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誘拐犯になんて恋しない⑩

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 お手洗いから戻ったモッカを見たハレオは決意していた。



 それは、化粧を直したモッカの顔が物凄く可愛いかったからかもしれないし、おバカだけど真っ直ぐなモッカへの想いを持ったセバスチャンに共感したからかもしれない。

 セバスチャンが隠れながら護衛しているとはいえ、お嬢様の一人暮らしは物騒極まりないし、天然が入っているモッカの生活をセバスチャンにだけ押し付けるのは心許無い。

 なにより今の自分には、それらを全て解決できる環境がある。



 いつの間にか出来た兄妹と、勉学に励むために越してきた幼馴染の2人、そして幼かった自分を導いてくれた恩人でありメンター。

 全員が女性だという偶然に目を瞑れば、学生にとって理想的なシェアハウス。



 ハレオは自信をもってモッカに打ち明ける。



 「モッカ、一人暮らしが大変なら俺の家に来ないか?」

 「嫌です」

 モッカは残ったゴーヤを頬張りながら冷静に返した。



 「え?えっ?」

 「え、じゃありませんよ、ハレオさん。世間知らずの私でも流石にそんなおバカじゃないです。お婿さん候補でもない男の人に家に、ノコノコと付いていく訳ないじゃないですか、通報しますよ」

 「でもさ、俺の家には妹も一緒に住んでるし、幼馴染2人とそれにメンターというか、先生みたいな大人も同居してるから安心だと思って」

 「必死ですか?さらに怪しいのですが?お気遣いは感謝しますが、お断りさせて頂きます」

 「そ、そうか、そうだよな」

 モッカの返しに冷静になるハレオ。

 来る者は拒まずで今に至ったが、今の環境がどれだけ特殊かは普通に考えれば分かる事。ハレオは自分の中の下心を見透かされたみたいで恥ずかしくなった。



 「まぁあれだ、隣町だし、何か困ったことがあったら声かけてよ」

 「ありがとうございます。今困っているのはお金の事なので、お金をいただけると嬉しいのですが」

 「それは……」

 そんなことをサラッと言ってしまうモッカに不安が募るハレオ。



 「はぁ、きっともうこんな美味しいゴーヤチャンプルーもしばらく食べられないのですね、噂では業務スーパーなる場所に行けば食べ物には困らないと聞きましたが、私の口に合うか不安ですし、誘拐がダメならお金を恵んでくれそうな方を見つけて付いて行くしかないのでしょうか、それとも、電柱に貼ってあった短時間で稼げるお仕事とやらに電話してみればいいのかしら、なんだか色々考えると、ちょっと楽しくなってきましたわ」

 「ちょっとモッカさん?」

 危険な妄想を膨らますモッカに気が気でないハレオ、外のセバスチャンも慌てふためいている。



 「ごちそうさまでした。空腹も満たされましたし、再建活動を再開いたいと思います。とりあえずハローワークという場所に行ってみるとしましょうか。ハレオさん、お世話になりました。またご縁があればどこかで」

 「ちょっと待って、お会計済ませて来るから、その後色々教えたいことあるから」

 「しつこいですね、ここはご馳走になりますが、その後は自分でなんとかします」

 「分かったから、ちょっと待ってて」

 ハレオは、代金を支払う為おばちゃんの所へ走った。



 「お会計お願いします。全ての電子決済可能です」

 「うちは現金のみだよ」

 「えっ……」

 おばちゃんの言葉に、慌ててポケットをまさぐるハレオ。



 「急いで家を出たから現金持ってないです。というか今時現金オンリーって……」

 「なんだい、金も持ってないのに飯食らって、あげくイチャモン付けるってのかい」

 「いや、お金はいくらでも持ってるんですけど」

 「かぁ~最近の無銭飲食の常套手段だね、電子マネーとかいう訳の分からないモンは信じないからね、信じられるのは現ナマだけ、さぁさっさと出しな」

 「うっ……」

 「どうかされたんですか?」

 まくしたてるおばちゃんに動揺するハレオをモッカは不思議そうに眺めている。



 「すぐに家にお金を取りに行って、必ず戻ってきますので、待っててもらえますか?」

 「はぁ?冗談じゃないよ信じられるかい、格好つけてないで、そっちの彼女さんに立て替えてもらいなさいよ」

 「ハレオさん、お金持ってないんですか?」

 「いや、お金はいっぱい持ってるんだけど、今は現金が……」

 「すみません、私も無一文でございまして」

 動揺するハレオを見て、モッカも深々と頭を下げる。



 「あんたらねぇ、世の中舐めてちゃ臭い飯食らうことになるよ?働かざる者食うべからず、とりあえず信用ならないから皿洗いでもしてもらおうかね」

 「皿洗いって……」

 なんだか古臭い展開に苦笑いでしか返せないハレオ。

 「やらせて頂きます」

 モッカは新鮮な体験に胸を躍らせた。



 コツンッ。

 「痛っ」

 呆けるハレオの頭に何かが当たり床に落ちた。

 「なんだコレ」

 拾ってみると、紙で作られた手裏剣だった。

 「……お札?」

 紙をよく見ると、野口英世がニッコリと微笑んでいる。

 ハレオは紙を破かない様にゆっくりと手裏剣を解体すると、2枚の千円札と小さなメモが出てきた。



 “助太刀致す故、晴間邸宅の情報を詳しく教えたし”



 ハレオが振り返り、外の電柱を見ると、セバスチャンが親指を立てていた。
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