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最果ての森・成長編
110. お料理教室
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ジルに教わりながら、それぞれ野菜を切っていく。僕はニンジン、ファムはタマネギ、テムはトマト担当だ。
そうだろうなとは思っていたが、ジルの教え方は、あれこれ言葉で説明するよりも、ジルが最初にお手本を見せるというやり方だ。
野菜を切るくらいの単純な作業であれば、ものすごく分かりやすい。でも、これが難しい魔法を教えてもらう場合になったときには、こうも簡単にはいかないだろう。そのときは、ライに助けてもらうことにしよう。
「ファム、そこの空気がウィルの方へ行かないよう気をつけてくれ」
「はーい!」
「テム、形は気にしなくて···その調子だ」
「おう!これ、けっこー面白いぜ!」
「ウィルは···上手だな」
「むふふ」
ジルが僕たちの様子を見ながらそれぞれに声をかけてくれる。
ファムはタマネギをみじん切りしながら、手元の空気が僕を避けて流れるように風を操るという芸当をやってのけている。おかげで涙が出る心配はまったくない。
テムはトマトを自由に切っていて、楽しそうだ。
僕はニンジンをみじん切りにしている。ジルがお手本を見せてくれたから、その大きさになるようウィンドカッターで刻む。ジルに褒められたのが嬉しくて、ついニヤけてしまった。
僕たちが野菜を切っている間、ジルはこちらを気にしながらもテキパキと作業を進めていた。
まずジルは、マジックバッグから大きな大きな鍋をドーンと出した。
あまりの大きさに、みんなの注目が集まる。
「あはは!それ大きいねー!何が入ってるのー?」
「これは、米だ」
ジルがそう言いながら中身を見せてくれた。
巨大鍋の中には、ジルの言う通り、たくさんのお米が入っている。しかも、水に浸かっている···?
「あらかじめ浸水させた状態でマジックバッグに収納すれば、すぐに使えるからな」
な、なるほど···!
お米の浸水時間って、地味に待ち遠しいんだよね。その間の時間を上手く使えたらいいんだけど、慣れないとお米が炊き上がるだいぶ前におかずが出来上がってしまうときが結構ある。
でもこれだと、そんなことはなさそうだ!早く炊き上がっても、保温しておけばいいからね!
マジックバッグがあるからこそできる技に、感動する。魔法って、すごい···!
ジルは巨大鍋の中から別の鍋にお米を少し移す。···いや、相対的に少しに見えたけど、これが今日の夕食分だとしたら結構たくさんあるような気がする。···いやいや、うちは大食漢が多いから、やっぱりこれくらい多くてちょうどいいのかもしれない。
それからジルはマジックバッグからトウモロコシを取り出した。
皮などを取って、器用に実を切り落としている。そして切り落とした実と、それからトウモロコシの芯も一緒にお米の入った鍋に入れて、火を付けた。
それは、もしや、トウモロコシご飯では···!?
