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ムーンバレー地方

43.無臭よ、無臭

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邸内を制圧した騎士団の皆は、一人また一人と私達のいる客間にやって来た。
ヒューゴによると、ナシリス側の負傷者はゼロで、騎士団も切り傷1つ負わなかったらしい。
奇襲とはいえ、この手際の良さ。
王国最強を名乗るだけはある、と、なぜか私が誇らしくなった。

「シルベーヌ様!心配しました!」

「ご無事で何よりです!」

そう言いながら、ほっとした顔をする皆。
私を心配して、濁流を渡って急いで来てくれたのよね……。
それを思い、少し目頭が熱くなる。
涙を堪えようとして上を向くと、今度はディランと目が合った。
素敵な笑顔の彼は、ガッチリと私を抱き込み、離す気配は全くない。
仕方なく、そのままの体勢でサクリスに尋ねた。

「サクリス、あのね?さっきの話、騎士団の皆に話していい?」

「ん?あー……ああ。ラシュカ側に与しないというのならば、別に構わないが……」

客間に犇めいている騎士団を見つめ、サクリスは呆れ返っているようだった。
ここはそんなに狭い部屋じゃない。
でも、体の大きい成人男性がこれだけ集まると、さすがに息が詰まりそう。

「ふふっ、部屋にこれだけの人がいると、もわっとしてなんだか息苦しいわよね?」

何気なく言ったその言葉に、騎士団は驚愕の表情で振り返った。
え、何、どうしたの?
私、おかしなこと言った??
空気がピンと張りつめ、緊張感が漂う。
ディランの腕も、その瞬間凍り付いたようになり「うっ」と小さく呻く声も聞こえた。

「なぁに?だから、どうしたのよ?」

誰も何も答えない。
ただ、心配そうにこちらを見ているだけだ。

「ちょっと…… もう、なんなの……」

『シルベーヌ様、ダメデスよー!息苦しいとか、臭うとか、それ、今一番言っちゃダメな言葉デス!!』

「あら?」

ごめん、すっかり忘れていたけど、スピークルムも無事だったのね。
ディランの首に掛かり、真横で呑気に喋るスピークルムを見て、私は安堵した。
それは、良かったけど……一体皆何を気にしてるのかしら?
その疑問にこっそりとスピークルムが答えた。

『騎士団の皆さん、体が腐ることを気にしてたデス。臭ったらシルベーヌ様に嫌がられると……特にキラキラ団長は、この世の終わりのような顔してましたデスよ?ま、人生は終わってるんデスが。腐らないって、ちゃんと説明はしたんデスけどねぇ………もう、シルベーヌ様が追い討ちをかけちゃってーー』

ううっ、悪かったわね!
知らなかったから仕方ないでしょう!?
でも、これは、私が何とかするしかないわね……。
私のせいだしね……うん。

「ほらっ!部屋にいっぱい人がいると、息苦しいでしょう?……ええと、無臭よ!?」

そう言って、すんっとディランの首元を嗅いでみる。

「なっ!?」

ディランは短く叫び、抱き締める腕に力を込めた。

「無臭よ無臭……いえ、仄かに甘いかも?」

微かに甘い匂いがする。
何の匂いかしら?と考える間はなかった。
ほっとした騎士団と、ディランにすり寄られ、私は更に息苦しくなったからだ……。












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