純喫茶カッパーロ

藤 実花

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第三章 怪・事件

⑪農家さんを救え

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空中でくるんと一回転し、彼らはシュタッと着地を決めた。
三左は両手を水平に伸ばし片足を上げ、次郎太は座り込み片ヒザを付く。
ぴったりと息の合ったコンビネーションは、今日も見事に冴え渡っている。
これに一之丞が加われば、どんな風になるのかと思いながら、私は法被で顔を拭った。
しかし、この登場を静かに見守っていた一之丞は、少しイライラしながら尋ねたのだ。

「遅かったではないか!?ちゃんと私の声が聞こえたのであろう?」

「うんっ。台所の排水溝からちゃんと聞こえたよ。でもねぇ、昔よりも知らない水路が一杯増えててさぁー」

三左が拗ねたように返すと、

「そうなんだよ兄者。向こうをすぐ出発したんだけど迷ってしまってね」

次郎太が困ったように頭を掻いた。
マンホールから叫んだ一之丞の声は、何故か自宅の台所の排水溝から次郎太と三左に聞こえていた。
その上、彼らは声を便りに「水路」とやらを通ってここまで来たという。
……彼らの会話は、私の理解の範疇を越えていた。
でも、それでいい。
理解出来ないことは、もう考えない。
これは全て妖怪の仕業なのだ!!

「まぁ良い。これから少し仕事をしてもらう!」

「仕事ー?なぁに?」

息巻く一之丞に、三左が問いかける。

「サユリ殿の指示に従い、各世帯に貼られた呪札を剥がしてもらいたい」

「呪札……なんか物騒なことになってたんだね」

次郎太は珍しく難しそうな顔をした。
三左もいつものように茶化すようなことは言わなかった。

「皆、ごめんね。ちょっと力を貸して?農家さん達を正気に戻したいの……浅川村の野菜は美味しいって評判だし、特に民さんちのきゅうりは格別で……」

「んぁ!?」

突然、三匹が叫びながらこちらを振り向いた。
その目にはいつもの可愛らしさがまるでない。
飢えた獣、または、狩人のような鋭い目付きだ。

「な、なに?」

「サユリ殿。一応確認するが、カッパーロで頂いていたきゅうり、それは《民さん》とやらのきゅうりか?」

「そ、そうだけど」

尋ねた一之丞は、次郎太と三左、2人と顔を見合わせると更に殺気だった。

「許すまじ。善良なきゅうり農家の御仁をあのような目に合わせるとは」

「ほんとうだよねっ!立派なきゅうり農家さんを呪うなんて、絶対ゆるせない!」

「はぁ。呪札なんて美しくないよ。気高いきゅうり農家さんを早く助けてあげないと」

三匹はぐぐっと拳を握り締め、士気を高めている。
きゅうり農家さんが、彼らの中で神格化され始めた件については、この際スルーしようと思う。
やる気を出してくれるなら、どっちでもいいことだ。

「それでは、皆!いざ、きゅうり農家さんを救いに行くぞ!心してかかれ!」

「イエッサー」

「アイアイサー」

一之丞が勢い良く片手を上げると、次郎太と三左はビシッと敬礼をした。
普段、全く意見の合わない三匹は、ここに来て共通の意識を持ったようだ。
きゅうり農家さんを救うという、偏った意識を……ね。


私と三匹は、夜陰に紛れてこそこそと車へと移動した。
集会所正面には、霧の原因は何だ!と詰め寄る村人が加藤さん達役場の職員に文句を言っている。
お陰で私達は誰の目にも触れることなく、車に乗り込むことが出来たけど、ちょっとだけ加藤さんに対しての罪悪感も生まれた。
しかし、本当にちょっとだけだったのですぐに忘れてしまっていたのである。

車を遠くに止めたことが幸いし、エンジン音が気づかれることはなく、簡単に裏口から脱出出来た。
そして、まず集会所から一番近い農家さんの家へ向かう。
浅川村に流れる「銀龍川」。
その下流に位置する場所に何軒かの農家さんが暮らす集落がある。
私は集落の近くまで移動すると、大きな木の後ろに車を停めエンジンを切った。

「この家とその向こう三軒両隣は全部農家さん。後はまた車で移動することになるわ」

「うむ!了解した。それでは、次郎太はあちら。三左はこちら、私はこの家から始めるとする!」

一之丞の指示に、次郎太と三左が頷いた。
呪札を見つけ出して剥がす、ということを一体どのようにしてやるのか。
まるで見当もつかない私は、好奇心丸出しで助手席に座る一之丞に言った。

「私も行っちゃだめかな?」

「他所様のお宅に忍び込むのに抵抗がなければ構わぬが?」

「え。忍び込むの?」

「うむ。大体は玄関先であるのだが、違う場合もある。例えば軒下とか、天井裏とか」

軒下はわかるけど、地上げ業者が天井裏には入らないと思う……。
ともかく、人の家に勝手に上がり込むというのは無理だ。
もし見つかった場合、カッパなら悲鳴で済むけど、私は駐在さんを呼ばれてしまう……。

「お任せします」

「それが良いと思う」

一之丞は柔らかに微笑んで言った。
そして、彼らはシートベルトを外すとそれぞれ担当の家へと散って行ったのである。

 
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