純喫茶カッパーロ

藤 実花

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最終章 浅川池で逢いましょう

⑬さよならなんて言わないで

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その日の営業が終了して、私と一之丞達と四尾は連れ立って浅川池に向かった。
四尾はもう歩くことも出来ず、狐モードになり私の肩に乗っかっている。
夕暮れの遊歩道を、楽しそうに歩く一之丞達とは対照的に、私の足は重かった。
ひょっとしたら、別れは近付いているのかもしれない。
そう思うと、なんだか心がざわついた。

やがて、池の畔に出ると、先頭の一之丞があり得ないくらい大声を上げた。

「おおおっ!!」

見ると、浅川池には澄んだ水がなみなみと湛えられている。
茶色く干上がった所など、もうどこにも見えない。
青緑色の水の中には、いつしか小魚もいて、生態系もすっかりと元通りになっているようだった。

「俺たちの池が……」

「僕たちのおうち……グスッ……元通りだねぇ……」

次郎太も三左も、感極まって泣いた。

「こんなに早く元に戻るものであろうか?」

唖然として呟いた一之丞に、四尾が答えた。

「水神の玉の力は偉大であるぞ?なにせ、あるじさまの心の臓だからの?鱗などと比べようもないわ」

「心臓!?」

思わず叫んでしまい、みんなの注目を浴びた。
だって、心臓なくても動けるなんてすごくない?なんて思ったのは私だけで、一之丞達や四尾は平然としている。

「そうであったか。力のあるものだと思ってはおったが、心の臓とはな。だが、そのような霊力の源をどうしてこの池に置いたのだろうか?」

「そうか知らぬのか。まぁ無理もない。まだ生まれてもなかったしの?お前達の父の代で、大旱たいかん……大ひでりがあったろう?」

「うむ。その時、我らの母が生け贄として池に沈められたのだ」

「その折りな、あるじさまが又吉惣太郎に渡したものじゃ。お前達の母は人じゃから池で生きることは出来んかった。だが、水神の玉があれば水の中でも暮らして行けるからの」

語られた新事実に、一之丞達は驚いて立ち尽くした。
水神の玉。
それは、ただの宝物じゃなくて、一之丞達のお父さんとお母さんが一緒に生きて行くためのツールだった。
その為に水神様は自分の心臓を渡したのだ。
カッパと人との種族を超えた愛の為に!

「ぐすっ……いい話ね……」

込み上げる感動をおさえきれなくなり涙が溢れた。

「なんじゃ、サユリ。泣いておるのか?軟弱な。それほどまでに、あるじさまの善行が尊いか?まぁ、わからんでもないぞ?どれ、今宵は私とあるじさまが筑紫の国へ行ったときの話をしてやろうぞ!」

「いや、別にいい」

人が最高のロマンスに浸っているというのに、水神様と狐の武勇伝なんて聞きたくないわっ!
私がぷいっと横を向くと、こちらを見ている一之丞と目があった。

「サユリ殿……我ら、今夜はこちらで休むことにしたいのだが」

「えっ……あ、そう。そうか。うん、久しぶりだもんね」

「うむ。池の状態がどうなっておるのか知っておかねばならぬし、ちと考えたいこともあるのだ」

そう言って、浅川池に目を向けた一之丞は穏やかな表情をして笑っている。
やっと、元に戻った浅川池(自宅)を前にして、嬉しくないわけがない。
でも、私はそれが不安だった。
このまま、池に戻ってしまったら、彼らはもうカッパーロには戻ってこないかもしれない。
そもそも、浅川池に住めなくなったからうちに来ただけなのだから……。

「あ、明日は……店に来る、よね?」

遠慮がちに聞くと、池を見ていた一之丞達が一斉に振り返った。

「当たり前だよぅ!カッパーロの看板娘が店に出ないと、みんなガッカリしちゃうじゃん!」

三左はそう言って微笑み、

「俺の美しさを拝めなくなったら、皆、病んでしまうかもしれない。そんなことは出来ないさ」

次郎太はおどけて言った。

「サユリ殿。我ら、カッパーロで働くことをとても楽しく思っておる。明日も明後日も、明明後日もちゃんと出勤致すゆえ……」

一之丞は私の前に来て手を取り「ご心配めさるな」と優しく笑った。

「うん。わかった!……実家が懐かしすぎて、遅刻しないでよ?6時半には出勤することっ!」

「うむっ!」

「イエッサー!」

「アイアイサー!!」

元気良く答えると、彼らは身を翻して池に向かい、水際で一列に並ぶ。
そして、同時に池に足を踏み入れたと思ったら、一瞬で姿をカッパへと変化させた。

「え?きゅうり食べてないのに?」

驚く私に、肩に乗った四尾が言った。

「水神の玉の力よ。きゅうりはカッパの一時的な増強剤のようなものじゃ」

「へぇ……知らなかった……四尾、何でも知ってるんだね?」

「おいおい。この四尾綱木、水神アメノミシマノミコトに仕える天狐ぞ?何でも知っておるわ」

四尾は心外だ、という目で私を見る。
そんな四尾から目を逸らし、もう一度浅川池を見ると、そこには誰もいなかった。

「帰ろうか……」

明日になれば、また逢える。
一抹の寂しさはあるものの、そう考えれば少し元気が出た。

「そうじゃの?あ、今宵の飯はお揚げと菜っ葉の炒め物が良い。あと、日本酒ぞ?」

「はぁ!?炒め物はいいけど、日本酒はないわよ!?あるのは、ビールと料理酒ね」

「……なんと嘆かわしい。まぁ、仕方あるまい。ビールとやらで我慢してやるわ」

「じゃ、給料天引きね」

それを聞いて、四尾は私の耳元でキャンキャン喚いた。
やれ、守銭奴だの、強欲だの。
静かな浅川池に、私と四尾の声は響き渡る。
波紋の一つもない、池の底で、一之丞達は何をして過ごしているのか……。

私は踵を返して、カッパーロへと歩いた。
正直、空気を読まない四尾の存在が、この時だけは有り難いと思っていた。











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