上 下
24 / 115
最果ての森編

22. 優しい時間

しおりを挟む
 ライを見送った後、僕はぐるぐると魔力操作をしたり、ジルの魔力を感知したりしていた。ジルの魔力は大きくて均一だから簡単だ。
 しばらく自由に過ごしていると、ぐうっと音が鳴った。あらやだ、僕のお腹の音じゃないの。

「昼飯にするか」

「あう!」

 食べたい!と返事をする。

「すぐ作るから、少し待ってろ」

 そう言ってジルは膝の上にいた僕を椅子に座らせる。もうグラついたりしない。僕は日々成長する男なのだ。

 ジルが僕の頭を撫でて、キッチンへ向かう。今日は何を作ってくれるのだろうか。楽しみだ。
 シャキッ、トントン、ジュー、グーと、キッチンから聞こえてくる色々な音に耳を傾け想像を膨らませる。あ、いや、グーという音は僕のお腹から出たようだ。

 このままだとお腹の音が止まらない。意識をそらそう。何をしようか。あ、せっかく習ったのだから、魔法の練習をしよう。こまめに魔力を使うといいって、ライが言っていたし。僕は日々努力する男なのだ。

「『りゃいちょ』」

 右手の人差し指の先を黄色に光らせる。あ、爪とかどうだろう。

「『りゃいちょ』」

 右手の中指の爪が、紫色に光る。
 できた!なんだか発光するマニキュアみたいだ。
 そうだ、色んな色の光を出せるってことは、頑張ればこれで絵が描けるんじゃないだろうか。最初は簡単な絵がいいだろう。うーん、りんごでいいかな?手のひらに描くのは小さくて難しい。あ、ここがいいや。

「『りゃいちょ』」

 赤い光を灯す。弱めの光で、色味を強く出す。うんうん、いい感じ。その近くにもういっちょ。

「『りゃいちょ』」

 いいねえ。

 その後も、どんどん光を足していく。赤と、緑。陰影をつけるために暗めの赤と緑も光らせた。僕は細部までこだわる男なのだ。
 なかなかいいんじゃないだろうか。絵の才能を感じる。

「ウィル、できたぞ」

 あ、ジルが来た。僕の絵を見てもらおう。

 僕は振り返ってお腹に描いたりんごを見せた。

「待たせてすまな···!」

 ジルが目を見開いて固まった。

「あう?」

 あれ?結構いい出来だと思うんだけどな。ほら、お腹の丸みがいい味出してると思うんだ。

「き、綺麗だ、な」

 ジルの口がピクピクしている。
 それ、褒めてる?ほんとに褒めてる?本当にそう思っているなら、目を合わせてから言って欲しい。

 まあ、いいんだ。画伯の道はまだ始まったばかりなんだ。僕は諦めない男なのだ。

「食べよう」

「あうー」

 今日のお昼ご飯は何だろう。いつもの定位置から、お皿を覗き込む。
 あ、僕の大好きなサラダがある。まずはこれからいただこう。

「サラダか?」

「あう!」

 相変わらずジルの察知スキルがイケメンだ。

 ぱりぱり。
 しゃくしゃく。

 ん、このドレッシングは新しいぞ。小さく刻んだ野菜が入っている。これは、玉ねぎ?火を通してあるのか、甘くて美味しい。それにベースは茶色くて···って、これ醤油?醤油があるのか!?

「あう!?んー!あうあう!」

 異世界で醤油に出会えるなんて、思わず興奮してしまう。

「どうした?」

 急に興奮した僕に、ジルが驚く。どう説明したらいいだろうか。ドレッシングの味について聞きたいんだ。

「あ、お、おいちー!」

 味の感想じゃなくて!いや、美味しいけども!喋れないとじれったい。

「そうか、たくさん食べろ」

 ジルが僕の頭を撫でる。嬉しい。
 ···って、そうじゃなくて。嬉しいけど、伝わってない。喋れるようになったら、ジルに聞こう。よし、ご飯を食べたら絶対に発音練習をするんだ!

