168 / 169
番外編
魔女はある時突然に……⑩
しおりを挟む
決意は固かった。
覚悟もしていた。
でも、こうして実際目の前で人が苦しむのを見ると、途端に足が震えた。
何の権利があって命を奪うのか……あたしは何様なんだ、という問いが浮かんでは消える。
然るべき所に訴え出れば良かったのかもしれない。
だけど、今、善悪を裁く教会は腐りきっていて、後発の審問官側に力はない。
カーズを訴え出たところで、もみ消されるのが関の山。
あたしの処遇も、きっと幽閉か処刑かだろう。
そんなことになってしまえば、この先何人の罪なき人が苦しむことになるのか、最早想像もつかない。
これで良かったんだ。
そう心を決めると、あたしは近くの椅子に座り込み、暫くそこで気を落ち着かせた。
命を奪うことの重さを省みるには、かなりの時間を必要とする。
カーズの亡骸を視界に入れながら、あたしは自分の罪を忘れないようにしようと思っていた。
ふと気付くと結構な時間が経っていて、あたしは重い腰を上げた。
捕まるにしろどうなるにしろ、思い残すことは何もない。
そんな覚悟で小屋を出ようとした。
その時だ。
「ウ……ゥ……」
くぐもったうめき声に振り向くと、カーズの頭が動いているのを見た。
「は……はぁ!?そんな、バカな……」
使った毒は超強力だ。
カーズは鼓動も停止していて、呼吸も止まり、脈もなかった。
ちゃんと確かめた!
それなのに、なぜ!?
「ウグ……ァ……」
今度はカーズの足が動いた。
そして、ゆっくりと手が動き身体全体が揺れ、とうとう……上体を起こして顔をこちらに向けた。
生前と何一つ変わらないその様子に、鳥肌が立つ。
あたしは何を間違えたのだろう。
一番間違えては行けない場面で、とんだミスを犯したものだ。
しかし、冷静に分析している暇はなさそうだった。
「カーズさまぁ!?どちらですかぁ?」
甘ったるい声が近づいて来る。
カーズの妾は何人かいるが、その中でも一番若く、嫉妬深いペディだろう。
あたしとカーズが消えたことで、何かあるかもと、心配して探しに来たんだ。
全く、間が悪い。
いや、違うか……悪いのはあたしの頭だ。
大事な時にこんな失態を犯すなんて、馬鹿にも程がある!
「グゥ……ゴホッ……ゲホッ……」
上半身を起こしていたカーズは、咳き込みながら精気のない瞳でこちらを見つめる。
外では、ペディが大声を出しながら小屋に近付いて来ていた。
ダメだ、カーズをこのまま生かしておいてはダメだ。
何としても、彼だけは葬ってしまわないと。
そう決意して手段を探す。
すると、テーブルの上に薬草を煮詰める為の鍋があるのを見た。
あたしは迷わず重量のある鍋蓋を掴み……カーズの頭を殴った。
それからすぐのことだ。
小屋の扉を開けたペディは、耳をつんざくような叫び声をあげ、その声に気付いた使用人がやって来た。
凶行はすぐに教会へと伝えられ、鍋蓋をもって立ち竦んでいたあたしは、その場で縄をかけられた。
後に待っていたのは、わかっていた結果だ。
教会により隠蔽されたカーズの悪行は表に出ることはなく、嫉妬に狂った妻に殺された憐れな夫として処理される。
あたしは毒の魔女と罵られ、夫殺しの罪で処刑されることになったけど、それを悲しいとは思わなかった。
救えたものがあったし、笑ってくれる人がいた。
その人達を守れたことが、何より嬉しかったのだ。
覚悟もしていた。
でも、こうして実際目の前で人が苦しむのを見ると、途端に足が震えた。
何の権利があって命を奪うのか……あたしは何様なんだ、という問いが浮かんでは消える。
然るべき所に訴え出れば良かったのかもしれない。
だけど、今、善悪を裁く教会は腐りきっていて、後発の審問官側に力はない。
カーズを訴え出たところで、もみ消されるのが関の山。
あたしの処遇も、きっと幽閉か処刑かだろう。
そんなことになってしまえば、この先何人の罪なき人が苦しむことになるのか、最早想像もつかない。
これで良かったんだ。
そう心を決めると、あたしは近くの椅子に座り込み、暫くそこで気を落ち着かせた。
命を奪うことの重さを省みるには、かなりの時間を必要とする。
カーズの亡骸を視界に入れながら、あたしは自分の罪を忘れないようにしようと思っていた。
ふと気付くと結構な時間が経っていて、あたしは重い腰を上げた。
捕まるにしろどうなるにしろ、思い残すことは何もない。
そんな覚悟で小屋を出ようとした。
その時だ。
「ウ……ゥ……」
くぐもったうめき声に振り向くと、カーズの頭が動いているのを見た。
「は……はぁ!?そんな、バカな……」
使った毒は超強力だ。
カーズは鼓動も停止していて、呼吸も止まり、脈もなかった。
ちゃんと確かめた!
