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ヴァーミリオン領

60.祭りの夜に(ディラン)

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人混みの中、シルベーヌ様の手を引きながら、俺は嬉しくて舞い上がっていた。
もう、遥か昔。
こうやって、手を引かれ、祭りにやって来たことを微かに覚えている。
それは、母親と初めて行った祭りだった。
その時も今日と同じ様に、炎が揺らめき、人の熱気が満ちていた。

「はぐれないように、しっかりと手を繋いでいるのよ?」

と、母は言った。
俺は頷き、しっかり手を握ると、その後を追う。
深い赤のドレスを着た母の背中は、広く大きく、俺にとっては世界の全てだった。

「何か食べましょうか?それとも、踊りでも見る?」

「屋台が見たい!!」

「ふふ、わかったわ。何か買ってあげる!一緒に見ようね」

「うん!!」

優しい母の手を、俺はまた握り返した。
そして、母も同じ様に握り返してくれた。

懐かしいその光景は、母が死んでからは全く思い出さなくなっていたものだ。
暖かいその手を、思い出せば悲しくなったからだ。

「わぁ……すごい。祭りってキレイで、楽しくて、熱い!」

そう言ったシルベーヌ様の手の方が、祭りの熱気よりも熱いんだよ、と、俺は心の中で思う。
冷たく脈打たない手の中で、小さく脈打つ熱い手。
君は生きていて、俺は死んでいる。
否が応でも思い知らされる現実が、痛まない胸を何故か軋ませた。

「どこにいく?何が見たい?」

その思いを振り払い、シルベーヌ様に尋ねる。

「うーん、そうねぇ。お店とか?屋台がみたい!」

ああ、昔俺もそう答えたな。

「良し。こっちだ。行こう!」

彼女の手を引き、俺は少し昔に戻っていた。
足早になってしまったのは、きっとそのせいだ。

やがて屋台につき、シルベーヌ様はアクセサリーを見て目を輝かせた。
はっきり言って俺は、どんな宝石や美しい石も、彼女の輝きには叶わないと思っている。
ヴァーミリオン鉱山で産出される宝石を、全て見てきた。
だが、どれも彼女の前では霞む。
宵闇の女神とは、噂などではなかった。
黒の中の、さらに黒、純粋で何物にも染まらないシルベーヌ様は、この世で一番尊い方。
そして、何より尊いのは、彼女がそれをまるで自覚していない、ということだ。
美しさを鼻にかけず、寧ろ自然体なその姿。
その何もかもが、俺の感情を激しく揺さぶるんだ。

「これ。これなんかどうかな?」

シルベーヌ様に似合う物。
それを、見つけるのは大変なことだ。
だがその中で俺は、一つの首飾りを見つけた。
それは、丸いガーネットを糸で繋ぎ、小さく黒い蝶が付けられた首飾りだった。

「わぁ!凄くキレイね」

彼女は感嘆の声を上げた。
俺はシルベーヌ様をクルリと反対に向けて、首飾りを付けた。

「ガーネット、鉱山で取れる一般的な石なんだが、これは、ヴァーミリオン領の象徴でもある」

「象徴?」

「ああ。ヴァーミリオンとは朱色のこと、だからこの赤い石が象徴なんだ」

「へぇ!そうだったのね!で、この黒い蝶は?」

「………それは、シルベーヌ様だ。シルベーヌ様のイメージ?かな」

そういうと、彼女は不思議そうな顔をして俺を見た。
そうだ。
この表情、この仕草。
君の全てが、堪らなく、愛しいんだ。

「高貴で美しい方でありながら、黒蝶のように可憐。掴まえていないとふわふわと、どこかへ行ってしまいそうな……そんな気がする。だから、ヴァーミリオンで繋いでおくんだ」

俺が掴まえておくんだよ。
例え、死んでいても、この想いまでは離さない。
死人だから嫌だろうか?
俺は、君の好みの男ではないだろうか?
だがな、誰と渡り合ってでも、もう手放したくはないんだよ。
どうか覚悟しておいて欲しい。















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