「これも食べてみるか?」

 そう言ってジルが取ってくれたのは、お肉と豆の料理。挽き肉みたいになっているお肉と、白い豆が煮込まれている。この豆って、もしかして大豆なのでは?食べてみたい!

「あう!」

 ぱくりと食べると、口の中に色んな味が広がる。この酸味は···トマト?原型がないが、一緒に煮込まれているのだろう。それにこの甘味は、玉ねぎだ。よく見ると、細かく刻んだ玉ねぎがある。それにこの旨味。肉から染み出した旨味で全体のコクが増し、噛むとさらに溢れ出る。豆もほっくりしていて優しい味だ。うん、これは大豆だ。美味しい。
 
 ここでふとあることに思い至った。昨日も、柔らかく煮込んだお肉で食べやすかった。今日も、細かく刻んで、さらに煮込まれていて、食べやすい。
 もしかして、僕のために、僕が食べやすい料理を作ってくれているのか?
 僕は赤ん坊だから、当然といえば当然なのかもしれない。でも、こんな温かい優しさを、僕は知らなかったから。僕のことを考えて、僕のために作ってくれた料理がこんなにも美味しいなんて。こんなにも幸せな気持ちになれるなんて、僕は今まで知らなかったんだ。
 感謝と喜びと幸せと、色んな感情で胸がいっぱいになり、涙がこみ上げてくる。堪えきれなかった涙とともに、嗚咽が漏れる。

「ううっ」

「どうした?何か不味かったか?大丈夫か?」

 ジルが僕の様子に驚き、僕が泣いているのを見て慌てだす。
 違う、美味しいんだ。すごく、すごく美味しくて、泣いてるんだ。

「あう、お、おいちー」

 声を詰まらせながらも、そう伝える。

「···そうか」

 ジルは何か察してくれたのだろう。深く聞くことなく、頭を撫でてくれる。こんなところでも、ジルの優しさが僕を包んでくれる。それに甘えて、また少し涙が出てしまった。

 急に泣き出してしまって、ちょっと恥ずかしい。どうも、感情を抑えきれないことがある。赤ん坊の体に、精神が引きずられているのかもしれない。

 中断してしまった昼食を再開する。今度はスープだ。黄色くて、なんだかほっとするような香りがする。これ、カボチャのポタージュかな?すごく美味しい。カボチャの甘味がじんわりと心まで温めてくれるような優しいスープだ。

 ごちそうさまでした。本当に、美味しかった。

 お腹いっぱいで幸せな気持ちに浸っているとやってくるのが、そう、眠気だ。
 ジルのお腹にぴとっとくっつくと、優しく背中を撫でてくれる。心地良いリズムで、なんだか安心する。これはもう、寝るよりほかはない。
 
 あ、そういえば発音練習をするつもりだったんだ。···まあ、いいんだ。僕は臨機応変に動く男なのだ。
しおりを挟む
感想 380

あなたにおすすめの小説

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

選ばれたのはケモナーでした

竹端景
ファンタジー
 魔法やスキルが当たり前に使われる世界。その世界でも異質な才能は神と同格であった。  この世で一番目にするものはなんだろうか?文字?人?動物?いや、それらを構成している『円』と『線』に気づいている人はどのくらいいるだろうか。  円と線の神から、彼が管理する星へと転生することになった一つの魂。記憶はないが、知識と、神に匹敵する一つの号を掲げて、世界を一つの言葉に染め上げる。 『みんなまとめてフルモッフ』 これは、ケモナーな神(見た目棒人間)と知識とかなり天然な少年の物語。  神と同格なケモナーが色んな人と仲良く、やりたいことをやっていくお話。 ※ほぼ毎日、更新しています。ちらりとのぞいてみてください。

チート転生~チートって本当にあるものですね~

水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!! そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。 亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 ウィルベル
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

処理中です...