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ムーンバレー地方

30.彫刻家、アッシュ

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「そう言えば……俺達がここに出立する前、何故か子爵邸に来ていたな?」

「ああ!そうだ。私も見たぞ。何か一人でフラフラと歩いていた。1階の厨房に近い所を……」

「厨房??そんな所に用はないだろう?いつも偉そうに居間でふんぞり返ってるだけだが?」

「いや、何人かが見てる。1階にはいた」

ディランとフォーサイスは、話し込んでしまい、私は邪魔しないようにとそっと庭へ向かうことにした。
その途中で、建設組の騎士達何人かに話しかけられ、そこで10人の名前と顔を覚えた。
でも、すぐにはきっと名前は出てこないと思う。
申し訳ないと思うけど、記憶力にはあまり自信がないからね、ごめん。
そうして階段を降り、玄関を出て庭へと出ると、既に雨は上がっていて、うっすらと光が差し込んでいた。
濃いピンク色の蔓バラに天から差す一筋の光。
まるで神からの啓示のような、幻想的な風景に私は思わず息を飲んだ。

「キレイね……」

その呟きに、庭組のアッシュが女神像製作中の手を止め加わった。

「そうですね。こういう一瞬の感動が、彫刻家や芸術家の感性に影響を与えるんですよ」

「でしょうね。わかるわ。こんな素晴らしいものを見てしまえば、それを表現せずにはいられない。芸術家と呼ばれる人達は、それを表現する手段を神から貰っているのよ」

何の気なしに言った言葉に、アッシュは驚きの表情を浮かべた。
何に驚いたのかわからず、私がそのままアッシュを見つめていると、彼は手元のノミを置いて立ち上がった。

「そんなこと言われたのは初めてです。いつも、変なヤツだって言われてたから……」

「変って……どこが?」

「オレみたいな半端な芸術家は、金にもならないことやってるって、バカにされてるんです。言うことも人と変わってるし……でも、この騎士団の中では、わりと浮かないから居心地が良くて」

「ふぅん。アッシュをバカにする人達はきっと怖いのね」

「怖い??」

「そうよ。神に与えられた才能を持つ人は、大抵人には理解出来ない何かを持っている。自分達と違うことを人は恐れるから」

「…………シルベーヌ様は、オレが怖いと思いますか?」

アッシュは、少し俯いて私に尋ねた。

「いいえ、羨ましいと思うわ。だって、こんなに美しいものを感じて、それを表現出来るんだもの!人に出来ないことをする人は、誰だって素敵だと思う」

料理をする人、絵を書く人、人を救う人、物知りな人、家を建てる人に……皆を引っ張って行く人。
煌めく才能を持つ彼らに、私は敬意を表さずにはいられない。
アッシュは、私の目の前で、見たこともない素敵な顔で笑った。
そして、その笑顔のまま、製作中の彫刻の前に座ると、ノミを手に仕事を始める。

「出来上がったら、一番にシルベーヌ様に見せます。楽しみにしていて下さい!」

「ええ!楽しみにしてる!」

雨上がりの庭。
その絵画のような風景の中、私はアッシュと微笑み合った。








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