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忠誠

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半刻ほどたたずに扉が開いて執事長がお辞儀をして入室する。
「お待たせいたしました」
私も立って礼を取ると頭を上げろと柔らかい声が頭に降りかかった。
「カリッド、お帰り」
子供の頃から変わらない柔らかい微笑み。
金糸のような美しい髪を後ろに束ねて空の青のような澄んだ瞳を細めている。
癇癪持ちの大公とは違い穏やかな気質。
しかし謁見の間で人前に立つ陛下は沈着冷静なお妃にそっくりで私といる時だけこうやって相好を崩す。
「陛下、突然のお目通り、」
「固い挨拶はいいから。友人の君が無事で嬉しいよ」
急な謁見にも関わらずにこやかに旧友として手を取って無事を喜んでくださる。
「耳と尻尾もすごいね。出しっぱなしかい?」
「楽なので」
触るよと断って私の尻尾をポンポンと持ち上げた。
しばらく私の変貌を確認されたらすぐに長椅子に足を向けた。
「それで本当に彼は魔導師長なのか?」
「はい」
「初めて見たよ」
長椅子に仰向けに寝かされた魔導師長の若い顔をしげしげと眺めて感心に頭を揺らしている。
「年寄りだと思っていたのに」
「私もです」
「目尻に黒子があったんだ。へぇー」
人前では陛下としての態度なのに昔の言葉遣いで答えて緊張はほどけている。
魔導師長の異常事態と私の突然の訪問にも慌てた様子はない。
「カリッド、君には先に父とペリエの件は謝っておくよ。それにしてもわざわざ謝罪に魔導師長をクレインへ送ったのに、こうやって帰ってきたことをどう考えたものかな」
「少々よろしくないことになりましたとだけお伝えします」
首を捻る陛下に端的に答えた。
執事長のお茶の支度が整い退出してから促されてソファーに座る。
「人払いはすんでるよ。それでその中は?」
腹の袋に指をさされる。
黙って中からヒムドを出す。
行儀よく私の隣に移動して背中を伸ばして座ると挨拶のように、みあと短く鳴いた。
「猫?拾ったの?」
「そんな子供じゃありませんよ。ジェラルド伯との連絡手段です」
術師と遠見で繋がっていることを説明してから同席の許可を願う。
「この子が?」
「従者の一人が作った使い魔です。姫の気遣いで私に託されました」
「へぇぇ、可愛いね。この子」
使い魔なんだと感心しながらおいでおいでと手を揺らす。
テーブルに乗って目の前に進むが、手の届かない位置で座ってまた、みゃあと挨拶をした。
触ろうと手をかざすと、すうっとよけて私の隣に戻って座る。
「賢いね。妻と子供が喜びそうだ」
「魔導師長に頼むとよろしいのでは?」
そう言うとぱっとヒムドから視線を外して私へと振り向く。
「魔導師長のこともだけどクレインで何があったんだい?まずは君から話を聞きたい」
「概ね鳥の連絡の通りなのではないかと思います」
おそらくエヴの能力の報告と隠蔽について。
「来たよ、山ほど。クレインの姫だね」
彼女が魔導師長をこうしたのかいと問われた。
「気絶させたのは私です。魔導師長が私の番を調べるのに手荒な真似をされたので送り返すことにしました」
「番?」
クレインの姫が番ですと答えると眼を丸く口がぽかんと開いた。
そのままの驚いた様子でおめでとうと返ってきた。
お礼を述べて顔を見るとまだ驚きは抜けていない。
「その報告は混ざってなかったんですね」
「そうだよ。そういうことじゃなくて…」
陛下は考え込むようにソファーの背もたれに身体を預けた。
「気にしているのは鳥のことか。…そうだね」
答えを待つ間、お茶を一口いただく。
「全てクレインの姫についての報告だった。肉体は人族で間違いはないそうだが、神龍の神力と呼べるほどの魔力と淫魔の能力を持つ。完璧に人の亜種になるらしい。魔力と能力だけなら黒獅子並みの危険人物だと報告があった」
「気質は穏やかです。ジェラルド伯の教えに忠実で国への忠誠心もあります」
「番のためにここへ戻ったのか」
「はい」
「ふふ、そうか。話を続けて」
言いたいことがあるなら聞くよと穏やかに促す。
「いえ、これ以上はありません」
「そうなの?」
「姫を含めてクレイン辺境伯方は陛下への忠誠心が厚い。これ以上、必要な報告はありません」
