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旅行編

65. お祭りの始まり

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 お祭り当日。
 街はこれまで以上の賑わいを見せている。活気に溢れ、人々の表情は明るい。

「山の麓の方で豊穣を祈る踊りがあるみたいだよ。行ってみようか」

 朝食後、ライの言葉で僕達は山の麓を目指す。人の流れも、そちらに向かっているようだ。

「お、あそこか?人がいっぱい集まってるぜ」

 テムの声が頭上から聞こえた。姿は見えないが、僕達の上に浮かんでいるのだろう。

「そうみたいだね。私達もそこに向かおう」

 人が集まっている場所は広場になっているようで、前方にはステージが設置されている。そしてその奥に見える山の斜面には棚田が連なっている。
 ステージが見える場所を確保して待つこと数分。広場にアナウンスが響き渡った。

『これより、田植え祭りを執り行います。まず始めに、豊穣祈願の舞をご覧ください』

 どうやって大きな声を届けているのか分からないが、魔法か魔道具を使っているのかもしれない。

 アナウンスが終わると、ステージにぞろぞろと女性が登る。十人以上はいるようだ。みんな白い貫頭衣のような簡素な衣装を着ている。
 厳かな響きの音楽が流れ、それに合わせて女性達が踊り始める。これだけ人数がいるのに息がぴったりで、女性達の流れるような動きに圧倒される。

「あれは、田植えや稲刈り、脱穀などの動作を表現しているらしいよ」

 ライがコソッと教えてくれた。

「ほっほっ。その通りじゃよ。そしてあの衣装は、この国が貧しかったころの一般的な服装だったんじゃ。あの頃を忘れず、田植えができることに感謝の念を持ち続けますという意味が込められているんじゃよ」

 隣にいた人が小声で解説してくれた。···って、この声、昨日のおにぎり屋さんのおじいちゃん?

「ほっほっ、昨日ぶりじゃの。そしてライナー様、お久しぶりですじゃ」

「えっ、···もしかして、フランク君かい?」

「はい、フランクですじゃ」

 朗らかな笑みを浮かべておじいちゃんが答える。
 なんと、ライとこのおじいちゃんは知り合いだったようだ。

「ほっほっ。積もる話もありますがの、まずは演舞を楽しんでくだされ」

 おじいちゃんに促されて、女性達の舞に集中する。
 リーナさんがソルツァンテに来る前、お米は細々としか栽培されていなかったらしい。だからその頃は、あのような服装が一般的なくらい生活が厳しかったのだろう。今の街並みや人々の表情からは想像もつかない。改めて、リーナさんの功績はものすごいのだと思った。

 女性達の舞が終わり、またアナウンスが入る。

『続きまして、ソルツァンテ建国の母、ヴァーテマリーナ様からのお言葉です』

 するとステージ上にリーナさんが現れた。
 広場が一瞬シンッ···と静まった後、わあっと割れるような歓声が響き渡った。
 リーナさん、大人気だ。

「皆さん、こんにちは。ヴァーテマリーナです」

 リーナさんが話し始めると、再び広場が静かになる。みんなリーナさんの言葉に耳を傾け、聞き漏らすまいとしているようだ。

「今年もまた、今日という日を無事に迎えられたことを嬉しく思います。準備に奔走してくださった皆さん、そしてこのお祭りを楽しみにしてくださった皆さん、本当にありがとうございます」

 リーナさんが微笑むと、ほうっというため息があちこちから聞こえた気がした。

「この国は、色々な人々と協力し、様々な苦難を乗り越えてここまで来ました。···私の願いは二つ。これからも皆さんが手を取り合い、困難なことがあっても諦めずに前へ進むことを大切にしてくださいますように。そして、今年も豊かな実りがありますように」

 簡潔だが気持ちのこもった言葉だ。観客の中には、涙を流している人もいる。この国の成り立ちをその目で見てきた人なら、なおさら込み上げるものがあるのだろう。

「ささやかですが、私からの贈り物です」

 そう言うとリーナさんは両手を広げた。何かを呟いたと思ったら、大きな水の塊が現れてだんだんと細長くなり、精巧な龍へと変貌する。
 リーナさんの腕の動きに合わせて自在に動く大きな水龍は、まるで生きているかのようだ。たまにリーナさんから離れて観客の頭上を通るときなんかは、かなり迫力がある。
 やがて水龍は山の斜面を登り、上空でパアッと弾けて雨になる。棚田に雨が降り注ぎ、空には虹がかかっている。

 ワーッという大きな歓声と鳴り止まない拍手。みんなが目を輝かせてリーナさんを見ている。もちろん、僕も含めてだ。
 リーナさんは微笑んで一礼し、ステージを降りた。

「リーナ、すごかったねー!」

 ファムが興奮した様子でぽよぽよしている。僕も大興奮してコクコク頷く。

「ほっほっ。ヴァーテマリーナ様はこの国の英雄様じゃ。みんなが慕っておるんじゃよ」

 おじいちゃんが言うように、リーナさんが現れたときの人々の歓声はすごかった。

「さて、みんな移動しておるようじゃし、儂らも場所を移して積もる話をしようかの」

 広場での催し物はいったん終了したらしく、人々が屋台のある方へぞろぞろと歩いている。

 こういうときはいつもライが先導してくれるのに、なぜか静かだ。不思議に思ってライを見ると、心なしか表情が固い。

「ライナー様、儂は久しぶりにライナー様に会えて嬉しく思っておりますじゃ」

「フランク君···。そうだね、私も会えて嬉しいよ」

 ライが見せた笑顔に、既視感を覚える。
 ···そうだ。ファーティスの街から転移した先で、『この辺りに来ると、どうしても思い出しちゃうんだ』って言っていたときの表情と同じだ。

 ライの悲しい思い出とフランクさんというおじいちゃんは、何か関係があるのかもしれない。
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