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あれから二年。

何も咎はなかった。

あるとしたら公爵の嫡男としての名前を捨ててラークという平民になったこと。

「ラークゥ、どこぉ?」

「こちらにおります。末姫」

今の僕の居場所。

王宮の片隅。

陛下のお子のお世話係。

秘匿された本当の末姫。

生まれつき視力が悪く生活の介添えが必要だった。

へらへらの近衛と共にこの方に仕えている。

彼は末姫の護衛。

僕は末姫の侍従を勤め家庭教師をしている。

末姫は侍女の手を借りながら中庭まで僕を探しに来ていた。

その後ろにへらへらの護衛。

彼は見ぃつけたぁと王宮勤めらしくない物言いで僕を指さして手を振っていた。

「やっと見つかりましたねぇ、お姫さん」

「本当にやっとだよねぇ?探しちゃったよ」

目には布を巻いて目隠しをされている。

でも表情は豊か。

今も怒った口振りでぷうっとむくれてたのに、すぐ嬉しそうに口許は緩やかな微笑みに変わる。

「お部屋に飾る花を選定しておりました。お側を離れて申し訳ありません」

「それならいいの。お花の香りが楽しみだから。それでね、ラークにご本を読んでほしいの」

侍女とへらへらの近衛より、公爵家の嫡男として多くを学んでいるから、時折言葉の説明を求める末姫のために本は僕が読んであげなくてはいけなかった。

僕が来るまでは辞書を片手に読み聞かせしていたらしい。

「本日のお勉強を終えてからと思いましたが」

「うう、分かった。お勉強してからでいいよ」

「では先に本を選びますか?それからお勉強を始めましょうか」

「いいの?」

「末姫がよろしいのであれば。楽しみがあるとお勉強の張り合いになると思います」

「嬉しい。お勉強がんばるね」

手を繋いでとねだられて侍女と二人で挟んで手を繋ぐ。

僕は今年で20。

僕より5歳年下の末姫は普通の令嬢より小柄で背が低くこの三人としか過ごさないせいで中身も幼い。

末姫は15才。

普通ならデビューの年だけど残念ながら普通の令嬢として生活は出来ない。

ずっとこの王宮の奥で住まうことが決められている。

僕に見せたことはないが人と違う瞳をしているそうだ。

そうでなければまだ過ごし方を変えられたのにと陛下が仰っていた。

陛下はたまに様子を見に来られる。

王妃は来ない。

産んだことさえなかったことにされているそうだ。

なぜそんな風に邪険にするのかと腹が立ったが、一度お会いして考えを改めた。

一年間勤めた頃、陛下がお前なら良かろうと言って僕を王妃に会わせた。

陛下は末姫の側に置いている者だと紹介した。

そしたら王妃は僕に初めましてと挨拶をして死んだ娘の菩提を弔ってくれてありがとうと泣いて感謝するのだ。

娘は死産で産まれたと本気で思い込んでいる。

王宮の奥には陛下が亡くなった娘の成長を慰める離宮があり、架空の姫の側仕えだと考えていた。

末姫は生きているのにと思った。

だけど13年も娘の婚約者だった僕の顔をご存じのはずなのに僕が誰か分からない。

他にも脈絡もなく、ちぐはぐなことをたくさん口にしてうすら寒くなるほど恐ろしかった。

いつも陛下のお側におられて挨拶しかしたことなかったから分からなかったが、心を病んでらっしゃる。

王妃が不思議なことを話す横で陛下は痛ましいのか悲しいのか泣きそうなお顔で王妃を見つめていた。

それからは不満が頭をもたげることもなく、ただ末姫が過ごしやすいようにと心を尽くした。

二年もたつと陛下はぽつりぽつりと王妃のことを僕にお話になる。

立て続けに四人も産んだのに男児を産めなかったこと、普通と違う子供を産んだことで陛下の知らぬところで傷つけられて精神を病んだと仰っていた。

「妻を守れなかった。だから嘘つきは嫌いだ。嘘に騙された自分も憎い。身内は味方ばかりではないよ」

王妃のお心を壊れるほど責め立てたのはご家族だと仰っていた。

「娘のこともすまないと思ってる。母親があの状態であれも苦しんだ。13年もあれを支えたことは感謝してる。パーティーをぶち壊したのは頂けんが。私に言うならもっと考慮したのに。娘の婚約者のお前も気にかけていたのだから」

あの場は各国の招待客もいたのにと文句を言われた。

「申し訳ありません」

大人しかった僕が豹変するほどの我が儘姫と知れ渡り、近衛に連れて行かれたあとも大声で罵っていたのを他の貴族や諸外国の代表にしっかりと見られた。

そのせいもあって、二年もたつのに新しい婚約者の選定で忙しいそうだ。

一番は本人がどれも気に入らないと怒るらしい。

王妃のあの様子を思い出して、僕を服従させたがっていたのは従姉妹なりの甘えだったのかもしれない。

そう思うと微かに同情がわいた。

本当に少しだけ。

事情を理解する両親は、だから彼女を優先してたと納得もした。

これも少しだけ。

今は僕の存在をなかったことにして変わらず従姉妹を可愛がってるらしい。

もしかしたら公爵家の養子にするかもって。

婿を取らせるだろうと陛下は話していた。

なぜそこまでと思うし、縁を切ったつもりでも心は寂しい。

「姉は一人しか産めなかったからね。女ばかりとはいえ四人も産んだ妻を憎んでいた」

妻を壊したうちの一人だと言われて僕は戸惑う。

「僕はその息子です」

憎いでしょうにと込めて口にすると、陛下は寂しそうに笑みを浮かべる。

「親のしたことで子供が苦しむのはねぇ。見たくないかな。それに随分昔に姉と話し合いは済んでるよ。今後は妻を傷つけないこと。求めるのはそれだけだ」

国の中枢の公爵家であること、実の姉であることで今は見逃すと仰る。

二度めは許す気ないけどと付け足して、表情には侮蔑が混じっていた。

「うちの心配な娘の面倒を見るようだから任すのもありかなと最近は思ってる。なぜか娘も姉にとことんなついているし。君には悪いけどね」

いいのかなと悩んだ。

僕のことは仕方ないし、縁が切れてほっとしてる。

でも従姉妹は自分の母親を壊した人と暮らすんだ。

「王妃様と僕の母のことは理解されてないんですか?」

「……何度か話をしたんだけどね。あれは本当の末姫を憎んでるし妻のことも嫌っている。姉が母親ならよかったと言っていたから養子になっても本望だろう。別に姉が娘を構うのは愛情ではないのだけどねぇ。罪滅ぼしと妻への優越感だけだ」

「陛下はそれでよろしいのですか?」

「あの子も大人だ。もう止めようがないし、妻を傷つける娘を見なくて済む」

陛下にとって実の姉と娘が敵だったんだと理解して口をつぐんだ。
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