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最果ての森・成長編

77. 願い

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 ジルが僕を地面に降ろす。僕とティアが話しているのに気づいてくれたのだろう。

 僕はティアの前でしゃがみ、そっとティアを撫でる。

「てぃあ、いわなくても、いいよ?」

 気にならないと言えば嘘になるが、無理矢理聞き出そうとは思わない。ティアが言いたいと思ったときでいいんだ。

『···いや、これは時間が経つほど言いづらくなりそうだ。···ご主人、話す前に、一つお願いがあるのだ』

 そう言って顔を上げたティアの瞳が不安気に揺れている。

「なに?」

『ワレの話を聞いても、家族でいさせてほしいのだ。ワレはこれからも、ご主人の家族でいたいのだ』

 ···そんな願いなら、お安い御用だ。

「てぃあ、じゅっと、かじょく」

 ずっと一緒だから、安心してほしい。そんな思いを込めてティアを撫でる。

『ご主人···ありがとう』

 ティアが少し安心した様子で話し始める。

『···実は、ワレはダイアウルフとして生を受ける前、この森に住んでいたのだ』

 それはつまり、前世の記憶があるということだろうか。

『この家の近くを縄張りとし、ジルの様子を観察しながら弱点がないかと探していた。ジルは恐ろしく強いが、ワレはそんな強者を倒してみたかったのだ』

 なんと。
 ジルのことを黒いバケモノと呼んだり、ジルより強くなることを目標としたりしていたのは、そういう過去があったからだろうか。

『ジルを観察していると、ある日ご主人が現れたのだ。小さな体に大きな力を秘めたご主人に、ワレは興味を持った』

 ジルが僕を見つけてくれた日のことだろうか。···大きな力だなんて、照れる。

『それで···だな、その、ご主人を、ワレのものにしようと考えたのだ』

 ···んん?それってつまり、どういうこと?

『ご主人を糧として···、つまり、その、ご主人を食って、強くなろうと思ったのだ』

 ···なんですと!

 僕が無言で驚いていると、ティアが慌てて付け加える。

『も、もちろん今は、そんなこと微塵も考えていないぞ!当時のワレは強さに執着するあまり、正常な判断ができていなかったのだ!』

 そ、そうなの?
 まあ、魔物なら獲物を狩って糧にするのは当たり前のことなのかな?

 僕も肉とか魚とか、日々生き物の命をいただいているわけだし、ゴブリンなどの魔物を倒すことだってある。
 ここは、特にこの最果ての森は、弱肉強食の世界だ。だから狙われたことを一方的に糾弾することはできない。

『それである日、ワレはこの庭に出ていたご主人達を見ていたのだ。その時ご主人が放った魔法を避けられず、ワレは命を落としたのだ』

 ···ん?な、なんですって?

『あ、以前のワレが死んだことに関しては、ワレが弱かっただけなのだ!だからご主人が気にする必要はないぞ!』

 ぼ、僕の魔法でティアが死んじゃったの?
 僕は、なんてことをしてしまったんだ···!

 呆然としてしまった僕に、ティアが焦ったように言い募る。

『ご主人、ご主人!ワレはむしろ感謝しているのだ!このような形で再会し、家族として受け入れてもらえたのだ!ワレは今、幸せなのだ!』

 本当に、そうなの?
 だって、僕がティアの命を奪っちゃったんだよ?本来なら、もっと長生きできたはずなんだよ?

 ティアの前世のこととはいえ、大事な家族の命を僕が奪ってしまった。その事実に、とてつもない罪悪感を覚える。

 思わず俯いてしまった僕を見て、ティアが僕から一歩離れる。
 
『···やはり、以前ご主人の命を狙っていたワレのことを、嫌いになったか?』

 え?そんなこと、あるはずない!

『いいのだ、ご主人を狙ったワレに親しみを持ってもらおうなど、身勝手にも程がある。···無理なお願いをして、申し訳なかったのだ』

 そう言ってティアは、僕から離れようとする。
 僕は咄嗟にティアをがしっと抱きしめる。

「てぃあ、ぼく、ごめんね」

『···何故ご主人が謝るのだ?』

「ぼく、てぃあを···」

『そのことに関しては、むしろありがたいと感じているのだ。ご主人の家族になれたのだからな。···今は、元家族と言うべきか』

 ティアがそんな悲しいことを言うので、僕はぎゅうぎゅうとティアを抱きしめる。

「じゅっと、かじょくって、いった!」

 ちょっと涙が出てしまったが、仕方ない。だってティアがいなくなるのかと思うと、悲しくてたまらないんだ。

『···いいのか?ワレはこれからも、家族でいられるのか?』

 ティアが驚いたようにして僕に聞く。

「てぃあは、いいの?ぼくと、かじょく···?」

 僕の問いに、下に垂れていた尻尾が上を向く。

『もちろんなのだ!それがワレの望みなのだから!』

 ティアが僕の頬に残った涙をペロペロと舐める。

「てぃあ、あいあと」

『ワレの方が、ありがとうなのだ!ワレは今、幸せなのだ!』

 ティアが尻尾をブンブンさせながら僕に頬ずりをする。全身で喜びを表現してくれるティアに、僕も嬉しくなる。

『この体は以前のような羽や毒の尾を持たないが、生きてきた記憶はある。すぐに強くなって、ご主人の役に立つのだ!ご主人、楽しみにしていてくれ!』

 羽···、毒の尾···。

 思い当たることはあったんだ。
 この庭で魔法を使って魔物を倒してしまったことは、二回ある。だからそのどちらかだとは思っていたんだ。

「···てぃあは、まんてぃこあ?」

『ん?ああ、ニンゲンからはそう呼ばれていたぞ!』

 ティアの前世は、僕が初めて倒した魔物であるマンティコアだった。
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