出来上がりの味を想像し、よだれが出そうになる。
···おっと、どうやらすでに出ていたようだ。すかさずティアが、「ワレの出番なのだ!」とクリーンをかけて綺麗にしてくれた。
「次は野菜を炒める」
みんな野菜を切り終わったら、ジルがみじん切りのニンジンとタマネギをフライパンに入れて炒め始めた。
「テム、これを使って混ぜながらしばらく炒めてくれ」
「おう!任せとけ!」
ジルが木べらをテムに渡した。テムはそれを両手で持って、羽を上手に使いながら体を動かし混ぜている。
「ぼくはー?次はなにをしたらいいのー?」
「そうだな···。ファム、次はこれを細かく刻んでくれ」
そう言ってジルが取り出したのは、黄色っぽい丸い豆。もしかして、大豆だろうか。転がる音が軽いから、すでに炒ってあるのだろう。
「細かくって、どれくらいー?」
そう聞いたファムに、ジルがお手本を見せる。
まずは大豆を一掴み手に乗せる。そして一言呟いた。
「『トルネードエッジ』」
するとジルの手のひらにあった大豆が少し浮きながらぐるぐると回転し、なぜかどんどん細かくなっていく。
どうなっているのだろうと思って魔力感知をしてみると、手のひらの上で魔力が竜巻のような形を作りながら回転している。さらによく見てみると、竜巻の中にいくつもの小さくて薄い魔力の塊がある。
しばらく見ていると、大豆はサラサラの粉へと大変身を遂げた。
この魔法って、おそらく風属性で、小さなウィンドカッターみたいなものをたくさん作って竜巻みたいに回転させているのだろう。そしてその中にあるものを、それこそ粉状になるほど細かく刻むことを可能としているのだと思う。まさに、魔法版・フードプロセッサーだ。
「あはははは!この魔法を料理に使っちゃうなんて!ライにも見てほしかったなー!」
ファムがなにやらテンション高めでポヨポヨしている。
ファムの様子から察するに、本来ならこのトルネードエッジという魔法は、料理に使うようなものではないのだろう。まだライに教わっていないから、中級魔法か、もしかしたら上級魔法かもしれない。
それなら、ライに見てほしかったというファムの言葉には頷ける。きっと、「ふふふ···」と乾いた笑みを見せてくれることだろう。
「こんなに小さい範囲ではやったことないけど、頑張ってみるねー!」
そう言ってファムは、元気よく魔法名を唱えた。
「『トルネードエッジ』!」
魔法の発動と同時にまな板の上の大豆が風に吹かれて浮かび、ゆっくりと回転し始める。円周は、ジルの竜巻よりかなり大きめだ。徐々に回転速度が速くなり、パシッ、パシッと音を出しながら大豆が刻まれていく。
「うーん、もうちょっと小さくしたいなー」
中級、もしくは上級魔法の規模を一発でここまで抑えられたのは十分すごいと思うのだが、ファムは満足していないようで、「うーん、こうしたらいいのかなー?えーい!」と言いながら調整を加えている。
すると、そう時間が経たないうちに、少しずつ竜巻が縮小し始めた。
「こんな感じー?ジル、どうかなー?」
「上出来だ」
「あはは!わーい!」
さすがファム。器用さはピカイチだ。
というか、この魔法をファムに任せたジルは、ファムが成功させることを完全に信じていたということだ。···それってなんだか、すごく素敵だ。
「楽しそうだなファム!今度オレもやってみたいぜ!」
テムが木べらをしっかり持って野菜を炒めながらも、その視線は細かくなっていく大豆に固定されている。
「次回はテムに頼む」
「やったぜ!」
よほど楽しみなのか、テムが「うおー!」と言いながら、羽ばたき多めで野菜を混ぜている。
きっとテムも、持ち前のセンスで上手いことやってのけるだろう。
「ウィル、今度はこれを頼めるか?大きさは先ほどの野菜くらいだ」
ジルがそう言いながら僕の目の前に置いたのは、大きな肉塊。前世でもこのサイズのお肉はなかなかお目にかかったことがない。色はピンクっぽくて、鶏肉に近い感じだ。
