純喫茶カッパーロ

藤 実花

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第二章 めたもるふぉーぜ!

⑫お見舞いへいこう

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折角山を越えて来たので、食材をこちらで揃えることにした私達は、スーパーに寄った。
そこで、モーニングやランチに使う野菜を買い、お肉とお魚も吟味する。
途中きゅうりが盛られたコーナーで3人が動かなくなり、仕方なく3本入りの物を一袋買った。
子供がお菓子コーナーから動かなくなるという話は良く聞く。
俗に言う「駄々を捏ねる」という行動を、まさかカッパにされるとは思ってもみなかった。
旬じゃない時期のきゅうりは、ちょっと割高である。
旬の時期なら3本98円で買えるところが時期外れには2本で150円、3本で198円もするのだ。
……お分かりだろうか?
このほんの少しの差が家計には大打撃で冬場のきゅうりの使用率がぐっと減るということを!!
しかもまだ、うちには民さんにもらったきゅうりが残っていて、勿体無いにもほどがある。
確かにお高いきゅうりを買ってあげる予定はあったけど、その件は私の中で洋服で相殺されていて、これは無駄な買い物に他ならない。

スーパーで無駄金を使ったあと、私達は近くのファミレスでお昼ご飯を食べた。
一之丞達は、きゅうりが大好きだけど、別に他のものが食べられない訳じゃない。
雑食で何でも食べるのだそうだ。
その中でもきゅうり以外で好きなのが、お魚や茄子や瓜系のもの。
スイカとかメロンもわりと好きだと聞いた。
私はパスタのナポリタンを、一之丞は銀鱈の西京焼きセット、次郎太は海鮮丼、三左は何故かヒレカツ定食、それにドリンクバーをつけた。
初めてのドリンクバーでテンションが上がった次郎太や三左は、お腹を壊しそうなくらいおかわりをしに行っていた。
最後の方は店員さんの目が厳しくなっていて、私は冷や汗をかいたんだけどね。
一之丞は綺麗に箸を持ち、銀鱈を幸せそうな顔をして食べている。
ギリシャの海運王が銀鱈を食べるという貴重な画像を私はパシャリとスマホで撮影した。
一瞬不思議そうに目を細めた一之丞は、その後何事もなかったようにお味噌汁を飲み始める。
大丈夫。
変なことには使わないから、たぶん。


腹ごしらえをした後の予定は、入院している母のお見舞いだ。
浅川村の診療所には入院施設がないので、母はこの町の総合病院に入院している。

昼からの面会時間には余裕で間に合うけど、問題はこのカッパ達。
病院の駐車場に車を止め、エンジンを切ってから私は彼らに言った。

「あのね。ちょっと待合室で待っててくれる?」

「なんで?」

三左は呑気に言った。
正直に言ったら、ついてくるって言うだろうか?
それとも、空気を読んで待っててくれるだろうか?
どちらとも想像がつかなかったので、とりあえず正直に言ってみることにした。

「うちの母親が入院してて、顔だけ出してくるから……」

「入院?ええと、ここってたぶん病院だよね?」

三左が総合病院を見上げて言い、一之丞は私を見た。

「母上はどこかお悪いのか?」

「ううん。ただ、少し精神的疲労というか過労というか。父親が亡くなったショックでね……倒れちゃって……」

「なんと……サユリ殿も父を亡くされたのだな」

「大変だったね、サユリさん」

一之丞が目を伏せ、斜め後ろから次郎太が顔を出し、私の肩をポンポンと叩く。
そして、三左は何かを思い出してグスッと鼻をすすった。

「うん、まぁね……でも、母もだんだん元気になっていってるし、私も忙しくて落ち込んでる暇ないっていうか……それじゃあ、ロビーまで行こうか?」

「うむ。そうしよう」

一之丞の言葉と共に、全員が降りて病院の待合室へ向かった。
総合病院は一昨年大規模な建て直しがあり、全体が大きくとても綺麗になった。
クリーム色の外観で、中に入ると清潔感溢れるオフホワイトの壁に囲まれる。
売店にもコンビニが入っていて、可愛い花屋もあり、田舎にしては中々の充実ぶりだ。
正面玄関口を入り、自動受付を抜けると大きなロビーがあり、午後からの予約の患者さんたちがいる。
そこを更に進みエレベーターで4階へ向かい降りたすぐ前に待合室があった。

「じゃあ、ここで。すぐだから、待っててね?」

「はぁーい」

「了解だよ」

「サユリ殿。我らのことは心配いらぬ。母上とゆっくりしてくるといい」

三左、次郎太、力強い一之丞の言葉に、私は頷いて病室に向かった。
待合室から左に歩き、次を右に曲がった先の一番最初の部屋。

401号室。
そこが母の病室だった。
本来は2人部屋だけど、今は母1人しか入院患者はいない。

「お母さん?」

薄ピンクのカーテンの外から声をかけると、中からゴソッと音が聞こえた。

「はい?サユリ?どーぞ?」

「うん」

軽く返事をしカーテンを開けると、ベッドで半身を起こして、食い入るようにDVDプレーヤーを見る半笑いの母がいた。

「どうしたの?何か面白いことでもあった?」

「ああ、これ。看護師さんに貸してもらったんだけど、この映画、面白くって……」

母の後ろに回り込み覗き込んでみると、身の丈2メートル程の大男が、斧を持って男女カップルを追いかけ回してる場面だった。

「これ……ホラー映画じゃ……」

私は尋ねた。
病院でホラー映画見るなんて、神経図太過ぎる。
でもホラー映画と見せかけて、実はコメディ映画なのかもしれない。
面白いっていうんだから……なんて良い方に考えたけど、それは無駄だった。

「そうなのよ。ふふっ。ここから面白いわよ。このジョンソンって斧男がペンションにいる浮かれポンチのカップルを滅多斬りに……」

「お母さんっ!……もう、怖いからやめてよ!」

「怖い?これが?こんな作り物、怖くも何ともないわ。逆に笑えるわよ」

そう言って母は一時停止ボタンを押した。
母、ユカリは怖いもの知らずだった。
実家は水神を祭った神社で、だからというわけではないが、どうも変なものが見えてしまう体質らしい。
その為、幽霊や妖怪の話、ましてやホラー映画なんて笑ってしまうんだそう。
そんな母でも、父の死にショックを受けて倒れるんだから……。
どれほど父のことを好きだったのかを考えると切なくなった。
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