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水場
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ロバート殿に目を向けると目を細めてふわっと笑う。
「お兄様、何かありました?」
「先の戦況についてご質問があるそうだよ」
「ふぅん、そうなんだぁ」
つまらなそうな気の抜けた返事にロバート殿は、行儀が悪いと優しく叱ると子首をかしげて素直にごめんなさいと答えた。
目がどうにも身体に目が引き寄せられてさ迷ってしまう。かと言って顔に目を向けると、腹の底から熱く滾る感情が湧く。どこを見るとも出来ずに視線をゆっくり周囲に向けた。
目についたのはもう片方の手甲。
手首から肘の半分までを覆い、編み上げで締めるものだ。
エヴ嬢のすぐ隣に、ベンチの上に置かれたそれを指さす。
「見ても構わないか?」
エヴ嬢が首をかしげて、隣の手甲をちらっと見るとしばらく考えてそれを手に取る。
「どうぞ」
拾って渡される手の爪をじっと凝視する。
顔を見ることも、まともに話しかける余裕もない。
なんとまあ、情けないと自然と苦笑いが出る。
だが、女性に緊張するなどらしくない。
いつも通りだと自分を切り替えた。
「エドも宿舎で報告書の用意を頼む」
「…はい、すぐに」
一瞬、エドから戸惑いを感じたが見なかったふりだ。
「ロバート殿、ベアード殿も。このまま話を聞くだけなのでこの場はお気になさらず戻られてください」
笑顔で二人にそう告げると下を向いていたエヴ嬢が兄のロバート殿を見てすぐに、くるっとこちらへ顔を見上げた。
人形のような顔立ちとただ丸くなっただけの瞳を向けられ一瞬、羞恥心と罪悪感がない交ぜにした気恥ずかしさで戸惑った。
ロバート殿は微かに眉をひそめ座ったエヴ嬢の前に立つと腰を屈めて額に顔を寄せた。
「質問に答えるだけだから。それ以外はないよ」
「…はぁい」
唇を突き出して不満げだ。
兄の近づけた顎に額を当て返している。
「ダリウス、ヤンはどこに?」
「洗った甲冑を持っていきました。食事になれば呼びに来ます」
ダリウスと呼ばれた赤毛の大男が低い声で答えた。
「グリーブス団長、赤い髪のこちらがダリウス、ベアードの息子、見た通り彼もオーガの混血です。エヴの後ろの少年はラウル、ハーフハーフエルフです」
二人とも作業を続けつつ私へ軽く頭を下げた。
「二人とも、黒獅子の討伐に参加したうちの二人です。エヴと負けず劣らず大型の討伐が出来ます。何かあれば役に立ちますし、話を聞かねばなりませんよね?」
二人の同席は飲めと。
内心どうやって二人を追い払おうかと思案していたのに手を打たれたら仕方ないと黙って頷き返す。
ならばとエヴ嬢の隣に勝手に座った。
「これをつけ終えてから話を聞こう。エヴ嬢、手を」
半ば強引に手を取り腕に手甲を被せる。
「グリーブス団長、」
「エヴ嬢、大まかな話でいいので聞きたい。話をしてくれ」
ロバート殿のいら立った呼び掛けを遮ってエヴ嬢へと話を振る。
どうやらダリウスは編み上げたようで立ち上がり一歩下がった。
「ダリウス、あとでに来い。ロバート様、旦那様へ詳細の報告に行かねばなりません」
「ベアード、しかし」
「反発し合いで余計に、とも思います。今はダリウスとラウルごいますし、エヴ様は気にしてらっしゃらない」
くすっと笑みを浮かべて目線の先のエヴ嬢の表情を横から見つめると、くうっと欠伸を噛み殺した声が漏れる。その隣のダリウスから微かに、くっと笑いを噛み殺す声も聞こえた。
「失礼しました。ずっと座ってるのは飽きたので。お兄様、大丈夫。質問にお答えするだけでしょ?私でも出来ますもん」
お仕事いってらっしゃませとロバート殿にだけ微笑みを向ける。
「お肉いっぱい獲ったからたくさん召し上がってくださいね」
「ああ、がんばったね。今から楽しみだよ」
妹の呑気な様子に苦笑いをしながら頬にキスを落とすとベアードと去った。
「ふあ、…失礼しました。魔人のことをお聞きになりたいんですよね?別に面白いことありませんよ」
