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従順

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背中を倒して寝転ぶと後頭部に柔らかい感触が当たる。
頭上にエヴ嬢。

「お耳~」

楽しそうに笑っていた。

「お疲れだからマッサージしてあげます」

「あ、え、」

額の髪を撫でられ、頭皮と耳をむにむにと揉まれて赤面した。慣れたつもりだったが急にこの距離は心臓に悪い。
ばくばくと脈打ち身動き出来ずに固まった。

「にゃー」

「ぐっ、」

またヒムドが飛び出して私の胸にどんと着地し、いきなりのことに一瞬息が詰まる。
ぐるぐると胸の上を回ってどすん、と座り込み、今度は喉からぐるぐると音が鳴る。

「抑えててね、ヒムド」

くすくす笑うエヴ嬢にいいのかとヤン達へ視線を回すとラウルはラグに座って本を読んで、ヤンはロバート殿が贈ったブラシを持ってエヴ嬢の元へ寄ってきていた。

「団長、そのままエヴ様のお相手をお願いします。ブラシを面倒くさがって逃げるので」

「はああ?」

「毎晩、捕まえるのが大変なんですよ。子供ですから」

「違いますー、子供じゃないもーん」

「淑女は身だしなみを毎日整えます」

「淑女じゃなぁい。私、兵士だもーん」

鼻歌混じりのエヴ嬢の返答にヤンが呆れて答えた。

「ああ言えばこう言うようになりましたね。本当に困った。ですが、せっかく頂いたのだから、使わないと」

「だってブラシが勿体ないんだもの。お兄様とお母様がくれたから大事に飾っておきたい」

「手入れをすれば長く使えます。使わない方ががっかりされますよ。でも今日は重石があるのでなんとか出来そうですね」

「重石?いいの?団長にそんな言い方」

「とてもお心が広いので怒りはしません。そうですよね?」
「ヤン、覚えてろ」

顔を赤面させてからかうヤンに言い返したら、くくっとダリウスの笑い声が聞こえた。

「本当に笑い上戸だな」

少しふて腐れぎみに言うと見える範囲に立ち寄って顔を隠さず牙を見せてニヤニヤと笑っている。

「面白いですよ。泣く子も黙る鬼の団長が、ふはっ、は、」

堪らない様子で初めて大きく破顔した。

「オレはこれをリーグに話すのが楽しみですね」

ラウルの軽口まで聞こえてきた。

「昼間の遠泳の早さも感動ものでした。まあ、あれはオレも慌てたけど。でも、ダリウス突き飛ばして、あの、格好ではしっ、て、ぷっ、くはっ、あはは!走るのも、早くて、ダリウスが尻餅ついてっ!あははっ」

「しかも、顔が必死で、」

ダリウスと二人でゲラゲラ笑って、ヤンもくくっと声が震わせている。
笑い者に腹が立つがむしゃくしゃはしない。
昔、団に入りたての頃は仲間同士こうやって過ごした。
長く勤めて死んだ奴や引退した奴。
残ってる奴は少ない。
団長という地位から気心知れるというだけでは側に置けず、人を評価して算段ばかりしていた。
ここまで私に対等に向き合える奴らは気持ちよかった。

「ねえ、昼間の何がおかしいの?団長の何を見たらダメだったの?何も変わってなかったのに。何か違ったっけ?教えて?」

ピタッと三人が止まって今度は私が笑う番だった。

「いい、気にしなくて。私が急に飛び込んでおかしかったんだ」

「そう言えば何で水に飛び込んだんですか?」

「エヴ嬢があんなに走ってくるからだ。鬼ごっこだ」

「えー?嘘ですよね?」
「嘘だ」 
「嘘つきは嫌いですよ?」
「悪い。だが、あんなに裾を抱えて走ってくるな。素足が出ていた。ご令嬢のそんな姿を見たら走って逃げ出す」

「え?そうなの?」

「そうです。だから私も何度も止めたんですよ」

私の嘘にヤンが乗っかる。

「あなたの立場でご令嬢が素足を晒すのはとても悪い。だから暑くても全身を覆った鎧だ。他の男達はもっと涼しい軽装だろう?逆に本来なら私達が女性の前で腰巻き一枚を晒すのも行儀が悪い。今は有事で仕方がないが、男の肌を見たと人に言わない方がいい。分かったか?」

「えと、分かりました」

ぽやっとしていたのでもう少し噛み砕く。

「ご令嬢だが、兵士の勤めもこなしている。見たくなくても見てしまうのはしょうがない。あなたは素肌を出したことないだろう?だから悪くない。晒している私達の行儀が悪い。でも信じない人や意地悪な人がいるから黙ってろと言ったのだ」

そっかーっと納得し、また耳のマッサージを始めた。

「前から思ってたけど本当に口が上手い。ナニコレ?王都仕込み?すごくね?何なの、あれ」

「…俺は口下手だから助かるが」

二人の微かな会話に耳がピクピク動いた。
このやり取りに緊張がほどけて目をつぶった。
ペット枠は変わらないが、三人の中で立ち位置が変わった。
受け入れられてみれば予想以上に認められた同等の扱いに心地よさを感じた。
彼らのエヴ嬢への献身と愛情は好ましい。努力家で、聡明さもあり、共に戦うに楽しい男達だ。
うとうとと微睡み、気配に目を覚ますと暗闇の中でヤンとラウルが二人で起きていた。
身じろぎをするとふにっと柔らかい物に頭が覆われていた。額と頭に当たるのは毛むくじゃらのヒムドと分かった。
それと細い腕が頭に抱きついて私の肩から胸に、どかっと片足を乗せて耳には息が当たる。

「…ヤン、これは?」

小声で問うとまた二人のからかう笑い声が小さく聞こえる。

「お静かに、エヴ様が起きます」

「…お前。…だから、これはいいのか?」

「ふふっ、ざまぁみろです。団長もエヴ様に弄ばれて苦しめばいい」

「あのな」

「中身は六歳児です。いつも通り忍耐で貫いてください。ラウル、頼んだ」

「了解。団長の見張りは任せろ。おやすみ」

「ああ、おやすみ」

「待て、お前ら」

「番の思うままにさせてあげたいんですよね?番には逆らえない。人狼の本能なのかな?あー、それにあいつの撃退も。頭数入れとくので、今度から交代制です。というわけで主がお世話になります。おやすみなさい」

「ラウル、おいっ!なんで、知ってる」

私がロバート殿に言った覚えのある台詞だ。

「しーっ」

ぴくりとエヴ嬢が動いて私も黙った。
天幕の外にいて聞こえないと思ったのに。知られたことはどうでもいい。ただ逆手に盗られてからかわれたことが釈然としない。
ただでさえ熱帯夜なのにヒムドとエヴ嬢の体温が暑くて全く眠れぬ夜を過ごした。

「お前らはこういう目に合ってるわけか」

三人が動き出したら開口一番に呟く。寝相の悪いエヴ嬢は頭から移動して尻尾を枕に、腹の上には両足を置いて大の字で寝ていた。夜中、下心に捲れたと期待して覗くと寝巻きのワンピースの下に靴下と男物の長ズボンを履いていてがっかりした。
これなら確かに暑かろう。

「普段は寝台でお休みですよ」

膝枕にお休みになるから動けなかったと笑う。
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