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最果ての森編

22. 優しい時間

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 ライを見送った後、僕はぐるぐると魔力操作をしたり、ジルの魔力を感知したりしていた。ジルの魔力は大きくて均一だから簡単だ。
 しばらく自由に過ごしていると、ぐうっと音が鳴った。あらやだ、僕のお腹の音じゃないの。

「昼飯にするか」

「あう!」

 食べたい!と返事をする。

「すぐ作るから、少し待ってろ」

 そう言ってジルは膝の上にいた僕を椅子に座らせる。もうグラついたりしない。僕は日々成長する男なのだ。

 ジルが僕の頭を撫でて、キッチンへ向かう。今日は何を作ってくれるのだろうか。楽しみだ。
 シャキッ、トントン、ジュー、グーと、キッチンから聞こえてくる色々な音に耳を傾け想像を膨らませる。あ、いや、グーという音は僕のお腹から出たようだ。

 このままだとお腹の音が止まらない。意識をそらそう。何をしようか。あ、せっかく習ったのだから、魔法の練習をしよう。こまめに魔力を使うといいって、ライが言っていたし。僕は日々努力する男なのだ。

「『りゃいちょ』」

 右手の人差し指の先を黄色に光らせる。あ、爪とかどうだろう。

「『りゃいちょ』」

 右手の中指の爪が、紫色に光る。
 できた!なんだか発光するマニキュアみたいだ。
 そうだ、色んな色の光を出せるってことは、頑張ればこれで絵が描けるんじゃないだろうか。最初は簡単な絵がいいだろう。うーん、りんごでいいかな?手のひらに描くのは小さくて難しい。あ、ここがいいや。

「『りゃいちょ』」

 赤い光を灯す。弱めの光で、色味を強く出す。うんうん、いい感じ。その近くにもういっちょ。

「『りゃいちょ』」

 いいねえ。

 その後も、どんどん光を足していく。赤と、緑。陰影をつけるために暗めの赤と緑も光らせた。僕は細部までこだわる男なのだ。
 なかなかいいんじゃないだろうか。絵の才能を感じる。

「ウィル、できたぞ」

 あ、ジルが来た。僕の絵を見てもらおう。

 僕は振り返ってお腹に描いたりんごを見せた。

「待たせてすまな···!」

 ジルが目を見開いて固まった。

「あう?」

 あれ?結構いい出来だと思うんだけどな。ほら、お腹の丸みがいい味出してると思うんだ。

「き、綺麗だ、な」

 ジルの口がピクピクしている。
 それ、褒めてる?ほんとに褒めてる?本当にそう思っているなら、目を合わせてから言って欲しい。

 まあ、いいんだ。画伯の道はまだ始まったばかりなんだ。僕は諦めない男なのだ。

「食べよう」

「あうー」

 今日のお昼ご飯は何だろう。いつもの定位置から、お皿を覗き込む。
 あ、僕の大好きなサラダがある。まずはこれからいただこう。

「サラダか?」

「あう!」

 相変わらずジルの察知スキルがイケメンだ。

 ぱりぱり。
 しゃくしゃく。

 ん、このドレッシングは新しいぞ。小さく刻んだ野菜が入っている。これは、玉ねぎ?火を通してあるのか、甘くて美味しい。それにベースは茶色くて···って、これ醤油?醤油があるのか!?

「あう!?んー!あうあう!」

 異世界で醤油に出会えるなんて、思わず興奮してしまう。

「どうした?」

 急に興奮した僕に、ジルが驚く。どう説明したらいいだろうか。ドレッシングの味について聞きたいんだ。

「あ、お、おいちー!」

 味の感想じゃなくて!いや、美味しいけども!喋れないとじれったい。

「そうか、たくさん食べろ」

 ジルが僕の頭を撫でる。嬉しい。
 ···って、そうじゃなくて。嬉しいけど、伝わってない。喋れるようになったら、ジルに聞こう。よし、ご飯を食べたら絶対に発音練習をするんだ!

「これも食べてみるか?」

 そう言ってジルが取ってくれたのは、お肉と豆の料理。挽き肉みたいになっているお肉と、白い豆が煮込まれている。この豆って、もしかして大豆なのでは?食べてみたい!

「あう!」

 ぱくりと食べると、口の中に色んな味が広がる。この酸味は···トマト?原型がないが、一緒に煮込まれているのだろう。それにこの甘味は、玉ねぎだ。よく見ると、細かく刻んだ玉ねぎがある。それにこの旨味。肉から染み出した旨味で全体のコクが増し、噛むとさらに溢れ出る。豆もほっくりしていて優しい味だ。うん、これは大豆だ。美味しい。
 
 ここでふとあることに思い至った。昨日も、柔らかく煮込んだお肉で食べやすかった。今日も、細かく刻んで、さらに煮込まれていて、食べやすい。
 もしかして、僕のために、僕が食べやすい料理を作ってくれているのか?
 僕は赤ん坊だから、当然といえば当然なのかもしれない。でも、こんな温かい優しさを、僕は知らなかったから。僕のことを考えて、僕のために作ってくれた料理がこんなにも美味しいなんて。こんなにも幸せな気持ちになれるなんて、僕は今まで知らなかったんだ。
 感謝と喜びと幸せと、色んな感情で胸がいっぱいになり、涙がこみ上げてくる。堪えきれなかった涙とともに、嗚咽が漏れる。

「ううっ」

「どうした?何か不味かったか?大丈夫か?」

 ジルが僕の様子に驚き、僕が泣いているのを見て慌てだす。
 違う、美味しいんだ。すごく、すごく美味しくて、泣いてるんだ。

「あう、お、おいちー」

 声を詰まらせながらも、そう伝える。

「···そうか」

 ジルは何か察してくれたのだろう。深く聞くことなく、頭を撫でてくれる。こんなところでも、ジルの優しさが僕を包んでくれる。それに甘えて、また少し涙が出てしまった。

 急に泣き出してしまって、ちょっと恥ずかしい。どうも、感情を抑えきれないことがある。赤ん坊の体に、精神が引きずられているのかもしれない。

 中断してしまった昼食を再開する。今度はスープだ。黄色くて、なんだかほっとするような香りがする。これ、カボチャのポタージュかな?すごく美味しい。カボチャの甘味がじんわりと心まで温めてくれるような優しいスープだ。

 ごちそうさまでした。本当に、美味しかった。

 お腹いっぱいで幸せな気持ちに浸っているとやってくるのが、そう、眠気だ。
 ジルのお腹にぴとっとくっつくと、優しく背中を撫でてくれる。心地良いリズムで、なんだか安心する。これはもう、寝るよりほかはない。
 
 あ、そういえば発音練習をするつもりだったんだ。···まあ、いいんだ。僕は臨機応変に動く男なのだ。
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