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あなたが赦してくれなくとも

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咄嗟のことで、何が起こったのか把握するのに暫く時間がかかった。
ミカエルの銃口はローラントに向けられていて、その先でまるでコマ送りのように後ろに倒れていく彼の、姿が。

「ローラントっ!!いやぁっ!!ローラント!ローラント!」

自由にならない体を必死で動かし、なんとか彼に駆け寄ろうとしたが、ミカエルはそれを許さない。

「あははははっ!ああ、言うの忘れてましたけど、私も結構射撃は得意なんですよ」

「離しなさいっ、離して!ローラントを助けないと………」

「大人しくなさい。あまり言うことを聞かないと、今度はあの男の頭を撃ち抜きますよ」

「なっ!……」

どこを撃たれたのかははっきりわからなかった。
ただ、左胸の辺りで勲章が弾けとんだのが見えたので恐らく……。
急がないといけない、だけど、頭を撃たれたらもう全てが手遅れ……。
クリスタは今は黙るしかなかった。

「君のその憎悪に満ちた蒼い瞳、ゾクゾクするくらい美しいですね。ふふ、では邪魔者もいなくなったところでお願いがあります。勿論、聞いて頂けますよね?」

ミカエルは銃口をゆっくりとローラントの額に向けた。

「何をすればいいの?!」

「さっき君が見つけた透明な石を渡って、中央の岩からあるものを取ってきて下さい」

「……あるもの?」

「ええ、あるもの。おや?考えている時間はないのでは?」

クリスタは眼下のローラントを見た。
彼はまだ動かず倒れたままで、ここから確認出来るのは出血はしていないということだけだ。
だが、弾が貫通して背中から出血しているかもしれない……

「行くわ」

「鍵はお持ちですよね?」

「ええ」

クリスタは息を整えて、一歩泉の中へ踏み出した。
透明な石は沈まず彼女を支える。
そうしてまた一歩、また一歩と確かめながら歩いていくと遂に泉の中央の大きな岩の前に辿り着いた。
手探りで岩の表面を何かないかと探してみるが、どうやらただの岩のようでどこにも秘密の鍵穴などない。
……岩の方じゃないのかも?
クリスタは岩の下、泉の水に浸かった透明な石を調べた。
ここまで来る時に渡った透明な石とは別にもう一つ、不自然な場所にある石を見つけた。
隠されるようにして置かれているその石には、確かに小さく鍵穴が付いていた。
首にかけていた鍵を外し、小さい鍵穴に滑り込ませる。
カチリと小さな解錠音がしたと思うと、石は水面から地上に姿を現しその中に入っているものをクリスタに明け渡した。

それは、小さな赤い小瓶。

美しい小瓶に入った液体は透明なのか赤色なのかわからなかったが、未知の輝きを秘めているように感じた。

そうして元来た道をまたゆっくりと戻り、あと数歩で地に足がつくというところでクリスタはそれを掲げミカエルに問うた。

「これが何か知ってるの?!」

ミカエルは顔色一つ変えず冷たい目で答える。

「恐らく、ランゲンバッハで使われた生物化学兵器でしょう」

「そんな!?まだ残されてたっていうの!?あんなに人が亡くなったのに?」

「人の探求心に限りはない。とても強欲で、残酷だろう?」

ミカエルはそこで初めて目を細める。
その姿は、リルケに似ていた。

「で、あなたはこれをどうするつもりなの?」

「それは、色んな国との取引に使えますから。欲しがる国は多いんですよ」

「こんなもの戦争に使われたらどうなるか!また大勢死ぬわ!」

「はい、何か問題でも?」

話にならない。
ミカエルはやはり人を死に追いやることになんの罪悪感もない。
ダメだ、これを渡してはダメ。
だけど、そうしないと……。


ローラント、ねぇ、ローラント……
あなたは許してくれるかしら。
今から私がすることを誉めてくれるかしら。
いえ、きっと怒るわね。
だけど私は、私だって、あなたのいない世界で生きるのは嫌なのよ。


クリスタはゆっくりと目の前に赤い小瓶を掲げる。
小瓶を通して見えるミカエルが不思議そうな顔をしていた。
そして彼が何かを言うより早く、クリスタは小瓶の中身を勢いよく呷った。

「なっ!」

ミカエルの驚愕した顔が見えて、少しざまぁみろと思った。
最後に少しでもそんな顔をさせてやったことを地獄に落ちても忘れるものか。

「あなたには渡せない。これはこの世から無くすべきものよ。これで、漸く、母の、願いが………」

意識が途切れる刹那、もう一度触れたいと思った。
暖かいローラントの胸に。
その胸に抱かれてまた眠りたい、と。





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