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最果ての森編

43. 読書

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 先ほどの美女が青龍帝だという事実に驚いていると、僕のお腹がくうっと鳴った。

「ああ、朝食がまだだったな。すぐ準備する」

 ジルにばっちり聞こえていたようで、僕を椅子に座らせテキパキと準備を始めた。自己主張の強いお腹がちょっと恥ずかしい。

 ジルがテーブルに並べたお皿に、あるものを見つけてうずうずする。あの黄金の輝きを放って僕を誘惑しているものは、フレンチトーストなんじゃないだろうか。大好きなサラダを気もそぞろに、···あ、美味しい。やっぱり新鮮野菜は最高だよね。

「これ、食べてみるか?」

 気がついたらサラダをぺろりと食べていた。ジルが例のお皿を手に取る。

「あう!」

 元気に返事をすると、一口サイズに切って食べさせてくれる。···ああ、これだよ、これ!幸せを味にしたら、きっとこんな感じになると思うんだ!口に入れたパンは、表面の焼き目が香ばしくて、中はふわっとろだ。卵と砂糖の優しい味と、全体をふんわり包むバターの香りがたまらない。僕は幸福を噛みしめじっくりと味わう。

「ああ~おいちい~」

 一口の幸福を食べきり、心の声が漏れる。

「そうか。まだあるからたくさん食べろ」

 幸せがたくさん!めいいっぱい食べさせていただきます!

 僕は時折スープをはさみながら幸福でお腹を満たした。あ、今日はコンソメスープで、中に昨日のミートボールが入っていた。コンソメスープがちょっと染み込んだミートボールは柔らかくて、とっても美味しかった。

「あう~」

 満腹。ああ、幸せだ。もうね、お腹が喜んでいるよ。

「気に入ってくれたなら良かった」

 ジルが作ってくれたものなら何でも美味しいんだけどね!

 そろそろ片付けかな?と思うが、ジルは動かない。どうしたのだろうか。見上げると、僕をじっと見つめるジルと目が合った。···何か、言いたいことがあるのだろうか。

「···寂しいか?」

 急にジルがそんな質問をしてきた。

 僕のそばにはずっとジルがいてくれているし、ライやテム、ファムとも仲良くなった。みんな、僕のことを大切にしてくれているという実感がある。ここに来て、満たされる感情はすでに何度も感じているが、寂しいと思ったことなんて、一度もない。

「あーう」

 寂しくないよ、と首を横に振って、ジルにぎゅっとしがみつく。

「···そうか」

 ジルから安堵を含んだ声が漏れる。

 あ、もしかして、ジルはリーナさんの言葉を気にしていたのだろうか。確かリーナさんは、僕に母親がいないのは寂しいと、母親は必要だと言っていた。···うーん、でもあれはどちらかというと、ジルにアプローチするための口実のような気がしなくもない。それをジルは、そのままの意味で受け取って、僕が母親がいなくて寂しいのではないかと心配してくれていたようだ。
 どこまでも僕のことを考えてくれるジルは、本当に優しい。こんな人が一緒にいてくれるのに、寂しいわけがない。寂しいどころか、いつも幸せを感じている。

「ちああしぇ」

 むう。幸せって言いたかったんだけどな。

「ちあ、ちあわしぇ」

 お、今のはいい感じだった気がする。練習の成果だ、とドヤ顔をしていると、ジルが僕をぎゅっと抱き締めた。

「そうか。···ありがとな」

 僕のほうが、ありがとうだよ。

「あいあと」

 だから僕も、感謝を口にした。


 幸せな朝食の後は、しばしリビングでのんびりする。今日は何をして過ごそうか。雨が降っているから、室内でできることをしようかな。そうだ、読書をしよう。ライが本をたくさん持って来てくれていたが、まだ全然読んでいなかったのだ。

「あうあう」

 ジルに本を読むジェスチャーをして伝える。

「···ああ、そういえばライの本があったな」

 ジルがどこかに片付けていたらしいライの本を持って来てくれた。両腕にたくさん抱えた本を、ドサッとテーブルに置く。ライは本当にたくさん持って来ていたんだな。
 うーん、どれにしよう。どれも面白そうだから、まずはぱっと目についたものを選ぼう。選んだ本には、『魔物図鑑』と書いてあった。問題なく文字を読めるのは、リイン様がくれた『言語理解』スキルのおかげだ。本当にありがたい。ただ、書くときは自力だから、文字を覚えていく必要はあるだろう。

 ペラペラとページをめくって見てみると、魔物の絵が写実的に描かれている。そして魔物ごとに、生息域や生態、強さ、特徴など、詳しい情報が記載されていて、めちゃくちゃ勉強になる。
 ただ、強い魔物や個体数が少ない魔物になると分かっていないことも多いようで、情報が少ないものも結構あった。中には絵すらないものもあって、余計に興味をそそられた。
 強さのランクは冒険者ギルドが定めたランクを採用しているらしく、上からS、A、B、C、D、E、Fとなっている。スライムはFランクとされていたから、きっとファムは特別なのだろう。そうでないと、困る。

 あ、そうだ。確か『薬草図鑑』という本もあった気がする。それを探して、魔物図鑑の隣に広げる。これをリンクさせて覚えたら、薬草採取のときに気をつける魔物が分かる。むふふ、我ながらいいアイディアだ。

 薬草図鑑もなかなか面白く、同じ薬草でも部位によって用途が異なったり、薬草によって採取の仕方や鮮度の保ち方も違ったりしていて、とても勉強になった。
 情報が多くて全部を覚えるのには時間がかかりそうだけど、知っておけばきっと役に立つからね。愛読書にしていこうと思う。

 こうやって、図鑑を見ながら午前中を過ごした。

「そろそろ昼飯にするか」

 ジルの声で、もうそんな時間か、と図鑑を閉じる。結構夢中になって読んでいたな。また続きを読みたい。そう思えるくらい、面白い。

「リーナが土産をくれたから、その食材を使った」

 お、何だろう。わくわくしながら、テーブルの本を片付ける。と言っても、図鑑を本の山に戻すくらいしかできなかったが。あとは、ジルが片付けてくれた。もう少し大きくなったら、僕はお片付けができる子になるんだ。
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