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第六章
馬には乗ってみよ人には添うてみよ12
しおりを挟む「え?」とセルゥが呟く。
青年が叫んだまさにその時、セルゥは背後に広がる崖に、後ろ向きに足を踏み外した……!
「セルゥ!」
その身体を横から突進するように飛んで来たロォがかっさらう。
刹那、セルゥの腕からリーベが滑り落ちて……!
青年は飛び出していた。
考えるよりも先に。
ただ無我夢中でその小さな身体を追い掛けて、その子の名前を叫ぶ。
青年の腕は、手は、確かにその小さな体にとどき、護るように抱き締める。
だが後にも先にももうどうにもならない。
想像以上の高さから、はるか下には川が、その濁流に向かって二人の身体が真っ逆さまに落ちていく。
もうダメだと、さすがの青年もそう思った。
仮に生き延びられたとして、その時赤ん坊も一緒に助かるとは思えない。
(あぁなんて事だ。こんな所で)
青年の意思とは関係なく今日までの事が走馬灯のように去来する。
幼い頃流行った不治の病に苦しむ人々が、行き交う民の光景が、今は亡き父と母の微笑みが、山羊の乳を粉末上に出来ないかと考えた日が、アルデラミンの怒った顔が、ソフラさんの作った美味しいシチューの味が、園の子供たちの笑った顔が、マールの困った顔が。
黄金色の長髪の少女が、その黄金色の瞳を濡らし涙する姿が。
(今死ねばどうなってしまう? 〝サラ〟は、あの子は瞳を痛めず泣かずに済むのか?)
あの日、ハクイに此方へ連れて来られた日を。
本当の意味で魔族を目の前にした日を。
魔王と出会った日を。
マールと再会した日を、イェンと出会った日を、悪魔の存在を知った日を。
たった数週間の事ではあるが妙に懐かしく色鮮やかによみがえる。
脳裏に水色の花と真っ赤な花がよぎった。
リーベが蝶へ手をのばして、青年の言葉を真似て笑って。
『ぱっぱ』
(ダメだ! 〝わたし〟はまだ死ねない!)
ここで死ぬ訳にはいかない! 死ぬのなら戻ってからでなければいけない!
ここではダメだ! ここでは余計な火種を生む!
「わたしはまだ!」
リーベの頭と体をしっかりと抱え直す。
きっとまだ生きていると信じながら、けれど現実は無情、濁流から覗く岩がもう直ぐそこに迫っていた。
(頼む!)
藁をも掴む思いで青空に向かって手をのばす。
「ロワ!」
その手を、誰かの大きな手がしっかりと掴み引き寄せた。
陽に照らされ紫光する黒髪、力強い真っ赤な瞳の持ち主が目の前に。
「っ!?」
その瞬間、何処からか落ちてきた小石が青年の額を直撃した。
◇
「――――おい」
何故だろう。視界が回っている。
「――っ――――おいっ!」
もしや本当に死んだのか?
それとも岩にぶつかることなく何処かへ流れついたのか、あるいは既に死んでいるのか……そうだあの子は……。
「しっかりしろ! おい!」
誰ださっきから〝わたし〟に向かって。
「ロワ!」
ロワとは誰だ。ロワって……。
(〝俺〟のことか!)
ハッとし瞳を開くと。
「魔王さま!?」
黒衣の魔王が、青年を両腕に抱き上げ飛んでいた。
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