82 / 133
第四章
塞翁が馬08
しおりを挟む俺は父に教えて貰った道を使い、そこから水を汲み、運ぶようになった。
なんの事はない獣道で、泉までの道は不思議と辺りの空気が澄んでいる為行き来するのは苦ではない。
何より父の為を思えば……。
父は泉の水を飲めば完全とまではいかないも、多少は元気を取り戻した。
そしてまた、仕事へと出掛け、俺を養う為に働く。
俺は俺で家の事をしながら父の帰りを待った。
それが辛かった。自分に出来る事が少なすぎる。父は病弱な体を引き摺りあんなに苦労しているのに、俺ぐらいの歳にもなれば普通は働いているのに。
俺はただ家で待つだけだ。
ふと、今しがた運んで来た水を少し飲んでみる。
それは確かに飲めば不思議と、心身ともに癒される気がした。
「父さん。この水、売ったらどうだろう?」
「何?」
「だってこの水、不思議じゃないか。癒しの水としてきっと高く売れるんじゃないかな」
俺は思い付いてそう言った。すると父は僅かに目を見開く、けれど直ぐに目を伏せた。
「やめておけ、その水の成分も何もわからないんだ。世に出して何かあってからでは遅いぞ。それにその水を容易に手に入れられると知れば、森に入る者が少なからず出るだろう。あの森に簡単に足を踏み入れる者を増やしてはならない。本来なら魔族の領域なんだ。邪気もある、危険だ」
「でも父さん、現に俺達は何度も足を踏み入れて、こうして平気じゃないか。それに正直『あの森に入れば死ぬ』なんて話は嘘じゃないのか?俺、本当かどうか確かめてみたんだよ」
「……確かめた?」
父の動きが止まった。
「一度だけだけど、教えて貰った道から外れて、奥まで行ってみたんだよ。でも、大丈夫だった。なんともなかったんだ。ほら、俺は死んでいないだろう?なぁ父さん」
父は寝台の上で窓の外を眺めたままだ。
家に帰って来るとどうしても父は体調を崩し、中々そこから離れられなくなる。
この状態でよく働いていると思う。父にこれ以上無理をして欲しくない。
だから
「俺、この水を売ろうと思うよ。俺だってもういい歳なんだ、働きたい。だから父さんは」
「お前は、人間でいたいか?」
窓の外を眺めたまま、ポツリと呟くように聞かれた。
「いたいも何も、俺は父さんの子で、人間じゃないか」
「……そうだな。お前は今が、幸せか?」
「それはもちろん。当たり前だろ」
「そうか。なら、もう森には行くな。この話もやめにしよう」
「父さん」
「頼む。私を思うなら、ここに一緒にいてくれ」
窓を眺めていた父がこっちを振り向く、その顔は、寂しげだった。
――翌日から、父は床に臥すようになった。
水を飲めば、話は出来る。
けれどもまた直ぐに、意識を手放した。
俺は俺で、こんな父を一人残して何処に行ける訳もなく、庭の畑や貯蔵庫を頼った。
だが、その蓄えが底をつく前に、その時は訪れた――。
1
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
生臭坊主と不肖の息子
ルルオカ
BL
一山の敷地に、こじんまりと本堂を構える後光寺。住職を務める「御白川 我聞」とその義理の息子、庄司が寺に住み、僧侶の菊陽が通ってきている。
女遊びをし、大酒飲みの生臭坊主、我聞が、ほとんど仕事をしない代わりに、庄司と菊陽が寺の業務に当たる日々。たまに、我聞の胡散臭い商売の依頼主がきて、それを皮切りに、この世ならざるものが、庄司の目に写り・・・。
生臭で物臭な坊主と、その義理の息子と、寺に住みつく、あやかしが関わってくるBL小説。BLっぽくはないけど、こんこんのセクハラ発言多発や、後半に描写がでてくるの、ご注意。R15です。
「河童がいない人の哀れ」はべつの依頼の小話になります。
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
気付いたら囲われていたという話
空兎
BL
文武両道、才色兼備な俺の兄は意地悪だ。小さい頃から色んな物を取られたし最近だと好きな女の子まで取られるようになった。おかげで俺はぼっちですよ、ちくしょう。だけども俺は諦めないからな!俺のこと好きになってくれる可愛い女の子見つけて絶対に幸せになってやる!
※無自覚囲い込み系兄×恋に恋する弟の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる