものは受け取る側に左右されるのは分かるが、僕のこれはそういった次元ではなかった。
 ただ言葉を繋げていくだけの行為が、こんなにも頭を悩ませ、意識を掻き乱し、精神を疲弊させるのか。このサイトだけで作品数は数十万、プロだろうが素人だろうがただただ頭が下がるばかりだ。
 しかし、僕が筆を取った筆を執ったのは、なにも「書けるのでは?」との思いだけではない、今日出会った誰かさんの「思い立ったが吉日」という言葉に感化されたわけでもないし、今日出会った誰かさんが飛び降り自殺を考える程の影響を与えた創作物に興味が湧いたわけでもない。
 なんなら今日出会った誰かさんの為に、もっと素晴らしいファンタジーを書き上げて、本や文字を好きになってもらいたい、なんて考えでもない。

 ……うん、つまり、その全部だ。

 とにかく、せっかく出来たLINEフレンドなのだから、もし、万が一、通知が来た際に、最良の返しが出来る様に備えたい、ただそれだけ、異世界転生の知識を蓄えるための行為だ。
 そんな純粋な思いを胸に、僕は有名な小説投稿サイトにアカウントを作り、毎日、数百文字でもいいから物語を綴ることを決意したその夜は、いつの間にか明けていた。

 眠い、流石に眠い、読んだり書いたりすることに夢中になり過ぎた。体力の有り余る若人とはいえ徹夜はキツイ。
 仮病でも使って休もうかとも考えたが、流石に新学期2日目はいくら温厚な母でも許してくれないだろうし、どうせ起きたまま寝ていても時間は過ぎていくだけだし、なんなら昨日会った誰かさんとすれ違って「おはよう」って挨拶されたりなんかしちゃったりするかもしれないかもしれない。そんな純粋な期待だけが僕の背中を押していた。

 そして5時限目、僕は未だに誰とも言葉を交わしていない。昨夜はあんなに言葉と友達になったのにも拘わらず、言葉ちゃん達は僕の頭の中でだけ騒いでいる。
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