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番外編:娘の選択

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「わかった?私の生徒にしていいわよね?支払いについては改めて決めましょう」

「おいおい、押し売りか?ことわ、」

「断る気?あなた、このまま見かけを理由に仕事を減らしたいの?磨けるものは磨くべきよ」

「うわぁ、泣きそう。変な女に絡んじまった」

「感謝なさいよ。社交界いちの伊達男にして見せるわ。その立場の方が仕事は選び放題よ。頭下げるのが嫌いなんでしょ?」

いざとなれば皇太子の一声があるわ。

新入の学者様がたの服装指導について。

今日のあの男もイケメンだけどわざとあんな格好して王妃を怒らせたと言うし。

この王宮で学者や講師を融通するのは内外へ向ける権威のためよ。

それが怠けてみすぼらしい格好を選ぶなら叱責の一つや二つ、当然ね。

国に関わる者は見苦しい格好をさせない。

それが私の仕事。

男は諦めて家名と名前を名乗った。

「ナカザ・タイチ」

生物と植物学を専攻。

「ナカザね」

「違う。タイチが名前だ。うちはファーストネームとファミリーネームが逆なんだ」

「そう、ではタイチ。よろしくね」

「……納得いかねぇがよろしく」

「先に個人契約できたと喜ぶべきよ。後日、王妃から依頼が来るから」

「ん?どういうことだ?」

「もう一人、学者を見かけたわ。瓶底メガネと日焼けした赤毛の方。服を買うなら本を買うと仰って。他にもそういう服装に気が回らない方がちらほらいらっしゃったわ。各国の代表や関係者が来られるのよ。知識があってもTPOに合わせる常識がないのは政治材料としてあなた達を表に出せなくなるの。アピール合戦に負けてしまうわ。極論で世界中をひっくり返すような功績でもないなら注目が下がるの。人々の興味がなくなったら最初に予算を削られて人員整理。目に見えた流れね。反論はあるかしら?」

「……ないね」

「研究できればいいってだけじゃだめよ。好印象、功績のアピール、今後のプレゼン。見かけって大事よね?したくないから誰かに押し付ける?誰に?自分の研究でしょ?自分のためにしなきゃ」

「……こわ」

でも納得したとさっきより拒否することなく頷きに何度も頭を揺らす。

「ごますりって大事ってことだろ」

「バカ?見映えを良くしてプレゼンするだけよ。ごますりはまた別の話。あなたの研究が世のため人のため、それか誰かの利益になるならごますりなんかいらないの。強気でいけるわよ」

