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最終章 浅川池で逢いましょう
⑧朝のひととき
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「明日来る」と言った四尾は、太陽が上ってすぐカッパーロに現れた。
部屋の窓をガンガン叩き「入れろ!」と煩く騒ぐので、仕方なく一之丞が窓を開けてやる。
すると、四尾は一之丞を蹴倒して侵入し「たわけ!いつまで寝ておる!起きよ!」と尻尾で私達を叩き起こして回ったのだ。
鬼軍曹のような四尾に追い立てられ、一之丞達は朝ごはん(きゅうり)を食べお風呂に、私も急いで身支度を整えた。
全てが終わって時計を確かめると、まだ午前6時前。
カッパーロ開店時間までは少し余裕があったけど、どうせならもう店を開けてしまおうと私達は階下に降りた。
電気を灯し、窓を開け、お湯を沸かす。
一之丞や次郎太、三左がそれぞれの仕事をする中、四尾は手持ち無沙汰で店内をうろうろしていた。
だけど掃除をする次郎太や三左に邪険にされ、一番邪魔にならないカウンターテーブルに落ち着いた。
「それにしてもお前達、半妖であるのは知っておったが……やけにハイカラなナリをしとるのう?」
四尾はカウンターテーブルにちょこんと座り、前足で厨房の一之丞を指した。
「うむ。この姿もなかなか良いであろう?」
一之丞は冷蔵庫から卵を取り出しながら微笑んだ。
あんなに嫌がっていた人型を自慢する日がくるなんて……と、私は少し涙ぐむ。
それを見て、三左が寄ってきて私の肩を叩き、次郎太がハンカチを貸してくれ……。
「ちょっと!!それ雑巾だからっ!」
次郎太は慌てて雑巾を後ろ手に隠したけど、確信犯なのは見え見えだ。
でも彼なりに、場をなごませようとしたのだと、良いように考えることにした。
「ふむ。それにしても不思議な髪の色よの?母親が日の本の者なら黒いはず……ひょっとすると水神の玉の影響かもしれぬな」
「えっ!?そんなことあるの?」
三左はすっとんきょうな声を上げた。
「あるじさまが人型になるときも、同じような髪の色じゃぞ?」
「へぇ?ね、あるじさま……水神様って、どんな人?」
私は仕事をする手を止め、四尾に尋ねた。
昨夜、水神様の正体を一之丞達に聞いたのだけど、それは私の知らない人だったのだ。
一之丞達が知ってるのに、私が知らないなんておかしいなと思ったけど、名前や特徴を聞いても全く心当りがない。
突然健忘症になるにしても、特定の人物だけなんてあり得ないことだ。
「どんな人?……おお!人型のあるじさまか?それはもう紳士で素敵な御方ぞ?」
四尾はうっとりとしながら言った。
更にまだ言い足りないのか、私の目の前まで移動して喋り始めたのだ。
「少し灰色味のある銀髪でな、スラッとした背丈に彫りの深い目鼻立ち。この世の全てを癒すような慈愛に満ちた微笑みで見つめられれば、どんな悪人でもたちまち改心するほどの霊力の高さ!日の本のどの神と比較しても、我があるじさまが一番であろうの」
息継ぎしてる?と問いかけたくなるくらい、四尾は一気に捲し立てた。
水神様のことを自慢気に話す四尾は、農家さんを苦しめた性悪狐とは思えないほど無邪気だった。
尻尾をパタパタ振っちゃって。
可愛いものよね?
「ふぅん?素敵な人ね?でも、やっぱり私は記憶にないかなぁ……」
と呟くと、ゆで卵を抱えてやって来た一之丞がふふっと笑った。
「記憶にはなくとも、おそらく、会った瞬間にわかるのである」
「会った瞬間?」
意味深に笑う一之丞は、それだけ言うと厨房へと戻り、ランチに使うレタスを千切る作業を始めた。
会った瞬間にわかる?
もう既に一之丞の言っていることがわからない!
頭の中の整理がつかないでいると、前にいた四尾が声をかけてきた。
「おい。おなご……でなく、えーと、お前、名はなんと申す?」
「え、私?サユリだけど?」
「ふむ……では、サユリ。喜べ。あるじさまと私が、畿内へ旅した時の話をしてやろう!」
「へ!?」
頼んでないんですが!
店の準備で忙しいのに、どうして水神様と四尾の旅行記を聞かなくちゃいけないの!?
「いや、今度でいいよ……今日は……」
「遠慮することはない!私は忙しくないのでな!いくらでも話してやるぞ?」
四尾は身を起こして尻尾を振った。
私の迷惑そうな顔を見ても、四尾は話す気満々である。
水神様に会えることが嬉し過ぎて舞い上がり、人の話を聞いてないんだろう。
……仕方ない、聞くだけならそんなに邪魔にならないか。
そう思い、謳うように話し始めた四尾達の旅行記を、手を動かしながら聞くことにしたのだ。
部屋の窓をガンガン叩き「入れろ!」と煩く騒ぐので、仕方なく一之丞が窓を開けてやる。
すると、四尾は一之丞を蹴倒して侵入し「たわけ!いつまで寝ておる!起きよ!」と尻尾で私達を叩き起こして回ったのだ。
鬼軍曹のような四尾に追い立てられ、一之丞達は朝ごはん(きゅうり)を食べお風呂に、私も急いで身支度を整えた。
全てが終わって時計を確かめると、まだ午前6時前。
カッパーロ開店時間までは少し余裕があったけど、どうせならもう店を開けてしまおうと私達は階下に降りた。
電気を灯し、窓を開け、お湯を沸かす。
一之丞や次郎太、三左がそれぞれの仕事をする中、四尾は手持ち無沙汰で店内をうろうろしていた。
だけど掃除をする次郎太や三左に邪険にされ、一番邪魔にならないカウンターテーブルに落ち着いた。
「それにしてもお前達、半妖であるのは知っておったが……やけにハイカラなナリをしとるのう?」
四尾はカウンターテーブルにちょこんと座り、前足で厨房の一之丞を指した。
「うむ。この姿もなかなか良いであろう?」
一之丞は冷蔵庫から卵を取り出しながら微笑んだ。
あんなに嫌がっていた人型を自慢する日がくるなんて……と、私は少し涙ぐむ。
それを見て、三左が寄ってきて私の肩を叩き、次郎太がハンカチを貸してくれ……。
「ちょっと!!それ雑巾だからっ!」
次郎太は慌てて雑巾を後ろ手に隠したけど、確信犯なのは見え見えだ。
でも彼なりに、場をなごませようとしたのだと、良いように考えることにした。
「ふむ。それにしても不思議な髪の色よの?母親が日の本の者なら黒いはず……ひょっとすると水神の玉の影響かもしれぬな」
「えっ!?そんなことあるの?」
三左はすっとんきょうな声を上げた。
「あるじさまが人型になるときも、同じような髪の色じゃぞ?」
「へぇ?ね、あるじさま……水神様って、どんな人?」
私は仕事をする手を止め、四尾に尋ねた。
昨夜、水神様の正体を一之丞達に聞いたのだけど、それは私の知らない人だったのだ。
一之丞達が知ってるのに、私が知らないなんておかしいなと思ったけど、名前や特徴を聞いても全く心当りがない。
突然健忘症になるにしても、特定の人物だけなんてあり得ないことだ。
「どんな人?……おお!人型のあるじさまか?それはもう紳士で素敵な御方ぞ?」
四尾はうっとりとしながら言った。
更にまだ言い足りないのか、私の目の前まで移動して喋り始めたのだ。
「少し灰色味のある銀髪でな、スラッとした背丈に彫りの深い目鼻立ち。この世の全てを癒すような慈愛に満ちた微笑みで見つめられれば、どんな悪人でもたちまち改心するほどの霊力の高さ!日の本のどの神と比較しても、我があるじさまが一番であろうの」
息継ぎしてる?と問いかけたくなるくらい、四尾は一気に捲し立てた。
水神様のことを自慢気に話す四尾は、農家さんを苦しめた性悪狐とは思えないほど無邪気だった。
尻尾をパタパタ振っちゃって。
可愛いものよね?
「ふぅん?素敵な人ね?でも、やっぱり私は記憶にないかなぁ……」
と呟くと、ゆで卵を抱えてやって来た一之丞がふふっと笑った。
「記憶にはなくとも、おそらく、会った瞬間にわかるのである」
「会った瞬間?」
意味深に笑う一之丞は、それだけ言うと厨房へと戻り、ランチに使うレタスを千切る作業を始めた。
会った瞬間にわかる?
もう既に一之丞の言っていることがわからない!
頭の中の整理がつかないでいると、前にいた四尾が声をかけてきた。
「おい。おなご……でなく、えーと、お前、名はなんと申す?」
「え、私?サユリだけど?」
「ふむ……では、サユリ。喜べ。あるじさまと私が、畿内へ旅した時の話をしてやろう!」
「へ!?」
頼んでないんですが!
店の準備で忙しいのに、どうして水神様と四尾の旅行記を聞かなくちゃいけないの!?
「いや、今度でいいよ……今日は……」
「遠慮することはない!私は忙しくないのでな!いくらでも話してやるぞ?」
四尾は身を起こして尻尾を振った。
私の迷惑そうな顔を見ても、四尾は話す気満々である。
水神様に会えることが嬉し過ぎて舞い上がり、人の話を聞いてないんだろう。
……仕方ない、聞くだけならそんなに邪魔にならないか。
そう思い、謳うように話し始めた四尾達の旅行記を、手を動かしながら聞くことにしたのだ。
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