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番外編
魔女はある時突然に……⑪
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「アリエル?どうしました?ぼーっとして……」
ハッとして顔を上げると、審問官があたしを覗き込んでいた。
彼の瞳は、村長ラナスによく似ている。
否が応でも思い出してしまうのは、きっと審問官の存在があたしの救えた未来だからだ。
「少し思い出してた……昔のこと……」
あたしがそう言うと、審問官は側にあった椅子に腰掛け、こちらに体を向けた。
「祖母のことですか?」
「そう。ファリーナ。宴の時にね、子供に《アリエル》って名付けるのは止めとけって言ったんだけどねー」
「祖母が聞くわけないでしょう?あの人は、死ぬまでずっとあなたの信奉者でした。祖父も、マリー大叔母さんも」
審問官はそう言って目を細めた。
ファリーナとラナスは生まれた娘にアリエルと名付けた。
毒の魔女、しかも殺人者と同じ名前だなんて苛められたんじゃないかと心配したけど、それは取り越し苦労だったようだ。
ザビ村もその周辺も、レイン領のほぼ全域で、毒の魔女アリエルは密かに聖女として信奉されていたのである。
……聖女じゃないって言ったのになぁ。
「祖母は母に、男の子が産まれたらローケンと名付け、必ず審問官にすること!と言い聞かせていました……まぁ、勉強が出来て私は感謝してますが」
「ふぅん。そういや、いっぱい勉強してほしいって言ってたねぇ」
「ええ。祖父達の貯めていたお金で、ヴァーミリオン領の学校に通えましたからね。ありがたいことです。でも、そうまでして私達が審問官に固執した理由をご存知ですか?」
審問官はまっすぐあたしを見た。
豊かな暮らしをする為じゃないのかな?
または、村から大物を出したかったとか?
どれも違うような気がして、あたしは首を振った。
「聖女が教会によって、大した審議もされずに処刑されたこと。それが私達は許せなかった。村人にとっては、聖女が村を救ってくれたことが全てだった。自分達の目で見た、あなたを信じたのです。ですから、教会を潰し審問官による司法制度を確立させるというのが、私達の宿願になったのです」
「……うわわ。そんな大層なことになってたんだ……すみませんね……」
やたらと恐縮するあたしを見て、審問官は苦笑した。
彼の……いや、彼らの宿願は見事に果たされた。
今、教会はただ祈りを捧げるための場所になっている。
法を行使するのは審問官で、彼らは細かい沢山の法律を作り、それを元にして人を裁く。
悪いものが罪を負う、きちんと正義が執行される世の中だ。
「全ては、あなたがいたから」
審問官は立ち上がり、窓から対岸のヴァーミリオン城を見た。
川向こうの城からは、時折明るい笑い声が聞こえ、それだけで幸せな気分になる。
「グリーグ家、ディランやシルベーヌ様、それからヴァーミリオン国。あなたが生きた人生がなければ、ひょっとしたら今、この幸せはなかったかもしれません」
審問官の神妙な表情を見てむず痒くなった。
誉められるとか、礼を言われることには慣れてないんだ、あたし。
こんな風にしんみりするのも苦手だ。
それでも一つだけ、自分を褒められるとしたら。
あの時、ザビ村の人達を助けたことだろう。
だって「ローケン・グリーグ」という素晴らしい頭脳の持ち主が生まれたんだからね。
あの冥魂センターのハーミットさんが勧誘するくらい優秀なんだから、相当なもんだよ!
「ねぇ?審問官は結婚しないの?」
あたしは唐突に尋ねた。
優秀な頭脳の後継者がいてもいいんじゃないかなー?
なんて軽く考えただけなんだけど……。
「何ですか、その変な質問。しませんよ、仕事が楽しいので」
審問官はムスッとして返した。
……ああほらいわんこっちゃない。
やっぱり、四角四面の面白くない男になったじゃないか!