「ジル、これは何の肉なのだ?色はハーピィに近いが···。あやつらはもっと小さいし、···あまり美味くないのだ」
ティアがスンスンとお肉の匂いを嗅ぎながらジルに訊ねた。
「これはコカトリスだ」
「···コ、コカトリス!?」
ジルの答えに、ティアが素っ頓狂な声をあげる。
コカトリスって確か、鶏に蛇の尻尾が合わさったような魔物だっけ?魔物図鑑の情報では、結構強い魔物だったような···。
「ワレは前世でコカトリスと死闘を繰り広げた記憶があるのだ···。そのときはかろうじてワレが勝利したが、怪我を負ったのですぐに縄張りへ帰り、養生することになったのだ。そのような魔物と、このような形で再び相まみえるとは···」
そんなことがあったのか。
相手はもうお肉になってしまっているが。
コカトリスという強い魔物のお肉を、なんてことないように出したジル。
···もしかして、今まで美味しい美味しいと食べていたお肉も、もとは強い魔物だったのだろうか。ものすごーく気になるが、聞くのはちょっと怖い。
僕はなんとなくおっかなびっくりしながら大きなお肉を挽き肉に変えていく。
ティアが僕の作業をじっと見ながら呟いた。
「そこそこ強いはずの魔物が、ただの食材として目の前に出されると、複雑な気分になるのだ···」
それには同感だ。
でも、きっとジルにとってはそうでもないんだろうなと思う。ジルが強すぎて、そこそこ強いくらいでは『弱い』に分類されてしまうのだろう。
僕がジルの感覚に近づける日が来るのかは分からないが、来たとしても、食材としてありがたくいただくという気持ちは持っていたいと思う。
「テム、野菜はそれくらいでいいだろう。火を消してくれ」
「おう!」
テムは野菜を炒め終わったようだ。
ジルがフライパンの野菜を、半分ほど残して鍋に移した。
「ん?ジル、この残った野菜はどうすんだ?」
「···ああ、それはあとで肉と混ぜる」
ほうほう。
ミンチ肉とみじん切りの野菜を混ぜるということは、ハンバーグを作るのだろうか。今はお肉と混ぜる前に、野菜の粗熱を取っているのかもしれない。
僕がそう考えている間にも、ジルはテキパキと動く。
今は、野菜を入れた鍋にテムが切ったトマトを投入している。
「あとは、これで煮込む」
そう言ってジルがマジックバッグから取り出したのは、澄んだ琥珀色のスープ。
「コカトリスや他の魔物と、野菜も一緒に煮込んで作った」
多分これって、前世で言うところのコンソメスープだ。アクが出るからこまめに取らないとしけないし、澄んだ色にするのは難しいと聞いたことがある。
これまでの食事で何度か出てきたけど、それはそれは美味しかった。手間をかけて作ってくれたと思うと、なおさらだ。
よく炒めたタマネギとニンジン、それからトマト。そこにコンソメスープ。もうね、美味しい予感しかしない。
「···そろそろ混ぜるか」
スープの鍋を火にかけたあと、ジルが大きなボウルを取り出した。
「テム、このボウルに肉を入れてくれ」
「おう!任せとけ!」
テムが返事をしたと思ったら、僕の目の前にあったミンチ肉が消え、次の瞬間にはボウルの中に入っていた。
一瞬の出来事でちょっと混乱してしまったが、テムは空間魔法のスペシャリストだ。いったんミンチ肉を空間収納して、ボウルの中に取り出したのだろう。
難しい魔法を軽くやっちゃうテムは、すごく格好いい。
そこにジルは、卵を割り入れ、フライパンに残しておいた野菜を加えた。それからなんと、ファムによって粉々になった大豆、つまりきな粉も入れている。
「これを混ぜるんだが···」
「オレ!オレがやるぜ!」
テムが腕をぴーんと伸ばし、やる気をアピールしている。
「これは刻む必要はないからな。全体が均一になるよう混ぜてくれ」
「刻まないのかー。ま、混ぜるのも楽しそうだぜ!」
テムはちょっと残念そうだったが、ジルの言う通りに混ぜている。
「それくらいでいいだろう。次は成形だ」
