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クライムシュミット港祭り

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『ハインミュラー領、クライムシュミット港祭り』

ブランケンハイム病院の掲示板前、鼻唄混じりのアイスラーがご機嫌で祭のチラシを貼り付けている。

「おはようございまーす」

「おはよークリスタ、あ、ローラントもおはよー」

「ああ、おはよう。朝からご機嫌だな、お前」

ニコッと頬笑むアイスラーは二人の様子を見て更に目尻を下げる。

「ご機嫌なのはローラントだよねぇー。もう、朝からイチャイチャしすぎだよー」

と目線を下に移し、フフフと含み笑いをする。
アイスラーの目線の先は指を絡ませた二人の手だった。

「これはイチャイチャとは言わない!」

アイスラーの言葉にむっとしながらローラントが答える。

「どうして??」

「イチャイチャとはもっとこう、密着して………」

クリスタのローラントに向ける冷ややかな視線を見たアイスラーは『あ、コイツなんかやらかしたな』と察した。

「ローラント、昨日話した筈ですよね!外では極力控えて下さいって!」

「あ………ああ、いや、でもな変な男が寄ってきたら困るだろ?それを防ぐためにも出来るだけ側にだな………」

クリスタの眉がつり上がっていくのと、ローラントの眉が下がっていくのを見てアイスラーは堪えきれずに大笑いした。

「あはははっ!ねぇ、どうしたの?昨日なんかあったの?」

「もうっ!この人昨日から何処にでも付いてくるのよ!お風呂にもお手洗いにもよ!考えられないわ!」

捲し立てるクリスタと視線を泳がせるローラント。

昨日灯台でのクリスタの告白が余りに嬉しかったのか、ローラントの愛情(という名の執着)はさらに過剰に暴走したのだ。

「あーー、可愛すぎてやり過ぎちゃったかぁ。まぁ、勘弁してやって。確かに愛情の方向性はおかしいし、変なやつだけど君には一途だよ。好きで好きでどうしたらいいかわからないだけだから」

フォローされているのか、貶されているのかわからないアイスラーの言葉にローラントは困惑の表情を浮かべた。

「まぁ、思ってくれるのはすごく嬉しいんだけど……お風呂とお手洗いだけはやめてほしいわ」

「………それ以外なら、いい?」

すがるような目で訴えるローラントに絆されたのか、ため息と共に渋々クリスタが頷く。

「だけど、外では程々にお願いしますね。ただでさえ目立つんだから!」

「わかった!」

とても爽やかな笑顔で答えたローラントを見て、ぼんやりとアイスラーは昔のことを思い出した。
そういや、笑ったとこなんて見たことなかったな、と。

「うんうん、いいリハビリになってるね」

「は?!なんの話だ?」

こちらに不機嫌な顔を向けるローラントを無視してアイスラーはクリスタに耳打ちした。

「悪いけど、ローラントの面倒みるのは君の仕事みたいだから。ライフワークとして頑張って!」

?マークが浮かぶクリスタに少し微笑んで、アイスラーは意気揚々とチラシ貼りの仕事に戻った。


**********



その日の昼休み、フィーネが皆を集めて言った。

「はい、みなさーん、今年も港祭りがやって来ます。そして今年は珍しく御領主様もいるので、少し規模が大きくなります。屋台とか出店は勿論、首都からサーカスや劇団も来ます!」

おおー!とみんなが叫ぶ。

「うちの病院は去年と同じで医術士は交替で救護所に詰めてもらいます。あとの皆さんは、コーヒーとケーキの出店を出しますから、たくさん儲けましょうね!」

うぉーーーー!とまたみんなが雄叫びをあげる。
すごいわ、どれだけみんなお金稼ぎたいの?

やる気満々のフィーネにクリスタは質問した。

「ねぇ、私はどっちに行けばいいの?」

クリスタはまだ正式な医術士ではないため、どちらに行くのかわからない。
ケーキやコーヒー店でも楽しそうだなとは思っていたのだが。

「何言ってんの?御領主様の奥様って接待とかで忙しいんじゃない?」

「えっ!そうなの?知らなかったわ」

「聞いてみたらいいわよ、ダ・ン・ナ様にっ!」

「………あ、…はい…そうします…」

いい人なんだけどなぁ、たまに何故かムカつくのよねぇ………と、クリスタは心の中で愚痴った。


**********


仕事帰り、迎えに来てくれたローラントと近くのカフェに寄り、クリスタは港祭りの話を切り出した。

「お祭りの日、私は何をすればいいの?」

ああ、と思い出したようにコーヒーカップを置きローラントが言う。

「オレの側にいたらいい」

「それだけ?」

「それだけ」

なんだ、結局やることないんじゃないの?!
とぷぅと口を膨らますと、人差し指でローラントがそれをつつく。

「今年は来客が多いからな。挨拶と、接待が主になるだろう。オレの側を絶対離れるなよ。声をかけられても付いていくな、それから………」

「ローラント、私そんなに信用ないの?」

「そうじゃなくて!……そうじゃなくて見える所にいてもらわないと心配だから……」

ローラントはクリスタの手を取って自分の唇にあてる。

「これは大丈夫?」

ダークブラウンの瞳をいたずらっ子のように細め、クリスタの答えも聞かずに、静かにもう一度唇を押しあてる。

「約束して、オレから離れないって」

手の甲に彼の吐息が掛かってくすぐったい。

「…………わかった。あなたから離れない」

ローラントはクリスタの少し困った顔をいとおしそうに眺め、満足してコーヒーを飲み干した。

「あ、そうだ、祭り用の服を買わないといけないな。あと、卒業セレモニーに着る物もいるだろう?」

「お祭りって特別な服がいるの?」

「そういうわけではないが、一応来賓の相手をするからな。まぁ、礼装だな。セレモニーも礼装だろ?」

確かイブニングドレスだったはず。
式典とパーティーを同時にするのが伝統らしく、式典からドレスを着用することになっている。

「ええ、礼装よ。セレモニーの衣装はグリュッセルの実家にあるものを着ればいいし、買う必要はないわ」

ふと見ると、ローラントがとても不機嫌な顔をしている。
何か怒らせるようなこといったかしら?と、思案しているとさっきから離してくれない手の人差し指を甘噛みされ、ビックリしてカップを落としそうになってしまった。

「クリスタはオレの妻でハインミュラー家の人間だよな」

「……ええ、はい」

「じゃあ君の夫たるオレが!君の支度をするのが当然じゃないのか?」

ええ?!それで怒ったの?

これって服を買ってあげたかっただけですよね………
こういうところ、お義母様とそっくり。
やっぱり親子だわ。

クリスタは服に全く興味がないし、機能性を重視するので歩きにくいドレスなどは出来れば着たくないと思っていた。
今も3着ある上下を着回してる状態である。
しかし、目の前で憮然と指を甘噛みされ続ける訳にはいかない。
そろそろ、人の目も厳しくなってきたし恥ずかしくて堪らない。

「えっと、じゃあ買って……貰おう…かな?」

小さな声で遠慮がちに言うと、機嫌が直ったローラントが嬉しそうに笑う。
そうして、飲みかけのコーヒーとロールケーキを急いで胃袋に押込み、急かすローラントに手を引かれ町の洋装店へと向かうのである。









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