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騙される方が悪いのです
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「ラング………お前……もう少し粘れよ……」
仰向けの執事に向かってノイラートが呟く。
白い天井に突然現れた青い瞳に、ラングは少し安心感を覚えて笑った。
「誰のお陰でこのザマだと思ってるんですか。元はと言えばあなたが弱いのが悪い」
ノイラートはラングの手を取り起こすと、自分も一緒にその場に座り込んだ。
「……負けました……」
「そうだな」
「怒らないのですか?」
「………なぁ……なんであれがいいのかわかるか?確かにいい男だろうよ。だが、あれだけの女の数だろ……過去とはいえ嫌じゃないのか、クリスタは……」
それは怒るというより最早諦めに近い、ノイラートの嘆きだった。
「どうでしょうね。夫婦の間にあるものなんて他人にはわかりませんよ」
「夫婦ではない、まだな」
往生際が悪い……、本当に昔からこの男は諦めが悪い。
「もういいじゃないですか。私は好きですよ、ローラント様。あなたの若い頃に似ています」
「はぁ!?ふざけるなよ!あんな女ったらしじゃなかったぞ!」
「いや、そこではないです。強いて言うなら、諦めの悪いところ……そう、あれはファルタリア公国で……」
うるさい、とラングを殴る振りをしてノイラートはばつが悪そうに微笑んだ。
「ふん、子供が娘だったらいいのにな!嫁に出すとき、私の気持ちを思い知るがいい!」
「………………………」
「どうした??」
「いえ……」
ラングは笑いを堪えたような表情をノイラートに向け、これからおこるだろう面白いことを想像してほくそ笑んだ。
「ラング、ご苦労さま。お父様の代わりに戦ってくれてどうもありがとう」
ローラントと一緒に歩いてきたクリスタが、ラングの横に座りその手を取った。
「いえ……ですが、相手にもなりませんでしたね。ローラント様はお強い。最後は何故手加減されたのです?」
「手加減?良く覚えてないが、戦意がなかったからじゃないか?」
ラングは途端に寒気を感じ、諦めることの重要性を深く心に刻んだ。
これから明るい老後を過ごす為には、どんどん諦めて行こうと少しずれた信念が彼の中に生まれたのだった。
「でも良かったわ、二人ともケガがなくて!ねぇ、お父様?」
「ああ………うん……」
ノイラートは二人と目を合わせないようにしていたが、やがて諦めたように娘に向き直った。
「はぁ……不本意ではあるが、約束だ。認める」
「お父様ありがとう!」
クリスタの溢れるような笑みを見て、これで良かったのだ、とノイラートは懸命に自分に言い聞かせた。
「ありがとうございます、必ず幸せにします」
そして娘の後ろで晴れやかに笑うローラントに対しては、お前は禿げろと何度も何度も心の中で繰り返していた。
やはり私は諦めが悪いなとラングの方を見ると、彼は懐かしいものでも見るように眩しそうにこちらを見ていた。
***********
「それで、いつ頃産まれるんだ?」
格技場を後にし書斎に戻ってきてすぐ、ノイラートがクリスタに尋ねた。
「え、何が?」
「何がって………!………お前、もしかして……」
ああ、今頃気づいたのか。
まぁ仕方ない。
愛する娘の妊娠という大事に思考を乱されたのだ。
クリムは婚姻申請書をクリスタに渡しながら、まんまと騙された父親に呆れていた。
普段のノイラートならば、絶対に起こらないことに少し胸のすく思いはあったが、こんなに簡単に騙されて情報局大丈夫なのか?!と心配になってきていた。
「ふふっ、無効には出来ませんよ。あくまでも決闘で決まったことですので。私の嘘云々は全くの別物です」
「お前なぁ……ああもう、わかった。要するに私の完全敗北だな」
ノイラートは頭を掻き自身の机にどっかりと腰を下ろした。
「………すまない、話が良く見えないんだが」
ここにも被害者がいる!
最初は少将の方が妹を騙しているのかと思っていたが、ここにきて我が妹の悪辣ぶりが目に余るな。
これは、あれだろ。
掌で転がされているというやつ。
クリムは少し前に届いたクラインの報告書の内容を思い出して合点がいった。
『妹は猛獣使いになった』
まさに、それだ。
「ローラント、本当にごめんなさい。私、あなたと一緒に居たくて嘘をついたの……」
妹は少将の胸にすがって目を潤ませて言った。
「子供は……嘘?」
「………ごめんなさい……」
うるうると蒼い瞳で見上げる妹は贔屓目に見てもかなり美しい。
わかっていても騙されてやりたくなってしまう。
本当にこれを素でやるのだから、かなりたちが悪い。
これを世間一般では色仕掛と言うのだが、本人は知らんだろうな。
「謝らなくていい、怒ってないよ。一緒にいられるんだからな。それだけで凄く嬉しい。……ああ君は本当に可愛いな」
バカなのかな??
いやいや、信じすぎだろう?
