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性癖

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「団長、私成長だと思うんです」
「何がだ?」
無理に曲げた首を撫でながら尋ねた。
本当に痛い。
強化を押さえめにしていたようだが、それでもこの威力か。
「自分からキス出来ました」
先程の不機嫌が一変してなぜそんなに目をキラキラさせて喜んでいるのか分からない。
「…それが何の成長なんだ?」
「お母様にしか出来なかったんです、私」
「いつもご兄妹で、」
そこまで言ってはたと思い出す。
まともに頬や額にキスをしていたのは兄のロバート殿だ。
逆にエヴから唇を当てない。
おでこや頬をグリグリと当てて子供のような仕草だった。
「潔癖だったか」
営みの毛嫌いは理解していた。
それも潔癖と評していいのだが、あれだけ慕っているロバート殿にまで潔癖だったとは気づかなかった。
「すごーい、私」
自画自賛する様に苦笑いが出る。
「またしてみるか?」
「もういいです。信用ないので」
あっさりと断られて残念だった。
謝ればすぐに、いいですと許すが先程のように触らせてくれない。
自分の失敗に落ち込んで耳が垂れるとエヴがそれに気づいてつついてきた。
「慣れたのかなぁ?」
膝立ちのエヴが触りやすいように頭を斜めにして寄せてやる。
「私にか?」
「皆、無理矢理触るから。精力もいるし」
どうせ二人しかいないとお互い床に座ったまま。
エヴが耳に顔を寄せて毛並みを楽しむ。
「あむ、」
「ぐ、その、性癖は、どうにかしろ」
「むー」
ヒムドにもよくやるが毛並みを食みたがる。
私にまで。
嬉しいやら押し倒してしまいそうな拷問のような。
普段はヤンに叱られるからしないのに、今は怒られる心配はないと気が緩んでいる。
あむあむと頭に顔を突っ込んで私の獣耳を咥えて時折引っ張って遊ぶ。
「まさかと思うが、獣人らの毛皮もこうしてるのか?」 
「あむー、しません。皆、お風呂嫌いだから」
臭いが強烈で触るのも悩むそうだ。
「猫科の皆は綺麗好きだけど、家の中でしか触られたくないって言ってました。人前ではあり得ないって。犬科はどこでもいいって。でもいつも泥んこだからあんまり触れないし、ハムハムもしません」
「…触れるなら触るのか」
悋気で腹が痛い。
我慢しないとエヴが怒ると思って堪える。
「皆、奥さんいますから触っちゃだめです」
顔にすりすりと毛並みを撫でて満足そうにしている。
「でも番だから団長の耳と尻尾は私のぉ。うふふ、あむ、」
飽きずにかぷかぷと咥えて楽しそうだ。
痛くはないがくすぐったいしムラムラする。
「やるから結婚してくれ。結婚したら毎日好きなだけ遊べる」
「え?本当に?」
いつもと違った反応にがばっと頭をあげた。
「あ、耳が」
「結婚してくれたら好きなだけ咥えて遊んでいいんだぞっ」
「本当?いいんですか?」
今まで何度もプロポーズしたのに。
初めてエヴの目がキラキラ輝いている。
「結婚したいです」
「よっし!」
「毎日触ってハムハムしていいんですよね?」
「ああ!していい!」
「やったぁ」
「ジェラルド伯に言っていいな?!」
「はい」
そうと決まればとエヴを抱えて陛下とジェラルド伯のもとへ走った。
二人とも突然のことに仰天していたが、本人がいいならと了承してくれた。
だが、急な心変わりの理由を尋ねられて頭が冷えた。
こんなふざけた話が通るわけない。
私が肩を落として言い淀む横でエヴがニコニコ笑いながら答えてジェラルド伯の怒鳴り声が響いた。
「グリーブス団長!あなたはもう少し落ち着いていらっしゃると思っていたのに!そんな子供だましのような話で娘を懐柔したのですか?!エヴ!お前もだ!一生を左右することを毛皮を触りたいだけで良しとするな!」
理由が理由なだけにジェラルド伯にエヴがしこたま叱られ、私も陛下から、君らは馬鹿なのかと軽蔑と侮蔑の眼差しを受けるはめになった。
「カリッド、人狼は番が絡むと本当にポンコツだな。このままで本当に大丈夫なのか?」
「…申し訳ありません。業務には支障がないように務めます」
「そうしてくれ」
恥ずかしさで居たたまれない。
「私としては君らが結婚するなら理由は何でもいいけどね。…け、獣耳を噛みたいだけだろうが、何でも、ふふ、ぶふっ、あはは!ば、馬鹿だ!あはは!」
不機嫌だったのに堪えきれずに机を叩いて爆笑していた。
エヴもさすがに可笑しかったのかと反省して赤い顔のままもじもじと手を握って恥じている。
「そんな、変な理由だったんですね。すいません」
「あー、おかしかった。かなりね。でもあなたは、カリッドの毛皮がとても好きらしいね。ジェラルド、別にいいんじゃないか?結婚を許しても。対外的に黙っておけばいいことだから」
「許したとして戻ってきた時の事を考えるとですね」
ジェラルド伯は憮然と答えた。
「戻る?」
陛下はまだ笑いすぎて腹が痛いらしい。
目元の涙をぬぐって片手は腹をさすっていた。
「気に入らないとなればこの豪腕で戻ってきますよ」
「豪腕ねぇ。報告書は読んだけど実際どのくらいのものなのか」
疑わしいと首をひねる。
ジェラルド伯と私は眉をひそめて目配せをした。
陛下もこのエヴの穏やかで従順な気質と可愛らしい見かけに騙されている。
「娘は守護の紋で傷つかないだけではありません」
「基礎は何もありませんが、日をまたいで長時間の持続を出来ますし、瞬間的な強化だけで並みの人狼以上の腕力を発揮します」
「言いすぎではないか?」
軽くいなす陛下に私達が真面目に顔を向けた。
「力量を見誤りだとは思いません」
「そのために我が家としては結婚するなら相手が頑丈であることを条件に考えています。それと娘自身が大事にするような相手でないと命の保証が出来ません。瞬間的に殺してしまう懸念があります」
ジェラルド伯も続けて答える。
「武術に関しての手習いがないので突然の手加減は苦手のようです。私を含めて危険が何度かありました」
「…手間な娘だ」
呆れてエヴを見つめるとその視線にエヴの肩が丸く小さくなる。
申し訳なさそうな顔を見つめて意外にも陛下の顔が緩む。
「二人の言葉を信じないわけではないが、こうも幼い反応を見るとにわかに信じがたい」
何か目に見えるものはないかと尋ねられてジェラルド伯と顔を見合わせた。
「…何かと申しますと、」
「…また腕相撲でもしますか?」
陛下が興味を持たれだが、部屋を壊すかもしれないとジェラルド伯が止めた。
昨日の勝負で数分ほど互角に戦い、最後は強化のかけすぎでお互いに立てなくなったと話すが、本当だろうかとやはり信じがたい様子だった。
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