それなのに、なぜ!?
「ウグ……ァ……」
今度はカーズの足が動いた。
そして、ゆっくりと手が動き身体全体が揺れ、とうとう……上体を起こして顔をこちらに向けた。
生前と何一つ変わらないその様子に、鳥肌が立つ。
あたしは何を間違えたのだろう。
一番間違えては行けない場面で、とんだミスを犯したものだ。
しかし、冷静に分析している暇はなさそうだった。
「カーズさまぁ!?どちらですかぁ?」
甘ったるい声が近づいて来る。
カーズの妾は何人かいるが、その中でも一番若く、嫉妬深いペディだろう。
あたしとカーズが消えたことで、何かあるかもと、心配して探しに来たんだ。
全く、間が悪い。
いや、違うか……悪いのはあたしの頭だ。
大事な時にこんな失態を犯すなんて、馬鹿にも程がある!
「グゥ……ゴホッ……ゲホッ……」
上半身を起こしていたカーズは、咳き込みながら精気のない瞳でこちらを見つめる。
外では、ペディが大声を出しながら小屋に近付いて来ていた。
ダメだ、カーズをこのまま生かしておいてはダメだ。
何としても、彼だけは葬ってしまわないと。
そう決意して手段を探す。
すると、テーブルの上に薬草を煮詰める為の鍋があるのを見た。
あたしは迷わず重量のある鍋蓋を掴み……カーズの頭を殴った。
それからすぐのことだ。
小屋の扉を開けたペディは、耳をつんざくような叫び声をあげ、その声に気付いた使用人がやって来た。
凶行はすぐに教会へと伝えられ、鍋蓋をもって立ち竦んでいたあたしは、その場で縄をかけられた。
後に待っていたのは、わかっていた結果だ。
教会により隠蔽されたカーズの悪行は表に出ることはなく、嫉妬に狂った妻に殺された憐れな夫として処理される。
あたしは毒の魔女と罵られ、夫殺しの罪で処刑されることになったけど、それを悲しいとは思わなかった。
救えたものがあったし、笑ってくれる人がいた。
その人達を守れたことが、何より嬉しかったのだ。
0
お気に入りに追加
2,686
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
寒い夜だから、夫の腕に閉じ込められました
絹乃
恋愛
学生なのに結婚したわたしは、夫と同じベッドで眠っています。でも、キスすらもちゃんとしたことがないんです。ほんとはわたし、キスされたいんです。でも言えるはずがありません。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜
白崎りか
恋愛
色なしのアリアには、従兄のギルベルトが全てだった。
「ギルベルト様は私の婚約者よ! 近づかないで。色なしのくせに!」
(お兄様の婚約者に嫌われてしまった。もう、お兄様には会えないの? 私はかわいそうな「妹」でしかないから)
ギルベルトと距離を置こうとすると、彼は「一緒に暮らそう」と言いだした。
「婚約者に愛情などない。大切なのは、アリアだけだ」
色なしは魔力がないはずなのに、アリアは魔法が使えることが分かった。
糸を染める魔法だ。染めた糸で刺繍したハンカチは、不思議な力を持っていた。
「こんな魔法は初めてだ」
薔薇の迷路で出会った王子は、アリアに手を差し伸べる。
「今のままでいいの? これは君にとって良い機会だよ」
アリアは魔法の力で聖女になる。
※小説家になろう様にも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、本気になった当て馬義兄に溺愛されています
廻り
恋愛
魔女リズ17歳は、前世の記憶を持ったまま、小説の世界のヒロインへ転生した。
隣国の王太子と結婚し幸せな人生になるはずだったが、リズは前世の記憶が原因で、火あぶりにされる運命だと悟る。
物語から逃亡しようとするも失敗するが、義兄となる予定の公子アレクシスと出会うことに。
序盤では出会わないはずの彼が、なぜかリズを助けてくれる。
アレクシスに問い詰められて「公子様は当て馬です」と告げたところ、彼の対抗心に火がついたようで。
「リズには、望みの結婚をさせてあげる。絶対に、火あぶりになどさせない」
妹愛が過剰な兄や、彼の幼馴染達に囲まれながらの生活が始まる。
ヒロインらしくないおかげで恋愛とは無縁だとリズは思っているが、どうやらそうではないようで。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる