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最果ての森・成長編

108. 全部と最後の違い

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「ウィル君に関する噂については、私が処理をするとして···。おそらく森の異変の原因はアーダンとセラさんだと思うけど、念の為、他に異常はないか調べようと思っているんだ。現状がどんな様子かも見ておきたいしね」

 さすがライ。原因を突き止めて終わるのではなく、他に異常がないことまで確認されたら、こんなに安心することはないだろう。
 こんなふうに真面目にきっちり仕事をしてくれるところも、すぐライに調査の依頼が来る理由の一つなんだろうなあと思う。

 というか、『対処』じゃなくて『処理』と言ったことについては、あえて触れないようにしておこう。
 
「だから最短でも、そうだなあ···5日はかかるかな?その間は、ウィル君とティアに魔法を教えられそうにないんだ」

 ライが「ごめんね」と申し訳なさそうに言う。

「ワレはそもそも魔法を教えてもらえるだけでもありがたいのだ。ライの仕事を手伝うことはできないが、応援するのだ!」

「ぼくも、おーえんする!らい、がんばってー!」

「ふふ、二人とも、ありがとう」

 ライが微笑んで僕の頭を撫でる。
 ちなみにティアは、ライの腕の中にスポッと収まっている。完全にフィットしていて、居心地が良さそうだ。

「ライ、オレが手伝うぜ?」

「ぼくもー!」

「テム、ファム、ありがとう。そんなに難しい仕事ではなさそうだから、大丈夫だよ」

 ライのことだから、別に強がってそう言っているのではなく、本当に難しくない仕事なのだろう。···ライにとっては。

 でも、この森ってかなり広いよね?
 以前ジルに抱えられて上空から見たときに、森の果てが見えなかった記憶がある。
 たった5日で、それほど広大な森全体の様子が分かるものなのだろうか。
 ···はっ!もしかして、またファム特製のポーションを使って徹夜する気では···?

「らい、ちゃんとやすむ?」

「うん?···ああ、大丈夫だよ!ウィル君に言われてからは、きちんと睡眠時間を確保するようにしているんだ。前回の森の調査は3日で終わらせたんだけどね、今回はちゃんと休憩もするよ!」

 ···つまり、前回は3日間、睡眠どころか休憩もせずにぶっ通しで調査してたってこと?
 オーバーワークは、極めるものでは、決してない。

「···これからは、ちゃんとやすむなら、いい」

 ライに小一時間ほど説教をしたい気分だが、過ぎたことはもうしょうがない。ライが元気で本当に良かった。
 これからも元気でいてもらいたいから、くれぐれも無理はしないでほしい。

「ふふ、ウィル君、心配してくれてありがとうね。···さて、早く仕事を終わらせるためにも、そろそろ行かないとね」

 ライが名残惜しそうにティアを降ろす。

「それじゃあ、調査が終わったらまた来るよ。みんな、またね」

「ライ、ちょっと待て」

 席を立とうとしたライを、ジルが呼び止めた。
 どうしたのだろうか。

「どうかしたのかい、ジル?」

「いや···気にすることではないかもしれないが、異常と聞いて思い出したことがある。昨日アーダンが別れ際に念話で言っていたんだが···」

 ジルは、そのときのことを思い出す。


『ジル!言い忘れてたんだが、ここに来る前にリーナの所にチラッと寄ったぞ』

『そうか』

『おいおい、もうちっとは興味を持てよなあ。リーナのやつ、すんげー忙しそうだったぞ。人材の育成がどうとか、吸魔石の値上がりがどうとか、ジルは元気かとか、色々言ってたぞ。まあ、俺様も興味ねえけどな!』 

『···そうか』

『ハァーッ。とりあえず、情報は提供したからな。ジルの菓子を食った詫びにしといてくれや』

『···いや、俺は気にしていないが』

『あんたねえ、こんな情報がお詫びになるわけないでしょう!もっとマシなものはないの?』

『おわっ!セラ、なんで念話に入ってきてんだ!?お前には届けてねえぞ!?』

『馬鹿ねえ、そんなの簡単よ!···あ、あーたん、はね、魔力操作が雑なのよ。ふんっ、聞かれたくないなら、もっと丁寧にやりなさいよ!』

『聞かれたくないとは言ってねえぞ。ただ、なんつーか、そんな器用なことができんなら、ジルみたいに料理とかも···イッテー!』

『あら、なにか言ったかしら、アーダン?』

『ジ、ジル!俺様の後頭部がヤバい!···イッテー!』

『···そうか』

『おいこらジル!もっと興味を···』

 ここで、アーダンからの念話は途絶えた。



「ソルツァンテで吸魔石が値上がりしているらしい。ブラムス王国でもそうなのか?」

 吸魔石とは、魔力を吸収する性質を持った石のことだ。体内魔力が多くて制御できないときなどに握ると、吸魔石が体内の魔力を吸収してくれる。

 僕も一度使ったことがある。マンティコア···つまり、前世のティアを倒してしまったときに急激にレベルが上がり、それに伴い体内魔力がグンと増えて、制御できなかったのだ。ライが急いで吸魔石を握らせてくれたから、事なきを得た。