「ふふ、あんたみたいに?」

「そうよ。言えるだけの実績があるのよ、私には」

「カッコいいね」

満更でもないと感じて鼻が高くなる。

「これが私よ」

そう、これが私。

仕事が好きでバンバン言いたいことを言って、強気に女王様やるの。

なよなよして人の顔色伺うのは趣味じゃないわ。

壊れた私。

黒と茶色。

決まった形のドレス。

しゃべるな、従えと言いなりになってたつまらない私。

女として、嫁として。

理不尽で無駄な話ばかり吹き込むもと婚約者とその母親。

壊れたプライド。

蔑みばかりの社交界。

私は生まれ変わりたいの。

もとに戻りたいんじゃない。

新しい自分を探したいの。

次の日には案の定、王妃から彼らの服装やマナーの指導の依頼が来たわ。

言われたことをすんなり受け入れる方ならいいけど、昨日の男のように口の回る抵抗主義がいたら大変。

逆に言いくるめてこてんぱんにしなきゃならない。

気の強い私の出番よ。

お任せあれ、王妃様。


半年で見違えた。

服装を整えてマナーを覚えただけであっという間に社交界の伊達男に。

他の学者たちも花形である近衛の次に人気のインテリモテ集団と化した。

多少、モテ期に舞い上がって羽目を外した輩が出たが想定の範囲内ということで厳重注意と予算の減少、降格などで処罰されただけだ。

芯から研究に没頭している勤勉な人間は学んだ処世術を生活の知恵として認識してるので大した影響はなかった。

私の卒業許可と王妃より最終合格を得たら生徒は皆減ってしまった。

新しい依頼で忙しい。

だけどタイチだけはまだ合格後も個人レッスンに通っていた。

「もう教えることないけど」

「ダンスが苦手だ」

「プロにでもなる気?」

充分な腕前なのに。

今も私のリードをそつなくこなしてる。

踊れない曲なんてないし、パーティーになると彼と踊りたいご令嬢達が列をなすくらい。

「完璧に仕上がるまで教わりたい」

「他の講師を紹介、」

「やだよ、紹介は。押し倒されたらどうしてくれる」

「いや、あれは。……見る目のなさを申し訳なく思ってます」

数人紹介して一部がタイチに惚れてしまった。

それでちょっと騒動になったんだけど。

「ねぇタイチ、今度のエスコートお願いできる?」

話を変えたくてとっさに尋ねた。

本当はダンスの練習がすんだあとでよかったんだけど。

「いつよ?」

「来週末」

「えー?なんかあったけ?」

「公爵家縁の方なんだけど。お嬢様の結婚式のお手伝いをしたご縁でホームパーティーにご招待されたの」

「ああ、内々のやつね。夜?昼?どっちも空いてるからいいよ」

「ありがとうっ!急だったから無理かと思っちゃった」

「他に誘って断られたん?」

「違うわよ。招待状が手違いで遅れたの。問い合わせが来てたけど私は皇女様の付き添いで隣国に行ってたし」

気づくのが遅れただけと聞いてタイチの表情が和らぐ。

「そうか、それならいいよ。仲間同士、呑みに行く約束があっただけだし。そっちはまた今度で大丈夫だ」

「え、予定あるじゃない。ごめんなさい。それなら1人で行くから」

「あるけどいいよ。あんた優先で。それに、」

口ごもるから彼の顔を見上げた。

「なに?」

「断ったら、誰と行くん?」

「ひとりって言ったでしょ?」

「本当に?」

「しつこい」

添えていた手に力が入ってる。

密着して踊るスペースがなくなり立ち止まった。

「あんたってバカだよね」

「何よ?」

「半年くらいあんたに付きまとってるんだけど」

「……そうね」

週2の個人レッスンは欠かさず、そして今はエスコートの定番の相手になるくらいには。

それが特別な感情だってわかってる。

「……俺、だめ?」

「……」

ダメなところなんかない。

「あんた、モテないって気にしてるけどそんなことないよ。いつもハラハラしてる」

反らしていた視線を彼の顔に向けた。

「自分に自信ないだろ?」

「そういう、わけじゃないけど」

「回りは勝手に女王様のお眼鏡に叶わなかったって撤退してるけど、なんか違うなぁーって思ってさ。女扱いされるの嫌い?」

優しく話すけど詰問の空気に息苦しい。

抱き締められたこの格好からもがいた。

あっさり私のことを手放した。

ほっとするのと寂しい気持ちに混乱してる。

「そろそろ、進展したいので、回答お願いします」

「……進展って、」

「この国の流儀でやるよ」

さっと私の前に片ひざをついて、私の左手に手を添える。

「結婚してほしい。あなたの全てが好きだ。勝ち気さ、賢さ、それでいて優しさと思いやりがある。異人の俺とは先が難しいかもしれない。あなたが傷つくことがあるかもしれない。だけど君のことが好きで、……あ、あー、」

真っ赤な顔を項垂れて一瞬、言いよどむ。

「あ、愛してる。ま、守りたいし、君を頼りにしたい。共に人生を分かち合いたい」

耳まで赤い。

項垂れて顔を上げられないでいる。

荒い呼吸を整えて左手を引いた。

薬指にキスを。

「友達、と思っていたけど、君も俺を友人として接してくれたけど、今は関係を変えたい」

私は泣いた。

嬉し泣きではない。

恐怖だ。

「う、うぅ、」

壊されたプライド。

裏切りのもと婚約者。

はっきり言って、男からの好意が怖い。

また騙されるかも。

見る目のなかった自分が悪いと責めて。

恥ずかしさと自責の念で苦しんだ。

今の彼の胸に飛び込む勇気がでない。

言葉と外見を着飾って武装していたけど傷ついた心は無視し続けた。

「ご、ごめ、ん、わたし怖くて」

「ふふ、女王様からそんなかわいい言葉が出るなんて思わなかったよ」

もう一度、薬指に唇が触れた。

「今まで通りの君でいろよ。怖がるなんてらしくない。自分で社交界の花なんだからって自慢してるじゃん。刺つきの女王様」

そんな君が好きだと囁く。

「こんなに男に怯えるほど乱暴されたのか?君を崇拝する男として決闘するのが流儀で合ってる?」

「そ、それは昔の風習で、今はただの物語よ」

この身は潔白だ。

妙な誤解はされたくないと思ってあちらでの生活を細かに話した。

「……すげぇバカ男」

「言わないで。選んだ私が惨めよ」

「顔だけで選ぶからだ。よっぽどの政略でもない限り自由に選べたろうに」

「だから落ち込んでるの」

選んだ自分の愚かさ。

「あ、そうなのか。悪い。嫌なこと言って」

「いいわよ、別に」

ふて腐れて答えたら困ったと頭を掻いている。

「ならさ、俺を選ばねぇ?」

「は?」

「優良株」

「はぁ?」

「性格よし、給料よし」

「ちょっと、」

「顔と体格鍛えててぼちぼちよし」

「タイチ?」

「俺がベタぼれ。浮気の心配なし。あー、人種違うからそこだけネックかな。でもさ、ここまで話せる男っている?」

「……」

いないわね。

「で、本当に俺のこと嫌なら個人レッスンなんか引き受けなかったろ?エスコートも頼まないだろうし。俺的には期待しちゃうね。もうちょい!!ってね」

言い方がおかしくてクスッと笑みがこぼれた。

「……そうね」

「結婚、前向きになれそう?」

「あなたってば。クスクス」

「俺のことで悩めよ。笑いながらでいいからさ」

どうせまだ保留だろ?と聞かれて素直に頷いた。

「ぶっちゃけ偉そうにオラオラしてるのも、そうやって落ち込んでも可愛いって重症なんだ」

「……そう」

「信じろよ。黙ってりゃ絶世の美女、しゃべれば怒り狂ったスズメバチ、落ち込んだら可愛くて抱き締めたくなる。全部引くるめてほしいんだよ。わかる?」

「あはは!スズメバチだなんて失礼ね!」

「はは、たくさん笑えよ。萎れたとこを回りに見せるなよ。敵が増える」

「ふふ。増えないわよ」

「まだ自信ないのか?」

「そうじゃなくて、こんな私の全部を気に入る人いないと思うのよ」

「見る目ないやつらばっかりと思うなよ。男だって」

「はいはい。いいから立ってよ。今はレッスンの時間でしょ。やらないなら帰って」

「切り替え早いって」

「それが私だもの」

そう言うとふふっと小さな笑みが聞こえた。

「それで帰る?」

「いや、レッスンをして帰るよ」

慣れたリード。

添えた手はいつもと同じ。

ステップ、回転。

いつもよりスムーズ。

会話は少なく絡む視線は増えた。

ちょっとした変化。

今は答えなかったけど。

私の答えは知ってる気がする。

彼はとっても頭がいいから。





~終~
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