ジルがよく混ざったタネを少し手に取って丸く形を整え、中央を少し凹ませた。ハンバーグというよりミートボールくらいの大きさだが、僕にとってはこれくらいが食べやすいからありがたい。
「面白そうだねー!ぼくもやっていいー?」
「ああ、助かる」
ファムが体をポヨポヨさせながら、器用にタネを丸めていく。
テムと僕も参加し、たくさんあると思っていたタネはあっという間に成形されていった。多少大きさが不揃いなのは、ご愛嬌だ。
最後は、ベタベタになったみんなの手を、ティアが綺麗にしてくれた。
「肉を焼く」
ジルがシンプルにそう言って、ハンバーグを焼き始めた。ジュー、パチパチ、と幸せの音が聞こえる。小さいから、火の通りも早そうだ。
これで作業は終わりかなと思っていたら、ジルが卵を溶き始めた。
何に使うのだろうと思ったら、スープをひと混ぜし、そこに溶き卵を流し込んだ。
スープをクルッとかき混ぜたことで流れが発生し、それに沿うように溶き卵もクルクルと螺旋を描く。そしてスープの熱によって卵がふんわりふわふわに仕上がっていく。
「う、美味そうなのだ···!」
卵を入れただけなのに、スープの存在感がぐんと増す。そしてほのかなコンソメ香りに、ゴクリと喉が鳴った。
「···そろそろ焼けたはずだ」
ジルが最後蒸し焼きにしていたハンバーグのフライパンから蓋を外した。するとお肉の焼けたいい匂いがぶわっと広がる。それになんだか香ばしい香りもする。思わず身を乗り出してスーッと空気を肺へ送り込んだ。
「···フッ。米も、炊けているぞ」
香りを吸い込みたくていつの間にか無言になっていた僕たちを見て、ジルが笑う。
次にジルが蓋を開けたのは、トウモロコシご飯の鍋だ。
ふわり、と優しくて甘い香りが僕たちに届く。
ジルがお米を潰さないように、優しく混ぜている。
「さて、運ぶか」
早く食べたいという欲求がみんなの気持ちを一つにし、見事なチームワークで食器に盛り付けた料理をリビングへ運ぶ。
運び終わってテーブルの上に並ぶ料理をみんなでソワソワしながら見ていると、最後にジルがサラダの入った大皿をコトリと置いた。僕たちが盛り付けている間に手早く作ったものだ。
「待たせたな。食べよう」
ジルの一声で、みんな歓声をあげて食べ始めた。
そうだろうなとは思っていたが、ジルの教え方は、あれこれ言葉で説明するよりも、ジルが最初にお手本を見せるというやり方だ。
野菜を切るくらいの単純な作業であれば、ものすごく分かりやすい。でも、これが難しい魔法を教えてもらう場合になったときには、こうも簡単にはいかないだろう。そのときは、ライに助けてもらうことにしよう。
「ファム、そこの空気がウィルの方へ行かないよう気をつけてくれ」
「はーい!」
「テム、形は気にしなくて···その調子だ」
「おう!これ、けっこー面白いぜ!」
「ウィルは···上手だな」
「むふふ」
ジルが僕たちの様子を見ながらそれぞれに声をかけてくれる。
ファムはタマネギをみじん切りしながら、手元の空気が僕を避けて流れるように風を操るという芸当をやってのけている。おかげで涙が出る心配はまったくない。
テムはトマトを自由に切っていて、楽しそうだ。
僕はニンジンをみじん切りにしている。ジルがお手本を見せてくれたから、その大きさになるようウィンドカッターで刻む。ジルに褒められたのが嬉しくて、ついニヤけてしまった。
僕たちが野菜を切っている間、ジルはこちらを気にしながらもテキパキと作業を進めていた。
まずジルは、マジックバッグから大きな大きな鍋をドーンと出した。
あまりの大きさに、みんなの注目が集まる。
「あはは!それ大きいねー!何が入ってるのー?」
「これは、米だ」
ジルがそう言いながら中身を見せてくれた。
巨大鍋の中には、ジルの言う通り、たくさんのお米が入っている。しかも、水に浸かっている···?
「あらかじめ浸水させた状態でマジックバッグに収納すれば、すぐに使えるからな」
な、なるほど···!