「陛下への報告義務がある。面白い面白くないは関係ない」
勢いで隣に座ったものの顔を見れる訳でもなくせっせと手甲の編み上げに革紐を一本ずつ丁寧に刺して縫う。
「ああ、なら別に私から聞かなくても大丈夫ですよ。昨日、内容を書面にしてお父様に渡してますから」
「は?」
「ダリウスもラウルも、ここにいないけどヤンもちゃんと書いて提出してます」
「ロバート殿からは聞いていないなぁ」
知っていたら会わせようとしなかっただろう。
「まだご存じないのかも。団長はそちらをご覧になってからにしてください。何度も同じ話するの、疲れました。ねえ、お父様に知らせて。資料の手配を頼んでいい?」
「ラウル、ヤンに知らせろ」
低い声でダリウスがラウルへと呼び掛けた。
「分かった」
バサバサと鳥の羽ばたき。見ると創成魔法であろう。少年使い魔を手のひらから産み出していた。無言で腕を城の方へ向けると鳥は強く羽ばたいて飛び立つ。
感心し見とれていると手に触れていたエヴ嬢の腕がさっと引き抜かれて手甲の革紐も取られる。
「これで用は終わりましたね」
私には素っ気なく背を向けて座り直してエヴ嬢の前に膝まずくダリウスへと腕を向けた。時間をかけた私とは違い、受け取ったダリウスは手早く編み上げる。
いつの間に済んだのか髪型を整えていたラウルも手を止めて背後に控えていた。抜けた手の寂しさとこのまま離れがたい気持ちでエヴ嬢の姿を眺めた。
「王都では見かけない髪型だ」
エヴ嬢は今度はラウルへと顔を向けてラウルが口を開く。背を向けた私には少しばかり横顔が見えただけだ。
「こめかみに沿わせた細い編み込みのことなら隣国の流行りです」
未婚の女性は横髪の一部を結い上げて下ろした髪と一緒に流すのは一般的だ。
エヴ嬢の髪型もパッと見の結い上げの形は王都と同じだが、房の大きな結い上げが王都の主流と違って細かい編み込みが幾重にも巻き込んでいる。
繊細で大人しいデザインがとてもよく似合っていて後ろ姿を見るのも楽しいと気づいた。
「エヴ様、終わりました。移動を」
「そろそろごはんだね、行こう」
「お兄様、何かありました?」
「先の戦況についてご質問があるそうだよ」
「ふぅん、そうなんだぁ」
つまらなそうな気の抜けた返事にロバート殿は、行儀が悪いと優しく叱ると子首をかしげて素直にごめんなさいと答えた。
目がどうにも身体に目が引き寄せられてさ迷ってしまう。かと言って顔に目を向けると、腹の底から熱く滾る感情が湧く。どこを見るとも出来ずに視線をゆっくり周囲に向けた。
目についたのはもう片方の手甲。
手首から肘の半分までを覆い、編み上げで締めるものだ。
エヴ嬢のすぐ隣に、ベンチの上に置かれたそれを指さす。
「見ても構わないか?」
エヴ嬢が首をかしげて、隣の手甲をちらっと見るとしばらく考えてそれを手に取る。
「どうぞ」
拾って渡される手の爪をじっと凝視する。
顔を見ることも、まともに話しかける余裕もない。
なんとまあ、情けないと自然と苦笑いが出る。
だが、女性に緊張するなどらしくない。
いつも通りだと自分を切り替えた。
「エドも宿舎で報告書の用意を頼む」
「…はい、すぐに」
一瞬、エドから戸惑いを感じたが見なかったふりだ。
「ロバート殿、ベアード殿も。このまま話を聞くだけなのでこの場はお気になさらず戻られてください」
笑顔で二人にそう告げると下を向いていたエヴ嬢が兄のロバート殿を見てすぐに、くるっとこちらへ顔を見上げた。
人形のような顔立ちとただ丸くなっただけの瞳を向けられ一瞬、羞恥心と罪悪感がない交ぜにした気恥ずかしさで戸惑った。
ロバート殿は微かに眉をひそめ座ったエヴ嬢の前に立つと腰を屈めて額に顔を寄せた。
「質問に答えるだけだから。それ以外はないよ」
「…はぁい」
唇を突き出して不満げだ。
兄の近づけた顎に額を当て返している。
「ダリウス、ヤンはどこに?」
「洗った甲冑を持っていきました。食事になれば呼びに来ます」
ダリウスと呼ばれた赤毛の大男が低い声で答えた。
