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102号室 アイスラーの解

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「仲が良くて羨ましいね」

目の前で呆れた顔をするアーベルにアイスラーがいつもの満面の笑みで言う。

全く……彼らは声を抑えると言うことを知らないのかな。
クリスタは気にしそうなもんだけど、きっと、ローラントが面白がって声を上げるように仕向けてるんだな。
相好を崩さずにいるアイスラーだが、本当のところはかなり呆れ返っていた。

「仲が……良いのでしょうか……私にはあの男がケダモノにしか見えませんが………」

「ケダモノだよ!それは間違いないね。………でもねぇ、これは凄い進歩なんだよ」

「退化ではなく?」

ふふ、とアイスラーは目を細めた。

「ミドリムシがケダモノになるんだよ。これって進歩を飛び越してもう奇跡だよね?」

アーベルは首を傾げ、アイスラーの言葉の説明を待つ。
しかし、アイスラーはそれ以上語ることはなかった。
ただ、過ぎ去る景色に視線を移しそれをじっと見つめていた。


************


午後の授業の終わりのベルが鳴ると、僕は急いで家路につく。
そうしないといけない理由があった。

初等教育の学校はその時まだ、貴族やお金持ちが通う平民には敷居が高いものだった。
僕は平民だったが授業料を免除される特別優秀枠という制度で通うことが出来た。
だが、やはりそれを面白くないと思うやつもいる。
だいたいが貴族の連中だ。
何かにつけて平民の優秀枠の生徒を吊し上げては、笑い者にし優越感に浸るのだ。
基本阿呆ばっかりのやつらは先の人生が見えている。
高等教育科から脱落し親の家業を継いだり家名を継いだりするしか脳がないのだ。


ある日、終業のベルと同時に教室を出ようとした僕は教師に呼び止められ用事を頼まれてしまった。
断るわけにもいかず、資料室で用事を済ませ正門へ続く玄関を出ようとした所で待ち伏せに合った。

「よう!最近俺たちと遊んでくれねーのな!」

と言うのは阿呆のリーダー、トロストだ。
取り巻きの男子をいつも3人連れ威張るしか出来ないやつ。
しかし、体は大きく力も強かったので誰も逆らわなかった。
面倒くさい!だから早く帰りたかったんだ!

「君達と遊んでる暇はないんだよ、さよなら」

さっとすり抜けようとして、取り巻きに腕を掴まれる。

「離せよ」

ニヤニヤとしながら取り巻きの一人が、僕の荷物を取り上げ、 もう一人が羽交い締めにする。

「くそっ!返せ!」

荷物の中には教科書や本が入っている。
僕ら平民にとっては高価なもので、無くしたら買うお金などない。

トロストは荷物の中身をぶちまけ、散らばったものを踏みつけた。

「貧乏人が学校に来るなよ!目障りだ!」

教科書や本や、首都の父から届いた絵ハガキ……。
目の前で散らばったそれらはトロストの足に踏みにじられていく。

「よせ!!止めろ!」

大声で叫んだその時、トロストの大きな体が一瞬で吹っ飛んで行った。
何が、何が起こった?!
さっきまでトロストのいた場所にはトロストの更に倍はあろうかという少年が立っていた。
彼はゆっくりと振り返ると、無言のまま取り巻きの奴らをじっと見つめた。

「くそっローラントかよ!………おいっ、帰るぞ!早く!」

僕を羽交い締めにしていたやつが声をかけるとみんな一目散に逃げていった。
トロストは………腹を押さえ前屈みになってヨロヨロと去っていった。

「あ、の、ありがとう」

僕がお礼を述べると彼は一言こういった。

「邪魔だったから」

無表情で言う彼に僕は若干の恐怖を覚えた。

「なんにせよ、助かった。ありがとう」

落ちた道具を拾いながらもう一度お礼を言った時、彼は屈んで何かを拾った。
それは父から届いたハガキで、裏には絵画が描かれていた。

「これは?」

「首都にいる父から届いたハガキだよ」

「違う、これ……」

彼が指したのは絵画の方だった。
ブロンドの美しい女性と、幼い少女が森の中を手を繋いで歩いている。
タイトルは確か『木漏れ日』だったかな。

「ああ、最近首都で流行ってる画家の絵だよ。何種類かあるみたいでね、これはその一つ」

「まだあるのか?」

「あ、うん。うちにもう一枚あるよ。違う種類のやつ」

「見たい」

「いいよ、明日持ってくるよ」

「今見たい」

我が儘な奴だな。
そう思ったが、助けられているので無下にも出来ない。
断ってこっちが痛い目に遭うのも避けたい。
やれやれ、また面倒くさい奴に引っ掛かってしまった。