お米の浸水時間って、地味に待ち遠しいんだよね。その間の時間を上手く使えたらいいんだけど、慣れないとお米が炊き上がるだいぶ前におかずが出来上がってしまうときが結構ある。
でもこれだと、そんなことはなさそうだ!早く炊き上がっても、保温しておけばいいからね!
マジックバッグがあるからこそできる技に、感動する。魔法って、すごい···!
ジルは巨大鍋の中から別の鍋にお米を少し移す。···いや、相対的に少しに見えたけど、これが今日の夕食分だとしたら結構たくさんあるような気がする。···いやいや、うちは大食漢が多いから、やっぱりこれくらい多くてちょうどいいのかもしれない。
それからジルはマジックバッグからトウモロコシを取り出した。
皮などを取って、器用に実を切り落としている。そして切り落とした実と、それからトウモロコシの芯も一緒にお米の入った鍋に入れて、火を付けた。
それは、もしや、トウモロコシご飯では···!?
出来上がりの味を想像し、よだれが出そうになる。
···おっと、どうやらすでに出ていたようだ。すかさずティアが、「ワレの出番なのだ!」とクリーンをかけて綺麗にしてくれた。
「次は野菜を炒める」
みんな野菜を切り終わったら、ジルがみじん切りのニンジンとタマネギをフライパンに入れて炒め始めた。
「テム、これを使って混ぜながらしばらく炒めてくれ」
「おう!任せとけ!」
ジルが木べらをテムに渡した。テムはそれを両手で持って、羽を上手に使いながら体を動かし混ぜている。
「ぼくはー?次はなにをしたらいいのー?」
「そうだな···。ファム、次はこれを細かく刻んでくれ」
そう言ってジルが取り出したのは、黄色っぽい丸い豆。もしかして、大豆だろうか。転がる音が軽いから、すでに炒ってあるのだろう。
「細かくって、どれくらいー?」
そう聞いたファムに、ジルがお手本を見せる。
まずは大豆を一掴み手に乗せる。そして一言呟いた。
「『トルネードエッジ』」
するとジルの手のひらにあった大豆が少し浮きながらぐるぐると回転し、なぜかどんどん細かくなっていく。
どうなっているのだろうと思って魔力感知をしてみると、手のひらの上で魔力が竜巻のような形を作りながら回転している。さらによく見てみると、竜巻の中にいくつもの小さくて薄い魔力の塊がある。
しばらく見ていると、大豆はサラサラの粉へと大変身を遂げた。
この魔法って、おそらく風属性で、小さなウィンドカッターみたいなものをたくさん作って竜巻みたいに回転させているのだろう。そしてその中にあるものを、それこそ粉状になるほど細かく刻むことを可能としているのだと思う。まさに、魔法版・フードプロセッサーだ。
「あはははは!この魔法を料理に使っちゃうなんて!ライにも見てほしかったなー!」
ファムがなにやらテンション高めでポヨポヨしている。
ファムの様子から察するに、本来ならこのトルネードエッジという魔法は、料理に使うようなものではないのだろう。まだライに教わっていないから、中級魔法か、もしかしたら上級魔法かもしれない。
それなら、ライに見てほしかったというファムの言葉には頷ける。きっと、「ふふふ···」と乾いた笑みを見せてくれることだろう。
「こんなに小さい範囲ではやったことないけど、頑張ってみるねー!」
そう言ってファムは、元気よく魔法名を唱えた。
「『トルネードエッジ』!」
魔法の発動と同時にまな板の上の大豆が風に吹かれて浮かび、ゆっくりと回転し始める。円周は、ジルの竜巻よりかなり大きめだ。徐々に回転速度が速くなり、パシッ、パシッと音を出しながら大豆が刻まれていく。
「うーん、もうちょっと小さくしたいなー」
