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ムーンバレー地方

23.緑のもさもさしたもの

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私は自分が今、醜いことを忘れていた。
皆の優しさに甘えて、普通だと思い込んでいたけど、現実は変わらない。
私に手を握られて、更に首元に当てられて驚愕の表情をしたディラン。
気持ち悪い、と感じたのかもしれない。
私は慌てて手を離し、距離をとった。

「ご、ごめんなさい。ちょっと舞い上がってしまったわ!」

と、膝を抱え、フードを被る。
そして、小さくなり口を閉じた。

「……シルベーヌ様?」

「……ほっといて、自己嫌悪に陥り中」

「自己嫌悪、って……」

ディランは私の側に腰かけた。

「あの、もう一回、触っても構わないかな?」

「へ?」

フードを被ったまま、顔を上げる。
すると、さっきの気持ち良くて冷たい手が首元に触れた。

「ディラン!?」

驚きのあまり、身動きが取れない。
そんな私を見て、彼はまたキラキラの笑顔で言った。

「さっきは驚いてしまって……改めてこうすると、何だか気持ちいい……気がする……もう死んでるのにな」

本当に。
死んでいるのに、気持ちいいなんて思うのおかしいわ。
きっと、気のせいだと思う。
でも、私も同じ様に思ったから、ディランもそう思ったことにしておこう。

「気持ちいいよね?」

「そうだな」

そう言って、二人、作業を眺めながら雨を待つことにした。


それから、何時間か経った。
日も随分高くなり、微かに空腹を感じた私は、ディランと一緒にクレバードの元へと向かった。
クレバードの元へというよりは、シチューの元へ、が正しいかもしれない。

「クレバードーー!ご飯ちょうだい!」

冥府でなら、はしたないと叱られそうだけど、もうそんなことは気にしない。
大股で近付いて行き、大きな彼の後ろから鍋を覗き込んだ。

「シルベーヌ様!今、お呼びしようと思っていたところです!温めましたから、覚めないうちにどうぞ」

クレバードは木の皿を差し出す。
そこには、朝にはなかった物が入っていて私は首を傾げた。

「ん?んん?クレバード、何?これ?」

「ふふふ、お気付きになりましたか」

「ええ。頭が茶色のものは見たことあるけど、緑のもさもさしたもの……これ何かしら?」

頭が茶色のもの、それはキノコだ。
これは冥府に沢山出来ている。
もう特産品か!っていうほどあるから、全然珍しくないし、食べ飽きている。
それとは別に鮮やかな緑のもさもさしたもの、これの正体がわからなかった。

「そうか、キノコは冥府にもあるんですね……ふぅん、湿気があるからかな?……あ、それでこの緑の野菜ですがね、これはブロッコリーといいます」

「ぶろっこり?」

「ブロッコリー、だ。最後延ばして?」

ディランは手で口を覆い、必死で笑いを堪えている。
どうも私の言い方がツボにはまったらしい。
その肩は激しく上下に揺れていた。










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