上 下
128 / 169
王都

128.ここで見てる

しおりを挟む
ヒューゴは携帯していた何本かのナイフを床に置き、俯せになった遺体を仰向けにした。
遺体はお腹の辺りを両手で押さえている。
そのまま絶命した……のだと思う。
ガストは死の間際まで、レガリアを守ろうとした……それを思って、私はまた胸が締め付けられた。

「シルベーヌ様……外で待っていて下さい」

そう言うヒューゴに私は首を振る。

「いいえ、ここで見てます。宰相ガストの最後の意地をここで……」

ふと、佇む亡霊に目を向ける。
ガストはふふと柔らかく微笑み、胸に手を当て一礼した。

「ディラン、手を握ってて?」

私は後ろにいたディランに手を差し出した。
彼はその手を取り強く握ると、

「ああ、喜んで」

と暗闇の中で目映く笑った。


ヒューゴは手早く処置を開始した。
遺体はちょうど硬直中で、ナイフの扱いも難しいはずだけど、ヒューゴは上手く刃を入れ、遺体をこれ以上傷付けることなく目的の物を取り出した。

「シルベーヌ様、これを……」

ヒューゴは取り出したものを一度綺麗に拭き、私に手渡した。
それは、少し大きめの指輪のようで、本来石が付いている部分には、王家の紋章らしき意匠が彫り込まれていた。
親書や大切な書類に、これで印を押すのね。
くすんだレガリアは王家が紡いできた歴史を感じさせ、端が欠けたような所も、歴代の王が積み重ねてきた証にも見えた。
バカよね……素晴らしい先人が築いてきたものを、私利私欲の為に失ってしまうなんて。

私はレガリアをドレスの内側に作ってもらっていたポケットに大切にしまった。
ウィレムにおやつ収納用に作ってもらってたのが早速役に立ったわ!

ヒューゴは遺体の大きい傷を縫合し、こびりついた血糊を綺麗に拭いた。
破れている服は、ささっとウィレムが縫い合わせ、それから横に提げた袋からあるものを取り出した。

「これを、掛けておきましょうね」

彼は遺体に赤地に青い十字の刺繍が入った大きな布を被せた。
それは、ヴァーミリオン領で幾度と見たシンボル。
騎士団詰所に大きく掲げられた団旗だった。
ただ少し、それと違ったのは、十字の真ん中に羽を広げた黒蝶が足されていたこと。

「宰相ガスト・フォード。貴方の勇気ある行動に感謝を!」

ディランが胸に手を当て黙祷を始め、ヒューゴとウィレム、そしてスレイとロビーもそれに倣う。
私は一歩前に出て、遺体の上に浮かんだガストに声を掛けた。

「行きましょうか?」

「はい。ありがとうございます……娘を……どうかよろしく……」

「………わかったわ。スピークルム、お願い」

『はいデス。それでは……』

そう言うと、スピークルムは体から白い光線のような光を出した。
光はガストの体に螺旋状に巻き付き、輝きを強めながら、ゆっくりと溶かすように同化して行く。
そして、騎士団の黙祷が終わる頃には、輝きは消え、静寂と暗闇だけが残った。

「冥府へと旅立ったか……」

私の隣にディランが寄り添い、2人で同じ虚空を見つめた。
もう誰もいないその場所が、まだ輝いているようにも見えて少し涙が出た。

「………ええ。最後まで……笑っていたわ」

「そうか……」

ディランは噛み締めるように呟くと、勢い良く振り返り、回廊に響き渡る声で言った。

「分岐点で皆と合流し、速やかに脱出する!!」















しおりを挟む
感想 142

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

寒い夜だから、夫の腕に閉じ込められました

絹乃
恋愛
学生なのに結婚したわたしは、夫と同じベッドで眠っています。でも、キスすらもちゃんとしたことがないんです。ほんとはわたし、キスされたいんです。でも言えるはずがありません。

転生悪役王女は平民希望です!

くしゃみ。
恋愛
――あ。わたし王女じゃない。 そう気付いたのは三歳の時初めて鏡で自分の顔を見た時だった。 少女漫画の世界。 そしてわたしは取り違いで王女になってしまい、いつか本当の王女が城に帰ってきたときに最終的に処刑されてしまうことを知っているので平民に戻ろうと決意した。…したのに何故かいろんな人が止めてくるんですけど? 平民になりたいので邪魔しないでください! 2018.11.10 ホットランキングで1位でした。ありがとうございます。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、本気になった当て馬義兄に溺愛されています

廻り
恋愛
魔女リズ17歳は、前世の記憶を持ったまま、小説の世界のヒロインへ転生した。 隣国の王太子と結婚し幸せな人生になるはずだったが、リズは前世の記憶が原因で、火あぶりにされる運命だと悟る。 物語から逃亡しようとするも失敗するが、義兄となる予定の公子アレクシスと出会うことに。 序盤では出会わないはずの彼が、なぜかリズを助けてくれる。 アレクシスに問い詰められて「公子様は当て馬です」と告げたところ、彼の対抗心に火がついたようで。 「リズには、望みの結婚をさせてあげる。絶対に、火あぶりになどさせない」 妹愛が過剰な兄や、彼の幼馴染達に囲まれながらの生活が始まる。 ヒロインらしくないおかげで恋愛とは無縁だとリズは思っているが、どうやらそうではないようで。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

処理中です...