中級、もしくは上級魔法の規模を一発でここまで抑えられたのは十分すごいと思うのだが、ファムは満足していないようで、「うーん、こうしたらいいのかなー?えーい!」と言いながら調整を加えている。
すると、そう時間が経たないうちに、少しずつ竜巻が縮小し始めた。
「こんな感じー?ジル、どうかなー?」
「上出来だ」
「あはは!わーい!」
さすがファム。器用さはピカイチだ。
というか、この魔法をファムに任せたジルは、ファムが成功させることを完全に信じていたということだ。···それってなんだか、すごく素敵だ。
「楽しそうだなファム!今度オレもやってみたいぜ!」
テムが木べらをしっかり持って野菜を炒めながらも、その視線は細かくなっていく大豆に固定されている。
「次回はテムに頼む」
「やったぜ!」
よほど楽しみなのか、テムが「うおー!」と言いながら、羽ばたき多めで野菜を混ぜている。
きっとテムも、持ち前のセンスで上手いことやってのけるだろう。
「ウィル、今度はこれを頼めるか?大きさは先ほどの野菜くらいだ」
ジルがそう言いながら僕の目の前に置いたのは、大きな肉塊。前世でもこのサイズのお肉はなかなかお目にかかったことがない。色はピンクっぽくて、鶏肉に近い感じだ。
「ジル、これは何の肉なのだ?色はハーピィに近いが···。あやつらはもっと小さいし、···あまり美味くないのだ」
ティアがスンスンとお肉の匂いを嗅ぎながらジルに訊ねた。
「これはコカトリスだ」
「···コ、コカトリス!?」
ジルの答えに、ティアが素っ頓狂な声をあげる。
コカトリスって確か、鶏に蛇の尻尾が合わさったような魔物だっけ?魔物図鑑の情報では、結構強い魔物だったような···。
「ワレは前世でコカトリスと死闘を繰り広げた記憶があるのだ···。そのときはかろうじてワレが勝利したが、怪我を負ったのですぐに縄張りへ帰り、養生することになったのだ。そのような魔物と、このような形で再び相まみえるとは···」
そんなことがあったのか。
相手はもうお肉になってしまっているが。
コカトリスという強い魔物のお肉を、なんてことないように出したジル。
···もしかして、今まで美味しい美味しいと食べていたお肉も、もとは強い魔物だったのだろうか。ものすごーく気になるが、聞くのはちょっと怖い。
僕はなんとなくおっかなびっくりしながら大きなお肉を挽き肉に変えていく。
ティアが僕の作業をじっと見ながら呟いた。
「そこそこ強いはずの魔物が、ただの食材として目の前に出されると、複雑な気分になるのだ···」
それには同感だ。
でも、きっとジルにとってはそうでもないんだろうなと思う。ジルが強すぎて、そこそこ強いくらいでは『弱い』に分類されてしまうのだろう。
僕がジルの感覚に近づける日が来るのかは分からないが、来たとしても、食材としてありがたくいただくという気持ちは持っていたいと思う。
「テム、野菜はそれくらいでいいだろう。火を消してくれ」
「おう!」
テムは野菜を炒め終わったようだ。
ジルがフライパンの野菜を、半分ほど残して鍋に移した。
「ん?ジル、この残った野菜はどうすんだ?」
「···ああ、それはあとで肉と混ぜる」
ほうほう。
ミンチ肉とみじん切りの野菜を混ぜるということは、ハンバーグを作るのだろうか。今はお肉と混ぜる前に、野菜の粗熱を取っているのかもしれない。
僕がそう考えている間にも、ジルはテキパキと動く。
今は、野菜を入れた鍋にテムが切ったトマトを投入している。
「あとは、これで煮込む」
そう言ってジルがマジックバッグから取り出したのは、澄んだ琥珀色のスープ。
「コカトリスや他の魔物と、野菜も一緒に煮込んで作った」
多分これって、前世で言うところのコンソメスープだ。アクが出るからこまめに取らないとしけないし、澄んだ色にするのは難しいと聞いたことがある。
