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最果ての森・成長編

83. ジルの思案

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 リーナのいる国ソルツァンテからの帰路で、俺達はゴブリンを狩っていた。

 ウィルは昼食後に昼寝を始めた。俺の腕の中ですやすやと眠る息子に、愛しいという感情が溢れる。

 最初は庇護欲からだったが、今ではウィルのいない生活など考えられない。ウィルの見せる様々な表情が楽しく、時折予想外の魔法を放つのも面白い。

 ウィルはいつもより早く目を覚ました。揺れには気をつけていたが、寝ているウィルを抱えて飛ぶのはまずかったか。
 本人はスッキリした顔をしているが、今日の夜は早めに寝かせるようにしよう。

 俺達がゴブリンを狩りながら帰っていると知ったとき、ウィルの笑顔が固まった。
 以前ゴブリン狩りのときに怖い思いをさせてしまったから、トラウマになってはいないだろうか。
 そんな不安がよぎるが、ライの話を聞いたウィルが、頼もしい表情を見せる。どうやら、大丈夫なようだ。

 標的となったゴブリンは、三匹。しかしそこには、ゴブリン以外の生き物もいた。

 ウィルがウィンドカッターで一匹の首を刎ねる。力が入っていたのか、その先にある木まで倒していた。だが、初めてのゴブリン狩りにしては上出来だ。

 一匹倒したことで、他の二匹に気づかれる。
 このとき、ウィルの雰囲気が変わった。視線を追うと、ゴブリンではない生き物を見ているようだ。白くて小さなその生き物は、ゴブリンから攻撃を受けていたように見える。
 二匹のゴブリンは、呆気なくその命を散らした。一発目とは違って、最適化された威力の魔法だった。
 俺は三匹を黒炎で消した。

 ウィルは優しい子だ。他者を思いやる心を持っている。そんなウィルがとる行動は、一つ。

「じる」

 ウィルが俺の名を呼んで白い生き物を指差す。
 俺はウィルをその生き物の近くに降ろした。

 ウィルは駆け寄って様子を見ていると思ったら、マジックバッグからポーションを取り出して白い生き物にかけ始めた。
 ファムに回復を頼むこともできたが、それに思い至らないほど焦っていたのか、それとも一秒でも早く治したいと思っていたのか。いずれにせよ、ウィルの優しさからきた行動だ。

 ライが言うには、ダイアウルフの子どもらしい。毛色が灰色ではなく白色だが、鑑定スキルを持つライが言うなら間違いないのだろう。

 ウィルと、怪我が治って顔を上げたダイアウルフが見つめ合う。
 ウィルが名乗って手を差し出した。
 するとダイアウルフは、あろうことかウィルの指に噛み付いたのだ。
 先ほどのゴブリンのように消し去ってもよかったのだが、ウィルが気にするだろうと威圧するに留める。

 幸い、ウィルに怪我はなかった。もしあれば、威圧では済まなかっただろう。

 ウィルはダイアウルフを気に入っているようだった。白い毛玉のようなダイアウルフを撫でている息子は、何とも愛らしい。
 そんなウィルを見て、ファムが飼うことを提案する。

 そうなる予感はしていたが、こんなよく分からん生き物をウィルの近くに置いていいのだろうか。

「···ウィルがそうしたいのなら」

 ウィルの視線を受けて、俺は許可するしかなかった。まあ、俺が近くにいれば、大丈夫だろう。

 ウィルは、ダイアウルフにティアという名前を付けた。

 一匹でいたようだから、食事を摂るのも大変だっただろう。空腹かもしれないと思い、ミルクを出す。ティアが勢いよくミルクを飲んでいる間に、体を綺麗にする。
 汚れが落ちた体は真っ白な毛並みが美しく、触り心地が良さそうだと思った。

 ティアはミルクを飲み終えたらすぐにウィルの傍で寝始めた。もうウィルに懐いているようだ。

 その後、テムの転移のおかげで予定よりも早く家に着くことができた。
 そしてテムとファムが泊まることになった。

 部屋に行くとき、ウィルがティアを抱える。一緒に寝るつもりのようだ。
 ウィルがティアに頬ずりしているのを見て、可愛らしいがモヤッとした感情が生まれる。

 ティアはウィルに懐いているし、ウィルがそうしたいのなら俺が反対する理由はない。

 モヤッとしたまま、「おやすみ」と言って部屋をあとにする。
 
「ふふ、大丈夫だよ。ティアがいても、ウィル君のジルに対する愛情は変わらないよ」

 ライがそう言って帰って行った。

 一人になって、ライの言葉の意味を考える。
 ···そうか。俺は、ウィルの愛情がティアに向かうことが寂しかったのか。

 しかしライは変わらないと言った。
 俺も、そう思う。

 ティアもウィルと同じ、俺の家族になったのだ。どうせなら寂しがるのではなくて、俺もティアを可愛がればいいのだ。
 威圧してしまったから最初は警戒されるかもしれないが、少しずつ距離を縮めていけばいい。

 気分が晴れて、俺は明日の朝食のメニューを考えた。


 翌日、やはりティアから警戒されているようで、ウィルはそんなティアをずっと撫でていた。
 思わず、甘やかすなよと言ってしまった。愛情は変わらないと頭では分かってはいても、感情はそう簡単に割り切れるものではないらしい。
 こんなことは初めてで、制御できない感情に戸惑う。

 その時ウィルが俺の方に腕を伸ばしたので、ウィルを抱える。

「じる、だいしゅき。いちゅも、あいあと」

 ウィルがそう言って俺にしがみついた。その瞬間、俺の感情は喜び一色になる。我ながら単純だ。
 
 ウィルの愛情が変わることはない。
 それが証明されたような気がした。


 ティアがマンティコアだったことには驚いたが、今はウィルを慕う家族だ。
 だから俺も、家族として接していこうと思う。

 そしてウィルがウィルである限り、その優しく温かな人柄に惹かれる者は多いだろう。
 友人ができることもあるだろうし、もしかすると家族が増えることもあるかもしれない。
 そんなとき、俺はウィルの父親として、ウィルの支えになれたらと思う。
 
 これからも、ウィルの成長を見守っていきたい。
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