しばらく私の顔を見つめて口角が緩く上がった。
「君が言うならそうなのだろう。何かしら他に言うのかと思ったら、ふふ、」
「それ以外に必要ですか?」
「いや、いいよ。いらない。ふふ、私が欲しいのは信頼に足る者だから。カリッドが言うのなら信じる気になった」
くすくすと背を丸めて笑い続けた。
「それで、どんな姫君?かなり気性が荒そうだけど」
君と張り合えるほどだよねと尋ねられた。
「努力家ですね」
「へえ、そう。報告書や噂だけ聞くとね。どんな苛烈な姫君かと思ったよ。ジェラルドと息子のロバートとは面識があったけど、奥方はお会いしたことがない。昔、ご息女は病弱と聞いていたのに今回こんな豪腕を発揮した。報告と違うと信頼が崩れるね」
「治ったのは6年ほど前だそうです。それでも身体が動けるようになっただけで赤子のような状態だったと聞きました」
「何の病気?」
「産まれた時から守護の紋と強い魔力の相性が悪かったようです。私も目の当たりにしましたが、本人の魔力に反応した紋が全身にコブ状に膨らんで呼吸も出来ないほどでした」
贄として狙われていたこともヤン達のことも伝えると眉をしかめてため息を吐いた。
「…よく生きていたね」
「私もそう思います」
問われるままクレインでの私達の働きぶりやジェラルド伯やエヴ達の戦歴と人となりについて答えると陛下が私を見据えて頷いた。
「番だから盲目的に見ているわけではないようだね。そこは変わらないみたいだ」
「性分かと思います」
腑抜けになれば困ると顔から考えが透けて見えた。
「あ、そうだ、だから彼は何をしたんだい?君を怒らせたんだろ?まさかジェラルドも怒らせたのか?」
「だから、申し上げたでしょう。手荒に、」
「手荒って何をしたんだ。クレインには父上とペリエがやらかしてるんだ。もうこれ以上彼らと溝を深めるわけにはいかないんだからね。身内がヘマをやらかして部下を謝罪に行かせたのにそれがやらかすってあんまりだ。把握しとかないとこちらからどう返答するか困るって。今までの件も含めて全部報告してくれよ」
「嫌です」
「なんで?困るよ」
「私から言いたくない。腹が立ってそいつを殴りそうだ」
つい昔のような受け答えをしてしまう。
魔導師長を指さして眼をつり上げると陛下はすぐに立ち上がって魔導師長の頬を軽く叩く。
「起きろ。シモン」
「失礼、陛下」
目を覚ます気配はないので交代し、腹いせに横っ面を強くひっぱたいた。
「うわ、痛そう」
「おい、起きろ。くそじじい」
ばちんばちんと三度叩くと長椅子から転げて逃げた。
「いったぁ~…、ひど、カリッド。お前、年長者に向かって、」
「恨みを買うからだ。くそじじい」
「ああ、腹も頭も顔も痛い」
「そうか、いい気味だ」
「狼は執念深いんだった。底意地が悪い」
「黒ウィッカーといい勝負だ。それより早く立て。陛下の御前だ。しゃきっとしろ。じじい」
「え?なんでクレインに陛下が?いったぁ!」
ボケた魔導師長の腕を引きずってソファーに投げ込む。
「返品だ。例の治療は終えてクレインの姫に手を出したからな。陛下のご意向はクレインへの謝罪だった。じじいはヘマをやらかしたんだ」
「ヘマではないよ」
「なら陛下に尋ねてみろ」
魔導師長が顔を向けると陛下は眉をしかめていた。 
「…手を出した?…まさか黒の本能に従ったのか?」
「好奇心はありましたけど本性を調べようとしただけですよ」
「だからと言ってクレインの姫を足から逆さつりにするなどあり得ない。普段は鎧姿だが、今日は女性の装いだったのに」
陛下の顔色が青く変わる。
「…姫を逆さつりにしただと?事もあろうに、あのジェラルドの娘に?しかも最大の功労者を」
逆さつりは刑罰の一種だ。
事の重大さに陛下は頭を抱えた。
「…カリッド、シモンの命を救ったな」
「どうでしょうね」
「ジェラルドはかなり気位が高くてもとの気性が荒い。すぐに連れ出してくれて感謝するよ。シモンを死なすわけにはいかないからね。だが、何かしらの謝罪はいる。ああ頭が痛いなぁ、もう」
「みあー」
ヒムドが鳴くと私の紅茶を倒してテーブルを水浸しに。
「おい、ヒムド」
珍しい粗相に慌ててカートからナフキンを探す。
「待て、カリッド。伯からのメッセージだ」
「は?」
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