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ヴァーミリオン領

70.審問官(ディラン)

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「エレナは部屋から出てないな?」

「はい。私がご案内してから、一度も」

ウェストウッドに確認を取ると、俺はその場を彼に任せ、応接室へと赴いた。
そこにはある男を呼んでいた。

「悪い、待たせたか?」

勢いよくドアを開け、遠慮なく中に踏み込むと、背中を向けて座っていた男は笑って振り向いた。

「いや。ゆっくり本を読む時間があったからね。気にしないでくれ」

男は、繊細そうな指でパタンと本を閉じ、ゆっくり鞄にしまうと、今度は分厚い緋色の本を取り出した。
彼の名は、ローケン・グリーグ。
各領に一人派遣される、審問官だ。
審問官は、人々の仲裁を生業にし、法に基づき裁定を下す。
その為、完全なる中立をモットーにしている。
国にも属さず、領にも属さず。
ローケンが従うのはその緋色の本(法)のみだ。

「あなたの言うことを信じるならば、エレナ様は、第一級殺人の実行者、量刑は、市中引き回しの上、火炙りとなるが……」

「ああ。証拠だろ?」

「そう。だがまだありますよ。被害者とされるあなた達が元気そうに動いているんだから……いや、実際死んでいるんですけど……」

ローケンは困った顔で俺を見た。
ヴァーミリオン審問官の彼は、法の番人ではあるが、俺の幼なじみでもある。
その俺の語った信じられない話を、ローケンは、何も言わずに信じてくれた。
まぁ、それには俺が死んでいると証明しなくてはならなかったが。

「脈もなければ、鼓動も聞こえない。切っても血は出ないし、物も食べない……死人というのは理解しましたが、実際そんな人間を、いや、死人を世間が信じるかどうか」

「無理は承知だ。だが、エレナを裁かないことには、誰も浮かばれない!」

ローケンは、ため息とともに本を開いた。

「法の中にも死人が告発する項目などありません。……それでも、エレナ様を罪に問おうとすれば、本人の自白と誰かの死体が必要です」

「死体か……困るな……死体だと記述されてしまうと、もう表を歩けなくなってしまう」

「あのですね……大体、死体が元気に歩いてるのがおかしいんですが!」

ローケンは笑いながら怒る、という不思議な芸当を見せて怒鳴った。

「はぁ……もう、こんな面倒は初めてですよ!!死人だ、毒だ、冥府の姫だの、私の想像力を越えてます!」

「そうなんだ……シルベーヌ様は、人の想像を遥かに越えてくる、美しく愛らしい、そんな方なんだ」

なぜか、ローケンは俺を見て気持ち悪そうな顔をした。

「誰もそんな話はしてません……いや、あなた、そんな人でしたか?もっと、クールな男ではなかったかと?」

「知らん。ただ、何だろうな。めちゃくちゃ調子がいい」

「死んで調子がいいって言われても……」

ローケンは呆れた。
まぁ、そうだろうな。
当の俺でさえ驚いているんだ。

「問題は、死体だな……騎士団に所属し、鍋の中の物を食べ、ムーンバレーに遠征した者……」

俺の言葉にローケンが続ける。

「死体だと世間に公表されても、然程影響のない人物が良いでしょうね」

「影響のない人物?そんな奴いるか?例えばどんな奴だよ」

ローケンは腕を組み、うつ向いて考え始め、やがてハッと顔を上げた。

「例えば!その人物は一卵性の双子である」

お?

「どちらかが死亡して、それが、世間に公表されても、双子だとすれば、片方が生きて歩いていても全くおかしくない」

んん?
そういえば……そんな奴が1人、ああ!2人いたな。
マルスとミルズ、彼らなら完璧じゃないか!

「どうしました?心当たりでも?」

「見つけたよ。確認をとってみるから少し時間をくれ」

「構いませんが……エレナ様の方は上手く行くんでしょうね?自白して貰わないと証拠がありませんから……」

「ま、今夜が勝負だな」

確実とは言えないが、エレナの性質として、中途半端に止めたりはしないんじゃないか……。
俺はそう思っていた。



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