あたしは窓の外に目を向け、どこかで聞いているかもしれないファリーナへと、愚痴をこぼしたのだ。
---おわり
ハッとして顔を上げると、審問官があたしを覗き込んでいた。
彼の瞳は、村長ラナスによく似ている。
否が応でも思い出してしまうのは、きっと審問官の存在があたしの救えた未来だからだ。
「少し思い出してた……昔のこと……」
あたしがそう言うと、審問官は側にあった椅子に腰掛け、こちらに体を向けた。
「祖母のことですか?」
「そう。ファリーナ。宴の時にね、子供に《アリエル》って名付けるのは止めとけって言ったんだけどねー」
「祖母が聞くわけないでしょう?あの人は、死ぬまでずっとあなたの信奉者でした。祖父も、マリー大叔母さんも」
審問官はそう言って目を細めた。
ファリーナとラナスは生まれた娘にアリエルと名付けた。
毒の魔女、しかも殺人者と同じ名前だなんて苛められたんじゃないかと心配したけど、それは取り越し苦労だったようだ。
ザビ村もその周辺も、レイン領のほぼ全域で、毒の魔女アリエルは密かに聖女として信奉されていたのである。
……聖女じゃないって言ったのになぁ。
「祖母は母に、男の子が産まれたらローケンと名付け、必ず審問官にすること!と言い聞かせていました……まぁ、勉強が出来て私は感謝してますが」
「ふぅん。そういや、いっぱい勉強してほしいって言ってたねぇ」
「ええ。祖父達の貯めていたお金で、ヴァーミリオン領の学校に通えましたからね。ありがたいことです。でも、そうまでして私達が審問官に固執した理由をご存知ですか?」
審問官はまっすぐあたしを見た。
豊かな暮らしをする為じゃないのかな?
または、村から大物を出したかったとか?
どれも違うような気がして、あたしは首を振った。
「聖女が教会によって、大した審議もされずに処刑されたこと。それが私達は許せなかった。村人にとっては、聖女が村を救ってくれたことが全てだった。自分達の目で見た、あなたを信じたのです。ですから、教会を潰し審問官による司法制度を確立させるというのが、私達の宿願になったのです」
「……うわわ。そんな大層なことになってたんだ……すみませんね……」
やたらと恐縮するあたしを見て、審問官は苦笑した。
彼の……いや、彼らの宿願は見事に果たされた。
今、教会はただ祈りを捧げるための場所になっている。
法を行使するのは審問官で、彼らは細かい沢山の法律を作り、それを元にして人を裁く。
悪いものが罪を負う、きちんと正義が執行される世の中だ。
「全ては、あなたがいたから」
審問官は立ち上がり、窓から対岸のヴァーミリオン城を見た。
川向こうの城からは、時折明るい笑い声が聞こえ、それだけで幸せな気分になる。
「グリーグ家、ディランやシルベーヌ様、それからヴァーミリオン国。あなたが生きた人生がなければ、ひょっとしたら今、この幸せはなかったかもしれません」
審問官の神妙な表情を見てむず痒くなった。
誉められるとか、礼を言われることには慣れてないんだ、あたし。
こんな風にしんみりするのも苦手だ。
それでも一つだけ、自分を褒められるとしたら。
あの時、ザビ村の人達を助けたことだろう。
だって「ローケン・グリーグ」という素晴らしい頭脳の持ち主が生まれたんだからね。
あの冥魂センターのハーミットさんが勧誘するくらい優秀なんだから、相当なもんだよ!
「ねぇ?審問官は結婚しないの?」
あたしは唐突に尋ねた。
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なんて軽く考えただけなんだけど……。
「何ですか、その変な質問。しませんよ、仕事が楽しいので」
審問官はムスッとして返した。
……ああほらいわんこっちゃない。
やっぱり、四角四面の面白くない男になったじゃないか!
あたしは窓の外に目を向け、どこかで聞いているかもしれないファリーナへと、愚痴をこぼしたのだ。
---おわり
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