これまでの食事で何度か出てきたけど、それはそれは美味しかった。手間をかけて作ってくれたと思うと、なおさらだ。
よく炒めたタマネギとニンジン、それからトマト。そこにコンソメスープ。もうね、美味しい予感しかしない。
「···そろそろ混ぜるか」
スープの鍋を火にかけたあと、ジルが大きなボウルを取り出した。
「テム、このボウルに肉を入れてくれ」
「おう!任せとけ!」
テムが返事をしたと思ったら、僕の目の前にあったミンチ肉が消え、次の瞬間にはボウルの中に入っていた。
一瞬の出来事でちょっと混乱してしまったが、テムは空間魔法のスペシャリストだ。いったんミンチ肉を空間収納して、ボウルの中に取り出したのだろう。
難しい魔法を軽くやっちゃうテムは、すごく格好いい。
そこにジルは、卵を割り入れ、フライパンに残しておいた野菜を加えた。それからなんと、ファムによって粉々になった大豆、つまりきな粉も入れている。
「これを混ぜるんだが···」
「オレ!オレがやるぜ!」
テムが腕をぴーんと伸ばし、やる気をアピールしている。
「これは刻む必要はないからな。全体が均一になるよう混ぜてくれ」
「刻まないのかー。ま、混ぜるのも楽しそうだぜ!」
テムはちょっと残念そうだったが、ジルの言う通りに混ぜている。
「それくらいでいいだろう。次は成形だ」
ジルがよく混ざったタネを少し手に取って丸く形を整え、中央を少し凹ませた。ハンバーグというよりミートボールくらいの大きさだが、僕にとってはこれくらいが食べやすいからありがたい。
「面白そうだねー!ぼくもやっていいー?」
「ああ、助かる」
ファムが体をポヨポヨさせながら、器用にタネを丸めていく。
テムと僕も参加し、たくさんあると思っていたタネはあっという間に成形されていった。多少大きさが不揃いなのは、ご愛嬌だ。
最後は、ベタベタになったみんなの手を、ティアが綺麗にしてくれた。
「肉を焼く」
ジルがシンプルにそう言って、ハンバーグを焼き始めた。ジュー、パチパチ、と幸せの音が聞こえる。小さいから、火の通りも早そうだ。
これで作業は終わりかなと思っていたら、ジルが卵を溶き始めた。
何に使うのだろうと思ったら、スープをひと混ぜし、そこに溶き卵を流し込んだ。
スープをクルッとかき混ぜたことで流れが発生し、それに沿うように溶き卵もクルクルと螺旋を描く。そしてスープの熱によって卵がふんわりふわふわに仕上がっていく。
「う、美味そうなのだ···!」
卵を入れただけなのに、スープの存在感がぐんと増す。そしてほのかなコンソメ香りに、ゴクリと喉が鳴った。
「···そろそろ焼けたはずだ」
ジルが最後蒸し焼きにしていたハンバーグのフライパンから蓋を外した。するとお肉の焼けたいい匂いがぶわっと広がる。それになんだか香ばしい香りもする。思わず身を乗り出してスーッと空気を肺へ送り込んだ。
「···フッ。米も、炊けているぞ」
香りを吸い込みたくていつの間にか無言になっていた僕たちを見て、ジルが笑う。
次にジルが蓋を開けたのは、トウモロコシご飯の鍋だ。
ふわり、と優しくて甘い香りが僕たちに届く。
ジルがお米を潰さないように、優しく混ぜている。
「さて、運ぶか」
早く食べたいという欲求がみんなの気持ちを一つにし、見事なチームワークで食器に盛り付けた料理をリビングへ運ぶ。
運び終わってテーブルの上に並ぶ料理をみんなでソワソワしながら見ていると、最後にジルがサラダの入った大皿をコトリと置いた。僕たちが盛り付けている間に手早く作ったものだ。
「待たせたな。食べよう」
ジルの一声で、みんな歓声をあげて食べ始めた。
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