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老執事

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ノックがなり、老齢の執事が入室すると一瞬ジェラルド伯とエヴの存在に固まった。
案内した覚えのない来客に戸惑いを隠せずにいる。
「お食事のご用意が出来たとお知らせに参りましたが、まだお二方のお支度が足らないようですね」
「一人分だけ追加しなさい。もう一人は帰るから問題ない」
「いえ、私も帰ります」
「…カリッド?」
「番と離れたくないので」
当たり前だろうに陛下がこめかみを押さえた。
「まだ話がある。残りなさい」
「なら番と一緒にお願いします」
「え、私帰りたいです。お先に失礼します」
「逃がすか」
慌てて床の影に手をつこうとしたので腹に手を入れて持ち上げた。
「おろして!」
「だめだ。逃げる気だろう」
「カリッド、ここに二つ名の襲来が来ては困る」
「私が夜も護衛しましょう。三度、対峙したので戦えます。それか今夜は私の屋敷へ預かります」
それなら他に私兵の護衛を用意できる。
「団長!まさかそのまま閉じ込める気ですか?!嫌だ!行きたくない!」
「いや、招くだけだ。どうせ生半可な牢では意味をなさない。そんな支度は出来ていない」
「支度?!やっぱり閉じ込める気だ!やだ!」
背中から抱えてるので腕を押して抜けようとじたばたと暴れた。
「分かった。宿泊はカリッドの屋敷だ」
「陛下、年頃の娘にそれはあんまりです!グリーブス団長、娘をおろし、」
「ジェラルドは王宮に泊まるといい」
陛下の言葉に、ばっと首を振り返る。
「な、娘だけを預けろと」
「カリッドが番と親交を深めるのは大事なことだろう。自由と猶予を与えたが、私はぜひご息女にグリーブスの栄誉を全うしていただきたい。共に過ごして気も変わるかも、」
「ふえ、ぐず」
急にすすり泣きが響いてエヴへと注目が集まる。
「こ、怖いぃ。閉じ込められて二度と出られないんだ。またいじめられる、またぁ。またなのぉ?ふええ、ふええん」
「娘を返していただこう」
泣かれるほどと思うと捕まえる気にならず黙ってジェラルド伯に引き渡す。
「以前のことはすまなかった」
そう告げるのにひんひん泣いてジェラルド伯の胸にしがみつく。
「…カリッド、こんなに脅えて本当に大丈夫なのか?伴侶となれるとはとても思えないのだが」
だいたい、この姿を見たら噂の鬼姫とは思えんと小さく呟いた。
「陛下、カリッド様、どのような事情か存じませんが、このように女性を泣かせるのはいただけません」
老齢の執事が昔と変わらないしかめっ面で私達へ苦言を呈した。
「デオルト、泣かせるつもりはなかったんだ」
陛下も子供の頃のように罰が悪そうに顔をしかめて言い訳をする。
私も小さい頃の叱られた記憶を思い出して頭を下げた。
「左様でごさいますか。私はお二人に脅えて泣いてしまったように見えましたが」
非難の眼差しのまま、ポケットからハンカチを出してジェラルド伯へと渡すとありがたく受け取ってエヴの顔を拭く。
「お可哀想に。クレイン辺境伯、こちらでお化粧直しにご令嬢をお預かりしてもよろしいですか?」
このままにするのはと濁すのでジェラルド伯も頷いた。
「事情により常時護衛が必要なので私も側にいます」
「分かりました。こちらへどうぞ」
デオルトがメイドを呼んで二人の案内を任せた。
「お食事の追加も知らせておきます」
何にせよ女性を泣かせてはいけませんよと静かに告げて出ていった。
気まずく陛下と視線を会わせると背後からくく、と堪えた笑いが聞こえた。
「…シモン、何か面白いか?」
「いえ、レディの初々しさが何とも可愛くて。カリッド、どうする?手強いねぇ」
「…魔導師長なら封印が施せるのではありませんか?」
それだけでも充分。
上位種としての管理からは外れるし、三人からの精を吸うこともなくなる。
「しても構わないけど能力が下位種になる程度かな。精を吸うことは変わらないし、器の大きさもそのままだから、逆に吸う力が減っていつも飢えることになる。勧めないね。それに年頃だから仕方ないよ」
「年頃?それが何の関係があるんですか?」
「身体が成熟したから自然と異性を求める。もとの封印が破れたのはそのせいだ。思考と身体は別だから満たしてあげた方が手っ取り早いと思うよ、私はね」
魔導師長はひとり会得に頷いて私は首を捻る。
「魔力の成長で破れたとラウルが言ってましたが」
「あの子もそれなりに詳しいけど、私は淫魔の専門だよ」
「シモン、精を糧にするようになったのなら免疫があるはずだろう?なのになぜあんなに物知らずの無知なんだ」 
それなりに淫魔らしい経験があるはずだと、二人がいなくなって陛下の口が軽くなった。
「守護持ちだからでしょうね。陰部から大量に得られないから肌の接触で吸収してました。そうやって管理してると思われます」
それは伯に確認されるといいと答えた。
「いん、」
陛下が予想外の単語に目を丸めて言葉がつまる。
「触って確認しました」
魔導師長のその一言でみしりと身体が動く。
捕まえて首を捻りたい。
「…カリッド、落ち着け」
バキバキと鳴り始めた金鳴りに陛下が手を上げて制する。
「逆さつりにした上、よくも恥知らずな真似を」
「言ったろ?必要なことだと、うぐっ!」
またべしゃっと絨毯に押し潰された。
陛下を見ると先程と同じように手の甲を向けて眉間にデカイ亀裂が入っていた。
「やりすぎだ。馬鹿者め」
しばらくするとデオルトが食事の支度が整ったと呼びに来た。
エヴとジェラルド伯は先に案内して通しているそうだ。
「魔導師長は、いかがされますか?」
ソファーとテーブルの隙間。
床に這って苦しげに呻く魔導師長を一瞥し陛下へ尋ねた。
慣れた様子から常習なのだと分かる。
「しばらく放っておけ。ご令嬢に失礼過ぎて同席させられない」
「かしこまりました」
「先程も堪えていたのだろう。…はぁ、そうとも知らずに、居丈高に接してしまった」
食堂へ向かう途中、後悔にため息をはいて、可哀想なことをしたと肩を落とす。
「だから詳細を言えと言ったんだ」
「言えません。憚られます」
睨まれたが、こちらも負けじと睨み返せば仕方がないと頷いた。
「魔導師長の腕、」
特に触れた利き手を潰したい。
「それはだめだ。ワイバーンとユニコーンで我慢しろ」
他の使い魔の使用も許したのにと睨まれた。
「不服ですが仕方ありませんね。クレインへの処分はいかがされますか?」
「何もない。もとからジェラルドを疑う気はない。むしろこちらの非が大きすぎる」
身内と部下のことで頭が痛いと顔をしかめた。
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