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最果ての森・成長編

105. もう一人の乙女

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「こら!待ちなさい!」

 逃げ回るアーダンと、追いかけるセラ姉。
 既視感があるというか、ほんの数分前に見た光景だ。

「あんた、リーナみたいな子が好きなわけ!?」

「んなことは一言も言ってねーだろ!」

「ふんっ!でも残念ね、リーナの心はずーっと前から決まってるのよ!」

「だーかーらー、んなこと言ってねーって!!」

 二人は、池の周りをものすごいスピードで駆け回っている。

「···帰るか」

 ジルが僕とティアにそう声をかけた。
 僕にとっては、アーダンとセラ姉の言い合い···じゃれ合い(?)は初めて見るもので新鮮だが、ジルにとってはきっと珍しいものでもなんでもないのだろう。

 ジルが荷物を片付け、帰る準備を始めた。

 どうやらセラ姉にジルのことを聞けるのはここまでのようだ。
 結局、イケメンエピソードのストックが一つ増えただけだった。

 本当は、ジルの子ども時代の可愛いエピソードとか、やらかしエピソードみたいなものを期待していたんだけどなあ。
 それはまた次の機会になりそうだ。

「セラ、アーダン。俺たちはそろそろ帰る」

 ジルがそう声をかけると、二人ともピタリと立ち止まった。

「あら、もう帰るの?ウィルともう少しお喋りしたかったわ」

「そうだぞ、俺様の話をまだしてねえぞ」

「あらあら、なにを話すのかしら?ジルがリーナにあげるはずだったお菓子をあーたんが食べて、リーナを泣かせた話?それとも、ジルがどんどん強くなるから負けないようにって修行したら、筋肉だけが付いた話?」

 アーダン···。なにをやってんだ。

「ちょ、余計なこと言うんじゃねえよ!それにリーナにはちゃんと謝ったからな!」

「そんなの当然よ!」

 セラ姉はそう言うが、素直に謝るのって、プライドが邪魔をしたり意地になっちゃったり、意外と難しいときもあるんだよね。
 アーダンは尊大なところはあるけど、なんだかんだ憎めないキャラだと僕は思う。

「だいたい、修行とか言ってたけど筋トレしかやってなかったじゃない。ほんと、あーたんのお馬鹿さんは昔っからよね」

「だから、俺様はアーダンだと言って···、ふむ···」

 アーダンがよく通る声で呼び名を訂正しようとしていたが、途中でなにやら考え込み始めた。
 
「あら、どうしたのよあーたん?お馬鹿すぎて言葉も出なくなっちゃったのかしら?」

 セラ姉がアーダンを小馬鹿にした感じでふふっと笑う。

 そんなセラ姉を、アーダンがジッと見つめる。
「ふむ···」と考えているその真剣な表情は、ドキッとするくらい男らしくて格好いい。

「な、なによ?何か言いたいことでもあるわけ?」

 おそらく珍しいのだろう。アーダンの真剣な眼差しに、セラ姉がたじろいでいる。

 アーダンは目力が強いし、もともと精悍な顔立ちをしているから、黙っていれば格好いいのだ。···そう、黙っていれば。

「いや···。お前にあーたんと呼ばれるのは、悪くない気がしてきたぞ」

「···な、ん···っ!?!?···あ、んた···ばっっっかじゃないの!!!」

 スパーンッ!!!
 今日一番の音が鳴った。

 アーダンに会心の平手打ちを放ったセラ姉。

 ···おや?
 おやおやおや?

 顔がほんのり赤くなっているような?

 もしかしてとは思っていたが、これはもしかしてそうだ。

 僕はセラ姉に手招きをする。
 セラ姉がそれに気づいてしゃがんでくれたので、そっと耳打ちした。

「せらおねーしゃん、たまには、しゅなおになったほうが、いーよ」
 
「···っ!?!?」

 セラ姉がびっくりした顔で僕を見る。

「せらおねーしゃんは、しゅっごくかわいーよ。だから、きっとだいじょーぶ!」

 グッと拳を握って、頑張れとエールを送る。

 セラ姉はパチパチと瞬きをしたあと、少ししてからはあっと息を吐いた。

「···ジルの子とは思えないほど察しがいいけど、やっぱりジルの子よねえ」

 セラ姉はそんなことを言いながら僕の頭を撫でた。
 そしてセラ姉も小声で僕に耳打ちする。

「そうだ、ウィル。お願いがあるの。たまにでいいから、私にアドバイスをくれないかしら。そのお礼に、ジルの昔話をしてあげるわ」

 なんと!
 魅力的な提案に、僕はコクコクと頷く。

 セラ姉が差し出した手を両手でぎゅっと握って、固い握手を交わす。契約成立だ。

「···はあ、それにしても、なんであんなお馬鹿さんがいいのかしらねえ」

 後頭部をさすりながら、「さっきのは結構痛かったぞ。ったく、俺様がハゲたらどうしてくれるんだ」とボヤいているアーダンを見ながら、セラ姉がため息をつく。でも、その表情はとても優しい。

「ウィル、いつかあなたに好きな人ができたら、私は心から応援するわ。だってあなたは本当にいい子だもの」
 
 ニッコリと笑いながら、セラ姉はそう言ってくれた。
 
 ちなみに、それを聞いたティアは「いつの日か会うニンゲンのメスよ、ご主人の隣はそう簡単には渡さん」と言っていた。めちゃくちゃ可愛かったので、それはもう、めちゃくちゃナデナデした。

「引き止めちゃってごめんなさいね。ウィル、ティア、今日は会えて良かったわ。ジルも、また会いましょう」

 最後にセラ姉が僕とティアを撫でて立ち上がる。

「お、もう帰るのか?またそのうち会いに来てやるからな!」

 僕とティアを抱えたジルを見て、アーダンが白い歯を見せてニヤッと笑う。

「ああ、またな」

「せらおねーしゃん、あーだん、またね!ばいばい!」

「ばいばいなのだ!」

 ジルがフワリと飛び上がる。
 上空からセラ姉とアーダンに手を振ると、二人とも振り返してくれた。

 ジルが家の方へまっすぐ飛ぶ。
 手を振っている二人の姿がどんどん遠く小さくなっていき、すぐに木々で遮られて見えなくなった。

 ものすごく強烈な二人だったけど、本当に楽しかった。
 また近いうちに会えたらいいな。

 ···あ、そういえば他にも気になっていたことがあったんだ。
 絶世の美幼女の噂についてアーダンに聞きたかったのだが、すっかり忘れていた。まあ、そのうち聞けるだろう。

 僕は深く考えることをやめて、家までの空中散歩を楽しんだ。


 一方、ウィルたちを見送ったセラも、ふとあることが気になっていた。

「あら?そういえば、ウィルって人族よね?···人族の子どもって、あんなに小さい頃から喋るのかしら?···まあ、いいか」

 セラも深く考えることはせず、「なあ、俺様の後頭部、ハゲてないか?」と聞くアーダンの後頭部に、スパーンと平手を打ち込んだ。
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