純喫茶カッパーロ

藤 実花

文字の大きさ
上 下
16 / 120
第二章 めたもるふぉーぜ!

②イケッパ

しおりを挟む
「というわけでサユリ殿。すまぬが夕飯のきゅうりを頂けないか?」

「う。うん。待ってて、倉庫の冷蔵庫から持ってくる……」

詰め寄ってくる一之丞から距離を取りながら、私は立ち上がった。
顔面が美しすぎて耐えられないからですっ!
そのまま階下に向かい、倉庫からきゅうりのビニール袋を取り出して少し悩む。
朝は一匹3本ずつで文句は出なかったけど、今度はどうしよう。
多めに持っていこうか、同じ数にしようか?
暫くそこで悩んで、結局1本増量することに決めると2階へ上がった。

「持ってきたよ、きゅうり。ちょっと洗うから待ってて」

「かたじけない」

「ありがと、サユリちゃん」

「どうもね、サユリさん!」

3人のお礼を背中で聞きながら、流しでさっときゅうりを洗うと水を切って大皿に盛る。
12本の瑞々しいきゅうりを見映えよく整えて、テーブルで待つ3人の真ん中に置いた。

「はい」

私は席に着き、一之丞達の様子を窺った。
きゅうりを食べて、どんなふうに変身するのかが気になったからだ。

「ひーふーみー……12本か。では一人4本ずつで良いな」

一之丞が神経質そうに数えると、三左と次郎太が返事をした。

「はぁーい」

「了解。朝は一本多かったからね。危うく血を見るところだったよ」

「えっ!?ごめん、余ってた?」

ということは間違って10本渡してたんだ。
それで、皆の目の色が変わったのね。
裏で威嚇してたのは、余った1本の取り合いということか。

「うむ。だが心配はいらぬ。きっちり計って三等分したのでな」

一之丞は爽やかに微笑んだ。

「……あ、そう。良かった」

そんなに穏便に済ませた感じではなかったような……?
激しく争う音も聞こえましたけど?
でも、何事もなかったのなら追及する必要もないか。
それよりも、私はメタモルフォーゼの方が気になっていた。

「では皆。サユリ殿に感謝しながら頂くとしよう!頂きます!!」

一之丞の音頭に、次郎太と三左も「頂きます」と復唱し手を合わせた。
その後、大皿に盛ったきゅうりを先ず一之丞が1本取った。
次いで次郎太、最後に三左。
そうやって順番に取っていく理由を、私はこう考えた。
きゅうりには当然大きさに差があるから、順番に取っていくことで、不公平を無くすのだと。
たかがきゅうりごときに……とは思うけど、ひょっとするとカッパにとってきゅうりは、ポパイのほうれん草と同じようなものかもしれない。

やがて目の前の大皿が空になる。
そして、3人は思い思いに自分の分のきゅうりを齧り始めた。

ボォリボォリボォリボォリ………。
シャクッシャクッシャクッ………。

台所は不思議な音で満たされた。
ただ、その音よりも、私の見ている光景の方がよっぽど不思議だった。
ギリシャの海運王とアンニュイなナルシスト、更にはあざとい美少女が狭いテーブルを囲みきゅうりを齧る。
これはB級ホラー映画の撮影か?
と、何も知らない人はそう思うだろう。

私は注意深く3人を見つめた。
でも、彼らがカッパに戻る気配はない。
ただひたすら、きゅうりを貪る異様なイケメン……いや、イケッパ(イケメンカッパ)達がいるだけである。

「ねえ?まだ戻らないの?」

痺れを切らして尋ねた。

「……ボォリボォリ、ん?ああ、もう少し妖力を溜めたら変わるはずなのだが」

一之丞が咀嚼を止めて言った。
妖力を溜める?……きゅうりの栄養素の中に妖力ってあったっけ?いや、ないよね。
カッパについての不思議な生態に困惑していると、いきなり次郎太の体がピカーンと光始めた。

「おっと。今日はオレのきゅうりが当たりだったようだ」

次郎太がふふん、と胸を張ると三左が拗ねた。

「あーもう!負けたーー!」

「負けたって何?」

ギリリと悔しそうにきゅうりを齧る三左に尋ねた。

「あのね?きゅうりの新鮮さとか旨さとかで妖力が変わるの。だから、より美味しいものを選べば妖力の溜まりが早いんだよね」

「ふぇー……きゅうりってすごいんだね……」

まさか。そこまでカッパときゅうりが密接な関係にあったなんて。
昔からカッパの好物はきゅうりとされているのにはこんな理由もあったのね。
これ論文として発表したら、私、時の人になれるんじゃ……。
なんてしょうもないことを考えていると、次郎太の体が益々輝き始めた。
左隣から放たれる目が眩むような光。
思わず手で遮ると、次いで前と右隣からも輝きが放たれ始めた。

「ちょっ、ちょっと……眩しい!光りすぎ!何にも見えないっ!目が、目がぁーー!!」

とうとう台所は発光し過ぎて何も見えなくなった。

「わぁーい!へーんしんっ!」

楽しそうな三左の高い声だけが、辺りに響き、私は堪らずテーブルに顔を伏せた。




































しおりを挟む

処理中です...