少将の調査書類とあまりにも違う目の前の光景に、なんだか不気味さを感じるクリムである。
「それじゃあ纏まったところで、明日の段取り説明していいかな。少将のお仲間達の所へ移動しよう」
あーー、やっと本来の仕事が出来る。
仰向けの執事に向かってノイラートが呟く。
白い天井に突然現れた青い瞳に、ラングは少し安心感を覚えて笑った。
「誰のお陰でこのザマだと思ってるんですか。元はと言えばあなたが弱いのが悪い」
ノイラートはラングの手を取り起こすと、自分も一緒にその場に座り込んだ。
「……負けました……」
「そうだな」
「怒らないのですか?」
「………なぁ……なんであれがいいのかわかるか?確かにいい男だろうよ。だが、あれだけの女の数だろ……過去とはいえ嫌じゃないのか、クリスタは……」
それは怒るというより最早諦めに近い、ノイラートの嘆きだった。
「どうでしょうね。夫婦の間にあるものなんて他人にはわかりませんよ」
「夫婦ではない、まだな」
往生際が悪い……、本当に昔からこの男は諦めが悪い。
「もういいじゃないですか。私は好きですよ、ローラント様。あなたの若い頃に似ています」
「はぁ!?ふざけるなよ!あんな女ったらしじゃなかったぞ!」
「いや、そこではないです。強いて言うなら、諦めの悪いところ……そう、あれはファルタリア公国で……」
うるさい、とラングを殴る振りをしてノイラートはばつが悪そうに微笑んだ。
「ふん、子供が娘だったらいいのにな!嫁に出すとき、私の気持ちを思い知るがいい!」
「………………………」
「どうした??」
「いえ……」
ラングは笑いを堪えたような表情をノイラートに向け、これからおこるだろう面白いことを想像してほくそ笑んだ。
「ラング、ご苦労さま。お父様の代わりに戦ってくれてどうもありがとう」
ローラントと一緒に歩いてきたクリスタが、ラングの横に座りその手を取った。
「いえ……ですが、相手にもなりませんでしたね。ローラント様はお強い。最後は何故手加減されたのです?」
「手加減?良く覚えてないが、戦意がなかったからじゃないか?」
ラングは途端に寒気を感じ、諦めることの重要性を深く心に刻んだ。
これから明るい老後を過ごす為には、どんどん諦めて行こうと少しずれた信念が彼の中に生まれたのだった。
「でも良かったわ、二人ともケガがなくて!ねぇ、お父様?」
「ああ………うん……」
ノイラートは二人と目を合わせないようにしていたが、やがて諦めたように娘に向き直った。
「はぁ……不本意ではあるが、約束だ。認める」
「お父様ありがとう!」
クリスタの溢れるような笑みを見て、これで良かったのだ、とノイラートは懸命に自分に言い聞かせた。
「ありがとうございます、必ず幸せにします」
そして娘の後ろで晴れやかに笑うローラントに対しては、お前は禿げろと何度も何度も心の中で繰り返していた。
やはり私は諦めが悪いなとラングの方を見ると、彼は懐かしいものでも見るように眩しそうにこちらを見ていた。
***********
「それで、いつ頃産まれるんだ?」
格技場を後にし書斎に戻ってきてすぐ、ノイラートがクリスタに尋ねた。
「え、何が?」
「何がって………!………お前、もしかして……」
ああ、今頃気づいたのか。
まぁ仕方ない。
愛する娘の妊娠という大事に思考を乱されたのだ。
クリムは婚姻申請書をクリスタに渡しながら、まんまと騙された父親に呆れていた。
普段のノイラートならば、絶対に起こらないことに少し胸のすく思いはあったが、こんなに簡単に騙されて情報局大丈夫なのか?!と心配になってきていた。
「ふふっ、無効には出来ませんよ。あくまでも決闘で決まったことですので。私の嘘云々は全くの別物です」
「お前なぁ……ああもう、わかった。要するに私の完全敗北だな」
ノイラートは頭を掻き自身の机にどっかりと腰を下ろした。
「………すまない、話が良く見えないんだが」
ここにも被害者がいる!
最初は少将の方が妹を騙しているのかと思っていたが、ここにきて我が妹の悪辣ぶりが目に余るな。
これは、あれだろ。
掌で転がされているというやつ。
クリムは少し前に届いたクラインの報告書の内容を思い出して合点がいった。
『妹は猛獣使いになった』
まさに、それだ。
「ローラント、本当にごめんなさい。私、あなたと一緒に居たくて嘘をついたの……」
妹は少将の胸にすがって目を潤ませて言った。
「子供は……嘘?」
「………ごめんなさい……」
うるうると蒼い瞳で見上げる妹は贔屓目に見てもかなり美しい。
わかっていても騙されてやりたくなってしまう。
本当にこれを素でやるのだから、かなりたちが悪い。
これを世間一般では色仕掛と言うのだが、本人は知らんだろうな。
「謝らなくていい、怒ってないよ。一緒にいられるんだからな。それだけで凄く嬉しい。……ああ君は本当に可愛いな」
バカなのかな??
いやいや、信じすぎだろう?
少将の調査書類とあまりにも違う目の前の光景に、なんだか不気味さを感じるクリムである。
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