「グリーブス団長、赤い髪のこちらがダリウス、ベアードの息子、見た通り彼もオーガの混血です。エヴの後ろの少年はラウル、ハーフハーフエルフです」
二人とも作業を続けつつ私へ軽く頭を下げた。
「二人とも、黒獅子の討伐に参加したうちの二人です。エヴと負けず劣らず大型の討伐が出来ます。何かあれば役に立ちますし、話を聞かねばなりませんよね?」
二人の同席は飲めと。
内心どうやって二人を追い払おうかと思案していたのに手を打たれたら仕方ないと黙って頷き返す。
ならばとエヴ嬢の隣に勝手に座った。
「これをつけ終えてから話を聞こう。エヴ嬢、手を」
半ば強引に手を取り腕に手甲を被せる。
「グリーブス団長、」
「エヴ嬢、大まかな話でいいので聞きたい。話をしてくれ」
ロバート殿のいら立った呼び掛けを遮ってエヴ嬢へと話を振る。
どうやらダリウスは編み上げたようで立ち上がり一歩下がった。
「ダリウス、あとでに来い。ロバート様、旦那様へ詳細の報告に行かねばなりません」
「ベアード、しかし」
「反発し合いで余計に、とも思います。今はダリウスとラウルごいますし、エヴ様は気にしてらっしゃらない」
くすっと笑みを浮かべて目線の先のエヴ嬢の表情を横から見つめると、くうっと欠伸を噛み殺した声が漏れる。その隣のダリウスから微かに、くっと笑いを噛み殺す声も聞こえた。
「失礼しました。ずっと座ってるのは飽きたので。お兄様、大丈夫。質問にお答えするだけでしょ?私でも出来ますもん」
お仕事いってらっしゃませとロバート殿にだけ微笑みを向ける。
「お肉いっぱい獲ったからたくさん召し上がってくださいね」
「ああ、がんばったね。今から楽しみだよ」
妹の呑気な様子に苦笑いをしながら頬にキスを落とすとベアードと去った。
「ふあ、…失礼しました。魔人のことをお聞きになりたいんですよね?別に面白いことありませんよ」
「陛下への報告義務がある。面白い面白くないは関係ない」
勢いで隣に座ったものの顔を見れる訳でもなくせっせと手甲の編み上げに革紐を一本ずつ丁寧に刺して縫う。
「ああ、なら別に私から聞かなくても大丈夫ですよ。昨日、内容を書面にしてお父様に渡してますから」
「は?」
「ダリウスもラウルも、ここにいないけどヤンもちゃんと書いて提出してます」
「ロバート殿からは聞いていないなぁ」
知っていたら会わせようとしなかっただろう。
「まだご存じないのかも。団長はそちらをご覧になってからにしてください。何度も同じ話するの、疲れました。ねえ、お父様に知らせて。資料の手配を頼んでいい?」
「ラウル、ヤンに知らせろ」
低い声でダリウスがラウルへと呼び掛けた。
「分かった」
バサバサと鳥の羽ばたき。見ると創成魔法であろう。少年使い魔を手のひらから産み出していた。無言で腕を城の方へ向けると鳥は強く羽ばたいて飛び立つ。
感心し見とれていると手に触れていたエヴ嬢の腕がさっと引き抜かれて手甲の革紐も取られる。
「これで用は終わりましたね」
私には素っ気なく背を向けて座り直してエヴ嬢の前に膝まずくダリウスへと腕を向けた。時間をかけた私とは違い、受け取ったダリウスは手早く編み上げる。
いつの間に済んだのか髪型を整えていたラウルも手を止めて背後に控えていた。抜けた手の寂しさとこのまま離れがたい気持ちでエヴ嬢の姿を眺めた。
「王都では見かけない髪型だ」
エヴ嬢は今度はラウルへと顔を向けてラウルが口を開く。背を向けた私には少しばかり横顔が見えただけだ。
「こめかみに沿わせた細い編み込みのことなら隣国の流行りです」
未婚の女性は横髪の一部を結い上げて下ろした髪と一緒に流すのは一般的だ。
エヴ嬢の髪型もパッと見の結い上げの形は王都と同じだが、房の大きな結い上げが王都の主流と違って細かい編み込みが幾重にも巻き込んでいる。
繊細で大人しいデザインがとてもよく似合っていて後ろ姿を見るのも楽しいと気づいた。
「エヴ様、終わりました。移動を」
「そろそろごはんだね、行こう」
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