 あのときのことを思い出し、ぎゅっとティアを抱きしめる。
 ティアは「ご主人···?」と不思議そうにしていたが、抱きしめられたままじっとしていてくれた。

「うーん、まだそんな話は聞いていないけど···。気に留めておくよ。情報ありがとう」

「あのときは何も思わなかったが、ふと気になってな。···もしかしたら俺の気にしすぎかもしれん」

「ふふ、そうだとしても、情報はありがたいよ。···あ、今日のお菓子の件も、ありがとう。ふふ、自分でも驚くくらい取り乱してしまったよ」

 少し恥ずかしそうにライが笑う。

「ああ、気持ちは分からないでもない」 

「ふふ、そう言ってもらえるとありがたいよ。あれで全部だったんだよね?私のために残しておいてくれて、本当に嬉しいよ」

 ライがそう言うと、ジルが少し言いにくそうに答えた。

「いや···全部ではないが···。最後だ」

「うん?それはどういう···ああ、なるほどね。ふふ、ジルも相当親バカだねえ。まあ私も、その気持ちは分からないでもないよ」

 ジルの言葉の意味を理解したライが、ニヤニヤしながらジルをからかう。

「う、うるさい」

 少し赤くなっている僕の父親が可愛すぎる。

「あはは!ジルはやっぱりかわいいねー!」

 やはりというか、ファムがこんな美味しいシーンを見逃すわけがない。待ってましたと言わんばかりに、ジルをからかっている。

「んん?全部じゃないけど最後?どういう意味だ?」

 首を傾げるテムに、ファムがコソコソと教えている。

「···ほうほう。そういうことか!ブハハ!ジル、やるな!お前、カッコいいぜ!」

「···」

 テムが若干涙目になりながら笑い、ジルの顔の赤みが増す。

 そう。ジルのマジックバッグには、僕がジルと一緒に作ったコロコロがまだ残っているのだ。いつか食べるためではなく、大事な思い出として。
 時間経過がほぼないからできることなのだろうが、これを親バカと言わずになんと言おうか。

「···そのうち、食べる」
 
 ジルの言葉に、その場にいた全員がこう思った。
 果たしてジルの言う『そのうち』は何年後、いや、何十年後になるのだろうか。というか、『そのうち』が訪れる日は来るのだろうか。


 まったく説得力のないジルの言葉にライは思わず笑ってしまう。
 ここ最近で様々な表情を見せるようになった愛すべき親友だが、こんなに変わったのは、目の前にいる小さな男の子のおかげだ。

 この子はよく「しあわしぇ~」と言うが、幸せをもらっているのは自分たちの方だと思う。

 この子が来てから、毎日が楽しい。この子が些細なことにも幸せを感じてくれるから、私もそれを幸せだと感じられる。何気ない日常をこんなに素敵な日々に変えてくれたこの子には、本当に感謝しかない。
 そう思えるということは、私も、この子と出会って変わったのだろう。

 これからも、この子は色々な人と出会い、影響を与えていくだろう。···本人にその自覚はないだろうけど。まあ、それもこの子の面白いところだ。
 
「ふふ、ウィル君は本当に可愛いね」

 ティアにガシッと抱きついているウィルを見ながら、ライは微笑む。
 ···もしかして、ティアを持ち上げようとしているのだろうか。プルプルしながら頑張っているが、出会った頃より一回り、いや二回りほど大きくなったティアを持ち上げるのは難しいだろう。

「そうだな」

 ここで即答するジルを、微笑ましく思う。ジルに親バカを隠す気はないらしい。
 ウィルはウィルで、ジルの肯定が聞こえたのだろう。ニマニマしながらティアに顔を押し付けている。どうやらティアを持ち上げるのは早々に諦めたらしい。

「ふふ、君たち親子は本当に面白いね。···それじゃあ、今度こそ出発するよ」

「ああ、またな」

「ライ、またねー!いつでも手伝うからねー!」

「オレもだぜ!」

「らい、がんばってー!」

「ライの帰りを楽しみに待っているのだ!」

 みんなに見送られ、森へ入る。
 鬱蒼と木々が生い茂るこの場所でも、ライの気分は爽快だ。

 調査が終わったら、次はどの魔法を教えようか。今度はどんなことをして驚かせてくれるのだろうか。どんなことに、幸せを感じてくれるだろうか。

 そんなことを考えながら、ライは森の調査を開始した。
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