純喫茶カッパーロ

藤 実花

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番外編

カッパーロ、夏場所!⑪

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「失格じゃ、阿呆」

そう言ったのは狐様である。
失格?あの素晴らしい告白が?と、私は首を捻った。
でも良く考えてみると、私達は奉納相撲の真っ最中である。
取組最中に、先に土俵から降りた一之丞様は敗北決定なのだ。

「ぐぬぬ……やむなし」

一之丞様は悔しそうな顔をして、モブカッパを放した。
ぐったりとしたモブカッパは、同じ池の仲間に担がれて退場し、場の雰囲気もまたざわざわと騒がしくなる。
悔しそうに大きく溜め息をついた一之丞様は、気を取り直すと師匠を見た。
そして、素敵な笑顔で言ったのだ。

「サユリ殿が無事ならばよい。相撲の勝ち負けなど、それこそ些事であるからな」

「一之丞……」

師匠は感極まった表情をし、少し頬を染めた。
しかし、その直後、ん?と首を傾げ、チョイチョイと一之丞様を手招きする。
嬉しそうに近づく一之丞様に、なにかを耳打ちした師匠。
すると、突然、一之丞様の顔色が青く……緑から青緑に変化した。

「も、も、も、も、申し訳ないっ!」

アワアワとしながら、こめつきバッタのように師匠へと頭を下げる一之丞様を見て、私は面食らった。
そんな私に狐様が言った。

「やれやれ。いつも通りかの……」

「いつも通り……ですの?」

「そうじゃ。大方、相撲に負けて仙人の霊薬をもらい損なった一之丞にチクリと言ったのだろうよ?あやつは既に尻に敷かれておるからの」

「尻に……敷かれ……」

以外な答えに言葉を失った。
ロマンスの達人である師匠が、愛され女子ではなく、かかぁ天下状態になっているとは思っていなかったのだ。

「しかしの、それがよい。あの二人はそうでなくては面白うない」

ふわりと楽しそうに揺れる狐様。
顔色を悪くして謝る一之丞様。
それを、柔らかい笑顔で見ている師匠。
その情景を交互に見て、どこか心が温かくなるのを感じた。
なるほどね。
ロマンスとは、人それぞれに感じ方が違うもの。
何が大切で、何が重要か。
それは、他人が推し量るものでなく、本人にしかわからないものだから。

「狐様。私、なんだか悟ったような気がします」

殊勝に言うと、狐様ははて?と言いながら私の皿に乗った。

「……今の会話で悟るものがあったのか?まぁよいわ。相撲のつづきをするぞ!せみふぁいなる続行であるっ!」

「はいっ!」

私は皿の上に狐様を乗せたまま、土俵に向かって走った。
一之丞様と師匠を見ていた観客も、行司の狐様を追って移動する。
私と狐様が土俵に戻ってくると、そこにはもう、桃色金魚と対戦相手のカッパが準備万端で柔軟体操をしていた。

「遅いよぅ!兄さまとサユリちゃんに構ってるヒマなんてないからねー!今夜の主役は僕!この又吉三左なんだから……ねっ!」

桃色金魚は「ねっ!」という瞬間、水掻きを目の位置に当てて(あざとく)首を傾げ、片目を瞑った。
何のポーズだか知らないけど、非常にムカつくのは確かである。
くそ桃色金魚め。
コテンパンにやられてしまえばいいのに!
と、相手を見ると、それは次男戦で置き去りにされ勝ち上がったカッパである。
体つきも良く、力も強そうだ。
これならば桃色金魚をギャフンと言わせてくれるに違いない。
私はワクワクしながら、取組開始を待った。

「それでは、仕切り直して準決勝、浅川池の又吉三左と下市池のゴンザレス・大下の取組を開始するっ」

「ゴ、ゴンザレスっ!?」

狐様の声が響くと、間髪いれず師匠の叫び声が聞こえた。
どうしたのかな、師匠。
とても強そうな名前に度肝をぬかれたのかしら?
驚いて観客全員が振り向いたけど、暫くして、何事もなかったように取組は開始された。

「はっけよーい、のこった!」

「うりゃあ!」

ゴンザレスは掴みかかった。
しかし、それをヒラリと避ける桃色金魚。
その身のこなしに、私は息を呑んだ。
何の鍛練もしていない身のこなしではなかったからだ。
明らかに何かの武道をしている!
気付くと私は取組の実況を開始していた。

「ダメだよぅ!僕の可愛い着物が汚れちゃうでしょ?」

そう言うと、瞬時に左に回り込み、ゴンザレスの足元に突っ込んでいく桃色金魚!
おっと、これはたまらない!
不意をつかれたゴンザレス、慌てて体勢を整えるも時既に遅し。
重力に負け、憐れ土俵の外へと落ちていくーー!
桃色金魚は「ヨシッ!」とあざとくガッツポーズをした。

「勝負ありっ!浅川池、三左の勝ちぃーー!」

狐様が高々と軍配を上げると、桃色金魚はヒラヒラと三回ほど回転し決めポーズを取った。

「えへっ!やったね!強くて可愛い又吉三左ーー!ここにありー」

「うむっ!見事であるぞ!これで決勝に進む者が決定した!浅川池の又吉三左と、亥ノ子池の錦野梅!」

狐様が叫ぶと、会場の熱気は最高潮になった。
土俵の中から見下ろす桃色金魚と、土俵の下から睨む私。
響く歓声の中、ぶつかり合う闘気が私達の回りで渦巻いていた。


















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