「じゃあうち、来る?」

「行く」

彼は無表情で言った。

道中、僕達は少しだけ話をした。

「そう言えば名前聞いてないよね、僕はアイスラー・エルゲンライヒ。君は?」

「ローラント・ハインミュラー」

ハインミュラー?!
ああ、道理で同じ学校にいても知らないわけだ。
彼はそもそも違うのだ、ランクが。
貴族の中でも伯爵以上が別棟で、カリキュラムもまるで違う英才教育を受けている。
ハインミュラーは古くからこの地の領主、公爵位の名門だ。
トロストが引き下がるわけだ。

「ローラント、様って付けた方がいい?」

「いらない」

「じゃあ様付けないよ!怒らないでよ?」

「……うん」

それから二人とも特に話もなく、家に着くまでただひたすら黙って歩いた。


「ああ、あった、これ!」

錆び付いたクッキー缶の中にあるハガキを取り出してローラントに手渡す。
それは同じタッチの絵画で、どこかの宮殿のような場所に美しい泉があり、その泉の中央に黄金の髪をした少女を描いたものだった。
不思議なことに少女は泉の上に浮いていて、下にある何かを覗き込んでいる。
2枚の絵ハガキのどちらも、モデルは同じ少女に見えた。

ローラントは両方のハガキを黙って見つめている。
穴が開くんじゃないかと思うくらい、じっと。

「気に入ったの?」

「………うん。あ、」

ローラントは何か言いかけて止めた。
それから、またじっと心に焼き付けるように見つめる。
僕は彼の言いたかったことがわかったが、自分からは言い出さなかった。
おそらく、このハガキを譲ってくれと言いたかったのだろう。
父が送ってきた大切なハガキだったが、助けて貰ったお礼をしていないし、こんなにも気に入ってくれたのだからあげてもいいかなと思ったんだけど。
一言、欲しいっていってくれたらなぁ……。

「明日も、見に来る」

「えっっ?!」

ちょっと待て!それは流石にうっとうしい!
そんなことされるくらいなら………。

「良かったら一枚あげるよ!」

自分から言ってしまった………。

「いいのか?」

「……………………い、いよ。どっちにする?」

なんか嵌められた気がする………。
でもまさかそこまで考えているとも思えないけど。
天然の策士か……?

「これ」

ローラントは迷いなく選んだ。
『木漏れ日』というタイトルの方を。

「どうしてこっちにしたの?」

「この子が綺麗だから」

彼の指差したのは小さな女の子。
黄金の長く美しい髪に、良く見れば深く蒼い瞳をしている。
薄い水色のドレスは幾重にも折り重ねられ今にもヒラヒラと動き出しそうだ。

「そうだね………うん、綺麗だ」

「………………」

なんで睨むんだよ…………
まぁ、いいけど。

そして彼は、目的は達成したと言わんばかりにすぐに帰っていった。
なんだか知らないが今日はとても疲れた。
きっとローラントにはもう会うこともないだろうな。
もともと生まれも違えば、これから行く道も重なることはないだろうし。
まぁ、いいさ、僕は僕の夢を叶えるだけだ。
そう思いながら、クッキー缶の中にハガキをしまった。


高等教育科に進学してからは、何故か頻繁に彼を見かけるようになったのだが、その時彼はいつも違う女性を連れていた。
誰も気付いていないが、その女性達にはある共通点があった。
偶然と言ってしまえばそれまでだが、彼女達はブロンドであったり、青い瞳であったり、目の覚めるような美人であったりと、それぞれ特徴は違うがあのハガキの少女にどこか一つ似通った所があった。

但し、それは一つだけだ。
ブロンドで蒼い瞳、この2つだけでも一致する女性を見つけるのは困難だろう。
何故なら、この国でブロンドはほとんどが王族でたまに平民や貴族の内にも産まれるが色素が薄いのだ。
つまり、プラチナブロンドのような色である。
絵画の少女はまさに黄金色、普通に暮らしていれば、ほぼお目にかかることはないくらい珍しい。

実際存在しないと言った方がいいだろう。
だが、ローラントは探している。
本人は気付いているのか、いないのかわからないが、知らない内に求めているのだろう。

その後、僕達の道はやはり重なることなく彼は軍錬校、僕はCCAへと進みそこで顔を合わせることはなくなったのだ。



誰かが言った、思い続ければいつかは叶うと。
そんなことは嘘だと僕は思った。
そう、嘘だと思っていたんだ……。

ローラントの妻だと言う少女が目の前に現れるまでは。

警護対象として現れた彼女は、見事な黄金の髪と深く蒼い瞳をしていた。

まるで絵画からそのまま成長して出てきた少女に、当てはめる言葉など一つしかない。
神の奇跡………。

僕は見たくて堪らなかった。
彼女を見たローラントがどういう反応をするかを。


まぁ、その何日後かに彼女に溺れきった憐れな友人の姿を見ることになるんだけど………ね。






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