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番外編
魔女はある時突然に……⑩
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決意は固かった。
覚悟もしていた。
でも、こうして実際目の前で人が苦しむのを見ると、途端に足が震えた。
何の権利があって命を奪うのか……あたしは何様なんだ、という問いが浮かんでは消える。
然るべき所に訴え出れば良かったのかもしれない。
だけど、今、善悪を裁く教会は腐りきっていて、後発の審問官側に力はない。
カーズを訴え出たところで、もみ消されるのが関の山。
あたしの処遇も、きっと幽閉か処刑かだろう。
そんなことになってしまえば、この先何人の罪なき人が苦しむことになるのか、最早想像もつかない。
これで良かったんだ。
そう心を決めると、あたしは近くの椅子に座り込み、暫くそこで気を落ち着かせた。
命を奪うことの重さを省みるには、かなりの時間を必要とする。
カーズの亡骸を視界に入れながら、あたしは自分の罪を忘れないようにしようと思っていた。
ふと気付くと結構な時間が経っていて、あたしは重い腰を上げた。
捕まるにしろどうなるにしろ、思い残すことは何もない。
そんな覚悟で小屋を出ようとした。
その時だ。
「ウ……ゥ……」
くぐもったうめき声に振り向くと、カーズの頭が動いているのを見た。
「は……はぁ!?そんな、バカな……」
使った毒は超強力だ。
カーズは鼓動も停止していて、呼吸も止まり、脈もなかった。
ちゃんと確かめた!
それなのに、なぜ!?
「ウグ……ァ……」
今度はカーズの足が動いた。
そして、ゆっくりと手が動き身体全体が揺れ、とうとう……上体を起こして顔をこちらに向けた。
生前と何一つ変わらないその様子に、鳥肌が立つ。
あたしは何を間違えたのだろう。
一番間違えては行けない場面で、とんだミスを犯したものだ。
しかし、冷静に分析している暇はなさそうだった。
「カーズさまぁ!?どちらですかぁ?」
甘ったるい声が近づいて来る。
カーズの妾は何人かいるが、その中でも一番若く、嫉妬深いペディだろう。
あたしとカーズが消えたことで、何かあるかもと、心配して探しに来たんだ。
全く、間が悪い。
いや、違うか……悪いのはあたしの頭だ。
大事な時にこんな失態を犯すなんて、馬鹿にも程がある!
「グゥ……ゴホッ……ゲホッ……」
上半身を起こしていたカーズは、咳き込みながら精気のない瞳でこちらを見つめる。
外では、ペディが大声を出しながら小屋に近付いて来ていた。
ダメだ、カーズをこのまま生かしておいてはダメだ。
何としても、彼だけは葬ってしまわないと。
そう決意して手段を探す。
すると、テーブルの上に薬草を煮詰める為の鍋があるのを見た。
あたしは迷わず重量のある鍋蓋を掴み……カーズの頭を殴った。
それからすぐのことだ。
小屋の扉を開けたペディは、耳をつんざくような叫び声をあげ、その声に気付いた使用人がやって来た。
凶行はすぐに教会へと伝えられ、鍋蓋をもって立ち竦んでいたあたしは、その場で縄をかけられた。
後に待っていたのは、わかっていた結果だ。
教会により隠蔽されたカーズの悪行は表に出ることはなく、嫉妬に狂った妻に殺された憐れな夫として処理される。
あたしは毒の魔女と罵られ、夫殺しの罪で処刑されることになったけど、それを悲しいとは思わなかった。
救えたものがあったし、笑ってくれる人がいた。
その人達を守れたことが、何より嬉しかったのだ。
覚悟もしていた。
でも、こうして実際目の前で人が苦しむのを見ると、途端に足が震えた。
何の権利があって命を奪うのか……あたしは何様なんだ、という問いが浮かんでは消える。
然るべき所に訴え出れば良かったのかもしれない。
だけど、今、善悪を裁く教会は腐りきっていて、後発の審問官側に力はない。
カーズを訴え出たところで、もみ消されるのが関の山。
あたしの処遇も、きっと幽閉か処刑かだろう。
そんなことになってしまえば、この先何人の罪なき人が苦しむことになるのか、最早想像もつかない。
これで良かったんだ。
そう心を決めると、あたしは近くの椅子に座り込み、暫くそこで気を落ち着かせた。
命を奪うことの重さを省みるには、かなりの時間を必要とする。
カーズの亡骸を視界に入れながら、あたしは自分の罪を忘れないようにしようと思っていた。
ふと気付くと結構な時間が経っていて、あたしは重い腰を上げた。
捕まるにしろどうなるにしろ、思い残すことは何もない。
そんな覚悟で小屋を出ようとした。
その時だ。
「ウ……ゥ……」
くぐもったうめき声に振り向くと、カーズの頭が動いているのを見た。
「は……はぁ!?そんな、バカな……」
使った毒は超強力だ。
カーズは鼓動も停止していて、呼吸も止まり、脈もなかった。
ちゃんと確かめた!
それなのに、なぜ!?
「ウグ……ァ……」
今度はカーズの足が動いた。
そして、ゆっくりと手が動き身体全体が揺れ、とうとう……上体を起こして顔をこちらに向けた。
生前と何一つ変わらないその様子に、鳥肌が立つ。
あたしは何を間違えたのだろう。
一番間違えては行けない場面で、とんだミスを犯したものだ。
しかし、冷静に分析している暇はなさそうだった。
「カーズさまぁ!?どちらですかぁ?」
甘ったるい声が近づいて来る。
カーズの妾は何人かいるが、その中でも一番若く、嫉妬深いペディだろう。
あたしとカーズが消えたことで、何かあるかもと、心配して探しに来たんだ。
全く、間が悪い。
いや、違うか……悪いのはあたしの頭だ。
大事な時にこんな失態を犯すなんて、馬鹿にも程がある!
「グゥ……ゴホッ……ゲホッ……」
上半身を起こしていたカーズは、咳き込みながら精気のない瞳でこちらを見つめる。
外では、ペディが大声を出しながら小屋に近付いて来ていた。
ダメだ、カーズをこのまま生かしておいてはダメだ。
何としても、彼だけは葬ってしまわないと。
そう決意して手段を探す。
すると、テーブルの上に薬草を煮詰める為の鍋があるのを見た。
あたしは迷わず重量のある鍋蓋を掴み……カーズの頭を殴った。
それからすぐのことだ。
小屋の扉を開けたペディは、耳をつんざくような叫び声をあげ、その声に気付いた使用人がやって来た。
凶行はすぐに教会へと伝えられ、鍋蓋をもって立ち竦んでいたあたしは、その場で縄をかけられた。
後に待っていたのは、わかっていた結果だ。
教会により隠蔽されたカーズの悪行は表に出ることはなく、嫉妬に狂った妻に殺された憐れな夫として処理される。
あたしは毒の魔女と罵られ、夫殺しの罪で処刑されることになったけど、それを悲しいとは思わなかった。
救えたものがあったし、笑ってくれる人がいた。
その人達を守れたことが、何より嬉しかったのだ。
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